恥じらう剣
その服飾屋は町の規模にしてはそこそこの大きさがあった。中は外見にそぐう品揃えがあり、期待感が上がった。すると、入ってすぐに店主らしきササス族の男が翼を折りたたみ商品の間をすり抜けるようにしてやって来た。
「・・・いらっしゃいませ、お客様」
始めはキラキラと目を光らせていたのだが、オレ達を目視すると途端に勢いがなくなった。これは魔族連れで忌避された訳でなく、金を持っていない貧乏パーティが入ってきたと思われたのだろう。オレ達の全体的な風貌を考えれば、そう思われても仕方がない。が、商売人として大丈夫なのか?
「ミラーコートはあるか? できればこの子の丈に見合った外套タイプがあると嬉しいんだが」
店主は顔を極力動かさないで目だけでピオンスコを見た。
「・・・失礼ですが、ご予算はお持ちですか?」
なかなか思い切った事を聞いてくる商売人もいたものだと、呆れを通り越して感心してしまった。まあこれだけの店を切り盛りしているのだから、金にがめついような商売ではなく、ある程度の箔がある客を相手にしたいのかも知れない。
オレは文句の代わりに財布から金貨を一枚取り出す。高価な品だが、それも金貨を出せば釣りが出る程度のモノだ。そうすると、店主は文字通り目の色と態度を変えて接してきた。
「これはこれは。大っ変、失礼をいたしました」
その変貌ぶりにピオンスコは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。
「お客様は運がお強いようですな。丁度ミラーコートが入荷してございます。それもご要望にお応えできる代物かと存じますが」
「なら、この子の見立てて繕ってくれ」
「承知いたしました。ささ、どうぞこちらへ」
念のため、細かい調整などもしたいのでオレはピオンスコについて試着や直しに付き添う事にする。その間、ルージュたちには悪いが適当に暇を潰しておいてくれと頼んだ。すると、去り際にアーコが店主に向かって言う。
「なあ、品物を試着させてもらってもいいか?」
「勿論でございます。気になるものがございましたら、店の者にお声がけください」
店主は従業員に目配せをすると、腰を低くしながらオレ達を奥の部屋へと案内した。すると、ピオンスコがオレの顔を見て一つの疑問を投げかけた。
「ねえ、ザートレさん。ミラーコートって何?」
「ああ、知らないのか」
ミラーコートは同化浸透魔法を施された衣類の総称だ。着ている者の魔力に反応すると、周囲の風景を取り込むようにして色彩が変化する。その様子が鏡に反射されているように見えることから、ミラーコートと呼ばれるようになった。
草原、森林、岩場、雪原などなどその場所にすぐさま溶け込み迷彩が可能であるため、敵の目を躱す必要のある場合には重宝する。稀に相手の魔法を跳ね返す目的で使う術者もいるが、それは特例中の特例だ。一般的なパーティなら回避率を上げたい回復役や後方の魔術師、さもなくば相手に一度触れるだけでも意味のある暗殺者や呪詛士が身に着ける。オレはピオンスコに後者の役割をもってパーティに参加してもらいたいと考えていた。
両刀のナイフの腕前はさることながら、やはり特筆すべきは尻尾の毒だろう。実際を見た訳でないのだが、これはオレ達の戦闘に勝利する確率を大きく底上げする要素だ。おまけにケープやマント型のミラーコートならば、その自慢の尻尾を覆い隠すにも都合がいい。
そんな風な事を、前を行く店主には全容を悟られぬように説明したら、
「へえ。ちゃんと考えているんだな」
と、お褒めの言葉を賜った。
◇
幸いなことに、まるで専用に拵えたかのようにピオンスコぴったりのミラーコートが見つかった。体躯が小柄なものだから、見つかったとしても仕立て直しくらいは覚悟していたので有難かった。
念のため会計前に待たせておいた三人にと合流して、何か目ぼしい品はあったかどうかを確認しようと思った。そんなタイミングで気が付いたが、今のパーティはオレ以外は女なのだから、もう少し気を使った方が良いかも知れない。今は金銭的にある程度の余裕があるし、アクセサリーくらいの品だったら問題なく支払える。食費のかからないのが二人もいるし、少しくらいの浪費なら別に構わないだろう。
そうして店の隅にいるルージュたちを見つけて声を掛けようとしたのだが、オレとピオンスコはつい固まってしまった。
そこにはアーコとラスキャブにいいように着せ替え人形にされているルージュの姿があった。どう考えても邪魔にしかならないような過度な装飾のなされた服を着せられ、うんざりとした様子だ。その上、アーコがファッションに講釈をたれ、ラスキャブまでもが溌剌とした笑顔でいたのが更に意外だった。
ルージュは真っ先にオレに気が付くと、顔を赤らめながら、
「み、見ないでくれ、主よ」
と、蚊の鳴くような声で言った。
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