殺意抱く剣
私は共にいたラスキャブが怯える程の殺気を出していた。もしも鏡があったなら自分の顔を見てみたい。どれほど恐ろしい目つきになっているのか興味が湧いている。
奇妙な魔力を纏った煙を切り裂いて捕らえたのは、拍子抜けしそうなほど矮小な魔族だった。腹立たしい形相で私を睨みつけ引っ掻いたり、噛みついたりして何とか手を解かそうとしているが、蚊に刺されるほどのダメージにもならない。
それよりも驚くべきは潜在的な魔力の量だ。これだけの基礎が備わっていれば大抵の魔法や、厄介極まりない魔法も扱えるだろう。
無惨な畜生の姿に変えられてしまっている我が主を見ると、胸が張り裂けんばかりだった。
「なんなんだテメエは。なんで俺に触れるんだ」
表層だけだが、こいつの心理は読めた。普通の方法では触れることができない特殊な体質らしい。
「ピクシーズというのは戦いに勝つと、気まぐれに勝者に何かしらの加護やら能力を授ける。今まさに私は妖精から『触れられないものに触れることができる』という力を与えられた。僥倖とはこのことだ」
「ふざけんな、このクソアマがっ! オイ、お前。この女を噛み殺せ」
矮小な魔族は獣と化した主に命令を下した。意識が残っているなら、この魔族の命令を聞く道理はない。ということは魔法で無理に操っているという事なのだろう。頭の中を直接覗いてみる。案の定、支配魔法の一種を主に施している事が分かった。
「ほう。『不忠の糸』というのか、その魔法は」
「なっ!? テメエも精神感応の魔法を!?」
私はついでに、この魔族の視覚を乗っ取った。見れば体から主の頭にかけて緑青の糸が繋がっているのが分かる。私は躊躇うことなく、その糸を切断した。
「馬鹿な!? 不忠の糸を斬るなんて」
「触れないものに触ることができると言っただろう。ならば斬ることができたとして何の不思議がある?」
糸が切れた主は文字通り糸を失くした操り人形のように地に突っ伏してしまう。すかさずラスキャブが抱え込み、距離をあけてくれた。
「さて。次は主を元に戻す方法を教えてもらおうか」
「へっ。バーカ、そう簡単に戻るような魔法を使うかよ」
立場をまるで理解していないのかそんな憎まれ口を聞いてくる。質問は最早無駄だと判断した私は、すぐに頭を覗き見ようとした。
「そうは行くかよ」
魔族は持っている魔力を防衛に集中させた。同じく精神感応の魔法には長けている様なので、これを突破するのは骨が折れそうだ。
一旦はこの場を預けようと考え、私はさっきの鍋の要領で金属を変形させ、小さな檻を作った。これも私の一部であるので触れられない存在であるこいつを閉じ込めることはできる。ついでに魔力の漏出を防ぐ処置を施した。これで中から魔法で干渉することはできない。
「ふざけんなっ。出しやがれ!」
ジタバタと暴れまわるがそんなものに一々取り合わうことはしない。私は懸命に主に呼びかけるラスキャブのもとへと寄った。
「どうだ、主の様子は?」
「だ、駄目です。息はしていますが、起きてくれません」
「命に別状はない、しばらくそっとしておこう。それよりも火を起こしたい。悪いが薪を集めてはくれないか」
「はい!」
すぐにラスキャブは茂みを掻き分け森の中へ入って行く。
その背中を眺めながら、私は主を庇えなかった自責の念とこの状況をどうやって打破するかという思考とで頭を満たしていた。
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