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固まる勇者

 店主に顔を合わせられなかった事に対して少し後ろ髪を引かれるというか、申し訳なさを感じつつ鞘屋を出た。


 ○


 実はこの街には、買いたいと思っている物だけを専門で扱う『何でも屋』という店が、時折何の前触れもなく姿を見せるという都市伝説がある。けれどもその話を知ったのは、ずっとずっと後の事だった。


 ○


 本当なら、鞘を携え剣になったルージュを握りしめ、すぐにでも街の外に出たい気持ちでいっぱいだった。しかし気が付けば昼飯時であり、アーコの相手をしているラスキャブの事もいい加減に心配だ。


 はやる気持ちを何とか抑え、オレ達は宿屋へと戻った。しかし、足取りは自分でも分かるくらいに軽かった。


「なあ、ルージュ」


「どうした?」


「何というかな…オレの事を思って怒ってくれる気持ちは有難いが、オレ自身そこまで気にしてはいない。アーコもそうだが多少の事なら黙っているし、不愛想だとかつまらないとか言われるのは自負しているところもある」


「うむ・・・。」


「だからな…何と言えばいいのか。お前もそこまで気にしなくてもいい」


 オレがそういうと、ルージュは背負っていた何かを一つ投げ出したような、そんな顔つきになった。


「腹には据えかねるが、それが主の望みとあらば私は従おう。確かに私が安易に反応すれば、主の度量の大きさに瑕をつけてしまうと言うものだ」


 そんな褒められたような奴じゃないと思うがな。


 とにもかくにも、ルージュが納得してくれたなら言う事はない。ひどく申し訳ない気持ちにもなったが、オレの勘というものがルージュに無理強いをしてでもアーコは傍に置いておいた方が良いと言っているのだ。


 ◇


 一応はノックをしてから自分たちの部屋に入った。ラスキャブとアーコはオレ達が出て行った時と同じような体勢でいた。


「よ、お早いおかえりで」


「お、お帰りなさい」


 ラスキャブにアーコの相手をしていてくれたことの礼を言って、早速二人で昼食を取ることにした。ルージュはラスキャブと入れ替わる様に椅子に座り、わざとアーコの目の前を陣取った。


 アーコはその瞬間、悪戯な顔になった。


「どうだい。愛しのご主人様とのデートは楽しめたかい?」


「ああ。お蔭さまでな」


 その余裕のある返答に、アーコは元よりラスキャブの方が驚いていた。アーコはルージュの機嫌の良さから目敏く、鞘の事にも気が付いた様子だ。


「なるほどね。あいつの記憶を見た限りじゃ、お前は剣なんだったな」


「え? 剣?」


 その場で唯一、オレとルージュの関係を知らないラスキャブが首を傾げていた。そう言えば打ち明けてなかったが、こうなってしまっては別に気にすることでもない。その内に全てを話してしまっても問題ないだろう。


「ああ。それがどうした」


「剣が鞘を買ってもらってご機嫌って事かい? 違うだろ、お前が鞘になった方がもっとご機嫌じゃないのか?」


「私が鞘になる?」


 アーコの言葉にオレもルージュもラスキャブも、つい聞耳を立ててしまった。そして下衆な顔で下衆な事を言った。


「ああ。お前の股間の鞘にご主人様のいきり立った剣をしまってもらうのさ」


「なるほど。確かに肉体を持っているのだから、それも叶うか」


 そんなルージュの返しにオレはつい固まってしまった。ラスキャブは言葉の裏が読みきれてないようで、一人ポカンとしている。


 が、それ以上にポカンとしていたのはアーコだった。


「・・・本当にご機嫌みたいだな」


「別に。機嫌がいいのは確かだが、一度頭を冷やして考えてみたのだ。お前の言う事には自棄になって反論しない方がよっぽどダメージがあるだろう。貴様はつまらない奴が嫌いなようだからな」


「・・・っち」


 そう指摘され、アーコは心底面白くない様な顔をした。


 ルージュの対応は流石の一言だ。これでしばらくは物静かになるだろう。


 ・・・と思っていたのだが、アーコは悪戯の矛先を変えた。飛び火したアーコの鬱憤は、オレを再び狼の姿に戻すことで解消させたのだ。


「オイ」


オレの声は空しく部屋に響いただけだった。


 結局アーコはオレの姿を元に戻してはくれなかった。だからラスキャブに頼んで、肉やパンを一つの皿に乗せ、床に置いてもらった。手を使わないで飯を食うというのは、何とも妙ちくりんな感覚だったが、不思議と興奮する何かがあった。これをきっと「本能」と呼ぶのだろうと、そんな事を考えながらがつがつと貪るように飯を食べた。


読んでいただきありがとうございます。


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