呪われる勇者
「おやおやおや。大分血なまぐさい人生を送ってきてるみたいだねぇ」
小さな魔族は否応なしにオレの意識の隅々を掻き分けていった。
憤怒、激怒、憤慨。
怒りという感情に覆われたオレの深層心理の更にそこにある、心のくすぐったいところをこの魔族は買ってもらった玩具で浅深のように撫でまわしてくるの分かった。けれども精神でいくら拒否をしてみても、心と体が自分の意思で動いてくれない。
「殺してやる…魔王も。バトン…レコット………フェトネック……シュローナ…全員許さねえ」
オレの意思に反して勝手にそんな事を口にしていた。
「驚いたな。まさか魔王と一戦交えたことがあるような奴と出会うとは、俺も予想外だ」
小さな魔族はそこで魔法を解き、身体の拘束も同時になくなった。けれども全身にあり得ない程の疲労感があり、息を吸うだけで精一杯な程に困憊していて動けない。
「お前の事はよく分かったよ」
倒れ込んでいるオレの頭に、小さな魔族はそっと手を置いた。
小さく細い手であるのに、そこから伝わってくる魔力は潰されそうなほど圧倒的だった。それでもオレは覇気だけは負けぬようにと、渾身の力で睨みつけた。
「可哀相に。俺がお前のその苦しみを取り除いてやるよ。信じてくれ」
その言葉と共に、また何かが頭と心の中に入ってくる感覚に襲われた。
「がああああ」
と、悲鳴を上げることでしか抵抗できない自分が、この上なく情けない。けれども、その情けなさでさえすぐに別の何かに覆われて霧消してしまう。
「過去など捨ててしまえ。俺がお前を救ってやるよ。フォルポス族の祖先はただの狼だったんだ…ただ山を駆けて胃袋を満たす事だけを考えていればよかった。君が苦しむのは、半端に育った知恵のせいだ。俺がそれをなくしてやるよ」
脳の中に魔法が注がれて朦朧とする中、戦士としての意地はまだ残っていたのか。オレは爪を立て、頭上にいる小さな魔族に向かって抵抗の色を示す。
だが、まるで手応えがない。雲に触れたら、きっとこんな感触だろうという奇妙な手触りが残るばかりだ。
「俺に触ることはできないよ。俺はちょいと特殊な体でね、存在しているが存在していないことになっているんだ……そんな顔をするなよ、どうせその内言葉の意味さえ分からなくなる」
その言葉通りにオレは段々と思考が鈍っていくのを感じていた。それどころか、手足の感覚も自分の体でないように思えてならない。
「新しい道を歩もう。そうだ、しばらくは俺がお前を飼って面倒を見てやろう。封印されていた間、どれだけ世界が変わっちまったのかも見たいしな」
頭から小さな魔族の手が離れた。
疲労感も嘘のように吹き飛び、むしろ前よりも体が軽い程だった。四肢に力を込めて体を起こす。
そこで俺は自分が信じられなくなった。体は骨格ごと変えられ、俺は正しくただの一匹の狼の姿になっていたのだ。
「いい姿だ。しばらくは相棒として付き合ってもらおうか」
小さな魔族は、狼となったオレの頭の上にちょこんと座り込んできた。
「手始めに近くの町にでもいってみるか、相棒」
その言葉に、オレは逆らってはいけないような気になった。
◇
「そんな勝手が通ると思っているのか」
煙の外から殺意に満ち満ちた声が聞こえてきた。小さな魔物は「えっ」と小さな声を上げることはできたが、煙を貫き伸びてきたルージュの手から逃れることはできなかった。
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