謀る剣
それから小一時間ほど、私とラスキャブは二人で主の様子を見守っていた。しかし、息はすれども目を覚まさなかった。いかんせん呪いや変身術の知識は両方とも乏しく、呪いを掛けた張本人も脅しや懐柔が通用する相手ではないのがもどかしかった。
不安と後悔と焦燥で時の流れが馬鹿に遅く感じる。魔王の城の奈落にいた時も、ここまで時間の苦味を味わったことはない。
もはや日は暮れかかり、黄昏が森の中を染めていく。
私は策とも呼べぬ策を一つ講じてみることにした。
「直に日も落ちる。町に戻る訳にも行かないから、今日のところはここで野宿をしよう」
そう言って立ち上がると、ラスキャブが慌てたように聞いてくる。
「どこに行かれるんですか?」
「頭を冷やすついでに周りの様子を見て、必要とあれば結界を張る。今は安全確保が何よりも必要だ」
私は森の中に入って行くと、すぐさま気配を消した。私の講じた策など高が知れている。単にラスキャブに丸投げをするという、それだけの事だ。私とはすでに口さえきこうとしないあの矮小な魔族も、ラスキャブには別のアプローチをしてくるかもしれない。現状を大きく打開することはできなくとも、とにかく情報の端だけでも引き出したい思いでいっぱいだった。
こっそりと様子を伺う。私がいなくなれば、助かりたい一心でラスキャブを丸め込み話しかけるだろうと予測していたが、会話を振ったのはむしろラスキャブからだった。
「あの…」
「あ?」
ラスキャブから話しかけられるのは、矮小な魔物の方も意外だったらしい。少し声が慌てていた。
「アーコさんは、どうしてこの人を狼に変えたんですか」
「んなこと聞いて…おい、何で俺の名前を知っているんだ?」
「そ、その、先程ピクシーズから『見たものの名前が分かる』という力を頂きまして…」
アーコ。
それがあの矮小な魔族の名前か。悔しいが聞き覚えもない名だ。手がかりにはなりそうもない。
「…あの盾が壊れた時点でおさらばするつもりだった。そしたらフォルポス族のコイツが目に止まったんでね。つい悪戯心が芽生えちまった。あんな女が傍にいるんだったらやっぱり逃げときゃよかったぜ。封印が解けたと思った矢先にまた封印されるなんて、ついてねえ」
「フォルポスに恨みがあるんですか?」
「まあな」
「それで…この人を狼に変えてどうしようとしてたんですか?」
「一先ずはこの辺りを見てまわるつもりだったさ。かなり長い事、あの盾に封じられていたんでね。足は必要だろ?」
思った通り、私の時とは比べ物にならない程よく口が回っている。ラスキャブの裏のない性格や口調は毒を抜くのに適している。私もそうだが、何となく放っておけない様な、構ってやりたいような気にさせるのが、あいつは無意識的に上手いのだ。
「・・・そういうことならお願いがあるんですが」
「あん?」
「私があなたの足になってどこでもついて行きますから、この人を開放してはくれませんか?」
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