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回顧する勇者


 まず最初に頭の中を掠めたのは懐かしい風の匂いだった。


 これはオレの故郷に吹く風だ。山から頂から降りてくる風は森を抜ける間に色々な草花の香を孕み、草原に抜ける。そして草原で太陽の匂いと交ざってオレの生まれた町に届くのだ。


 町を出て麦穂のような草が茂る草原を南東に進むと、小さくはない窪地がある。町の老人たちは、その昔にいた巨人の足跡だとか、かつての英雄同士の決闘の跡だとか、星が落ちてきたとか、色々言っていた。出来た理由がなんであれ、子供の頃のオレはそこの斜面に寝転がるのが好きだった。周りの奴等は窪地よりも丘の方が日差しも風通りもいいと言って、滅多に他の誰かが来ることはなかった。そういうところも気に入っていた理由の一つだ。


 それからもう少し成長すると、その窪地の底で剣の訓練をするようになった。


 オレ達フォルポス族は剣に対して厚い信仰を持っている者が多い。それは山岳地帯に住み、鉱物を掘り、たたらの熱に育てられ、鍛冶鉄工に生きることで歴史を築いてきたからだと町の老人たちから耳に胼胝ができるほど聞かされた話だ。


 フォルポス族の男は十人いれば十人が鉄と炎と共に生きるとまで言われており、そこで鉄を打つか、鉄で撃つかが半分に分かれる。


 屈強な剣を作る鍛冶工を夢見た時期がなかったと言えば、それは嘘だ。戦うのも死ぬのも、反対に誰かを殺すのもとても怖かったことを覚えている。できることなら、血ではなく鞴の風で汗を流す暮らしをしていたかった。


 けれども、その考えを改める機会は突然にやって来たのだ。


 ◇


「妹と弟が魔物に殺された」


 九歳の誕生日が間近に迫った時の事だった。


 その日から十年間、夢を捨て、体を鍛え、故郷を出て魔王討伐の旅に出る段になっても、結局オレはそれ以上のことを両親から教えてもらえなかった。


 仔細を思い出したくなかったのか、それを話せば魔王討伐に燃えるオレの意思に水を差すことになると思ったのか、それとも別に理由があったのかは遂に分からず終いとなった。


 幼い弟妹たちの命を奪われた、その怒りからオレの旅は始まったんだ。


 ◆


 ・・・。


 ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・。


 ・・・畜生。


 畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生。


 あいつら・・・。


 絶対に許さねえ。


 怒り以外の感情が湧いてこない。オレの心はあの日から雁字搦めにされた。怒りから始まった旅は怒りで終わると思うと、さらに怒りが湧き上がってくる。


 その激情に応えるかのようにピクリと指先が動いた。そこで初めてまだ身体が残っていることと、まだ死んでいないということに気が付いた。目を閉じたまま鉛のように重たい右腕を胸に這わせる。砕かれた鎧はそのままであったが、斧と魔法で貫かれた心臓の傷は塞がっていた。



 あの状況から助かったのか? 



 疑問は浮かんだが、この際もう何もかもがどうでも良い。


 ゆっくりと開いた目に飛び込んできた景色は、まるでオレとは正反対の澄んだ青い空だった。


 けれど、もうその景色を美しいとは思えない。色々なものにオレは絡めとられてしまっている。


 オレに残された自由は激怒だけだ。


 ◆


 そう心の中に過ぎった時、確かな声を聞いた。


「目が覚めたか?」


 それはあの時、あの城の中でオレを導いたのと同じ声だった。


読んでいただきありがとうございます。


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