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事切れる勇者


 上手い具合に逃げ出せた。だが、誤算が二つあった。


 一つは煙幕目掛けて放たれたバトンとフェトネックの攻撃がオレの左足に直撃していたことだ。何とか矢を抜き取って止血と応急処置は施したが、回復薬も回復役もないオレには、引きずる足を直す術がない。


 もう一つは、逃げ出した先が通って来た回廊とは別の回廊に繋がっていたと言う事。魔王の間に着くまでのルートなら把握しているが、ここは未知数だ。おまけに、すでに魔王の手下と一度戦闘をしてしまった。息の根は止めたが、いずれ足取りがばれるだろう。かといって慎重さを欠いて進むことは死期を早めるだけ。


 オレはもう、祈る事しかできなかった。


 そんな時、不意に誰かの声を聞いた。


【こちらに来い】


 声でない声がオレを呼んでいる。


 罠。幻聴。神の導き。


 色々な考えが頭の中を交錯した。そして結局はその声を頼ることにした。ただ漠然と祈るよりも心が楽だったのだ。


 敵か味方かどちらにせよ、声はオレを守っているようだった。分かれ道ではどちらに進むべきか教えてくれ、敵が近づいたら待機させたり物陰に隠れろと指示を出してくる。


 お蔭でそれからは一度も敵と遭遇することなく、ある場所へと辿り着けた。どうやらオレを逃がすと言うよりも、声の主はここへ連れてきたかったようだ。


 しかし、着いた先を見てオレは声を失った。


 そこには覗き込むのですら躊躇いたくなるような、底なしの奈落があった。周りにはギャラリーが座り、奈落を望めるような建物がそびえ立っている。


「・・・処刑場、か」


 始めは闘技場かと思ったが、戦うための場所だとは思えない。むしろ罪を犯した者が恐怖に歪みながら奈落に落ちていく様を、皆で見て楽しむための場所と考えた方がしっくりくるのだ。


「そう思ってくれて構わないよ」


 頭に思っただけの感想に、答えが返ってくる。振り向かなくてもそれが誰なのかは分かっている。


「それにしても驚いたよ。あの局面から逃げに転じるとは僕も思ってもみなかった。逃げ延びるのも戦術の一、やっぱり戦いというものを心得ているね」


 相変わらず飄々といた魔王が呟く。オレはもう観念した。


「やられたぜ。姿を見せず声だけで希望を持たせて、最後は全部刈り取ろうって算段か」


「ん? 言っている意味が分からないんだけど」


「最後までとぼけやがって。どこまでもムカつく野郎だ」


 もう逃亡の道は立たれた。オレは死の覚悟を決める。


 ここまで来てしまったなら、オレに出来ることは一つだけ。次に魔王に挑む奴等のために、少しでも魔王に損害を与えておく事。少なくとも、周りを囲っている四人は刺し違えてでもオレが殺しておかなければならない。


 四人は何も言わず、冷たい目でオレを捉える。


 前方は魔王とかつての戦友たち。後方は底なしの奈落。


 ここまで来ても恐怖ではなく武者震いに震える自分を、自分で褒めてやりたい気持ちで満たされた。


 だがその時。底なしの奈落の底から、再びあの声がした。


 一度目は蚊の鳴くような微かな声。そして一瞬の静けさの後に響く二度目の声は。



【こっちにぃぃぃ来いぃぃぃぃぃぃ】



 その刹那、オレの意識は全てその声に奪われた。そうして生まれた隙にシュローナは一点の曇りも容赦もない勢いで戦斧を振り下ろす。


 辛うじて剣で受ける反応は出来たが、無駄だった。斧は軽々と刀身を砕き、鎧を割り、オレの肉も骨も喰い千切っていった。そして、その衝撃でオレは奈落へと放り込まれてしまう。


 薄れていく意識の中、ほとんど柄だけになった剣を魔王の顔面を狙って投擲する。だがそんな鼬の最後っ屁も、フェトネックの矢に阻まれて届くことは敵わなかった。


 更にいたぶるかのように、オレの体はレコットの魔法で拘束された。光を縄状に操って束縛するのは、レコットに流れる英雄の血がなせる業。かつてはどんな神聖な聖遺物よりも美しく見えたその御業も、今となっては禍々しい光を放つ毒蛇のように見える。


 そこに、これ以上ない程の加虐的な目をしたバトンが血魔術で追撃を加えてきた。自分の血を媒介にする血魔術は、禁忌とされている術式だ。そうまでしてでもオレを踏みにじり、冒涜したいのだろう。



 シュローナに剣を砕かれ、最後の足掻きはフェトネックに防がれる。


 身動きをレコットに封じられ、バトンの血魔術にてオレは討たれた。



 血魔術で拵えた赤よりも赤い槍で心臓を貫かれたオレは、一切の抵抗なく奈落の底へと消えていった。


読んでいただきありがとうございます。


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