覚悟する勇者
「僕は初めて会った時から気に食わなかったよ。だってそうだろう? 僕らと違って、お前の家系は特筆すべきものが何もないただの賤民じゃないか。何故そんな奴に仕切られ、この僕が補佐役に収まらなければならないんだっ・・・シュローナはそれを心の強さなんて勘違いしているが、そんな大それたものじゃない。お前には僕たちと違って、陰惨で陰々たるモノを背負っていないだけさ。平凡な家生まれの凡人風情が、僕が生まれながらに背負い込んでいる血統と家名の重さが分かる訳がない」
オレは込み上げてきた激情を一片たりとも隠さぬ勢いのまま、一足飛びで切りかかった。剣撃はシュローナの戦斧に辛うじて止められてしまったが、バトンは肝をつぶした様な青ざめた顔をしている。もしシュローナが防ぎきれなかった場合の自分を想像したのだろう。
今のバトンの言葉がこいつらの総意であるのなら、オレはいよいよ甘い考えも少しだけの希望も切り捨てる覚悟を持った。
腹を割って話がしたいのなら仕方がない。オレも湧いて出た感情を素直に口から出してやった。
「言いたい事がよく分かんねえぞ? つまりは重責に耐えられず魔王に寝返った弱い僕たちを許してくださいってことでいいのか?」
その言葉は、とうとうオレ達のこれまで築き上げてきたもの全てを断絶するものでもあった。オレもこいつらも、躊躇や迷いや情けといった心を跡形もなく消し去った。
オレに残ったのは純粋な怒りだけ。
こいつらには一体何が残っているんだろうか。
「お前は何も理解できないまま死ねってことだよ」
シュローナの戦斧に庇われつつ、バトンは最大級の爆裂魔法を放ってきた。範囲と威力の凄まじさはよく知っている。案の定、大層丈夫に作られているであろう広間の壁に大穴が開いた。
けれども、その魔法は多数の敵に対する初手の一つとして有効な魔法だ。威力の代償として大振りで魔法が発動するまでのタイムロスも大きい。二度目は通用しない典型の術である。幾度も見てきたオレには通用するはずもなく、難なく回避は出来た。
粉塵が巻き起こる中、オレの思考が渦を巻くように目まぐるしく変化する。一戦士として、そしてこれまでパーティの要として戦いを続けてきた経験を余すところなく反芻させ、定跡と布石と奥の手の三つを即座に用意した。
◆
粉塵で互いの姿が見えなくなったのを利用し、適当な火炎の術を放った。孤立無援は不利には違いないが、こういう時には同士討ちを気にしないで済むのがいい。
火炎の魔法は別に誰かに当てる必要はない。牽制も意味合いもそうだが、何よりオレがパーティの四人と戦うつもりでいると錯覚させることが目的だ。
バトンの術を躱した時に確認したが、魔王は扉の前で傍目を決め込んでいた。オレが奴の言う通りにパーティと戦うと油断させれば、付け入る隙が出来るかも知れない。
少々迂回をして場所をずらすと、魔王に不意打ちをかける。が、やはりそんな甘い相手ではなかった。突き出した剣先は奴の魔法障壁によって完全に防がれてしまった。悔しいが一対一で敵いはしないと、改めて思い知らされた。
「おいおい、四天王を倒してからじゃないのか?」
「テメエの作ったルールに従ってやる必要はねえだろ」
「そりゃそうかもね。けど、苦労して用意したんだ。こっちとしては戦ってほしいんだよね」
魔王は魔力を一気に放出した。その衝撃破だけでオレは羽のように吹き飛ばされた。その衝撃の余韻は、ご丁寧に残っていた粉塵を吹き飛ばしてしまう。
着地だけは体勢を立て直して事なきを得たが、結局は五対一の盤面に戻されてしまった。
「もういい・・・こうなったら本気で殺す」
フェトネックの冷たい声が耳に反響した。魔王を狙い撃ちしたことが、そうとう気に障ったのかバトンとシュローナは元より、レコットも目が座り容赦のない殺気を放っている。
定跡が徒労に終わった以上、もう奥の手しか残されていない。オレは低く、唸るように言い捨てた。
「それはこっちの台詞だ。馬鹿野郎ども」
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