祈る勇者
仲間割れ・・・? いや、そんな様子ではない。バズバの目は虚ろで、まるで寝惚けて戦っている様な雰囲気がある。それでも剣を振るう動きは鋭く、そして躊躇いがない。端的に言えば、何かに操られているというのが一番しっくりくる。
そんなバズバと違い、『果敢な一撃』の他のメンバーは全員が混乱と躊躇でまともな動きができていない。あのままではいずれ押し負けてしまうだろう。
オレは彼らを無理矢理に退けさせ、あくまで防御的にバズバの剣を受ける。この距離まで近づいて、初めて目で捉えられるモノがあった。
「主よ」
「ああ。気付いている」
バズバの頭には細い糸のようなものがくっ付いていた。文字通り、操り人形のようになっている。
応戦しながら、その糸を目で追いかけ大元を探る。やがて山道の右に逸れた先に続いているところまでは分かったが、その先は依然として知れない。このままでは進行も退行も判断ができない。
手早く要点だけをまとめ、『果敢な一撃』の連中に指示を出す。
「バズバの事は一先ず任せろ! 後ろにいるオレの仲間を全員、前へ呼んでくれ。もし十五分たっても戻らなければ撤退をっ」
「だけど・・・」
「いいから、早くしろっ!」
「わ、わかった」
後ろ髪を引かれながらも、それでも自分を律して商隊の方へ走って行く。ルージュに剣に戻って貰おうかとも過ぎったが、武器の性能よりも、数の利を活かした方が戦いやすいと判断する。
「ルージュ、手を貸せ! こいつを押し込める。殺すなよ」
「心得た」
ルージュと連携をし、剣を防ぎつつ掌底などの極力ダメージが入らない方法で、バズバごと糸の行方を探る。
そうして無理矢理に押し込んで山道を進んだ先に『ソレ』はいた。オレは自分の目を疑い、思わず叫んでしまった。
「ス、『スピリッタメーバ』だと!? バカな・・・!」
ソレはスピリッタメーバと呼ばれる魔法生物だった。
何故、こんなところにスピリッタメーバがこんなところに出没するんだ・・・? アレは『螺旋の大地』と周辺の群島に僅かにしかいない生物のはず。冒険者や名うての傭兵を除けば、『囲む大地の者』のほとんどが名前すら聞いたことがないだろう。
スピリッタメーバは、家一軒分はあろうかという大きなクラゲを模した形をしており、身体の下部から無数の触手を生やしている。その触手に捕まると、たちどころに精神を侵され、スピリッタメーバを守る兵士兼、魔力を供給するエサになってしまう。
そして最も厄介なのは、触手に捕まり操られた者を救う手立てが存在しないという事だ。
つまりそれは・・・もうバズバを助けることは不可能ということになる・・・。
「っく」
オレは頭に過ぎった同情や憐憫といった諸々の感情を振り払った。そんな事を考えている場合じゃない。スピリッタメーバは回避すべき敵であって、戦うべき敵ではない。物理攻撃が一切通じない上に、魔法であっても上級クラスの魔導士が複数にいてようやく退けられる。
早く逃げださなければ、オレ達もジリジリと追い詰められて奴の餌食になってしまう。
だがオレの脳内には一つの考えというか、一縷の希望も同時に過ぎっていた。何せこちらには優秀な精神感応系の術師が二人もいるのだから。
バズバの持つ剣を破壊して戦力を削ぐと、オレとルージュは一旦の撤退を決めた。諸々の確認は全員揃ってからでいい。
彼を救う妙案を誰かが思い付いてくれることを、オレはひたすら祈っていた。
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