追い込まれる勇者
「くっ」
と、驚きと焦りの息を精一杯飲み込んだ。
魔王と平行に移動しながら、今入って来た扉を一目散に目指す。しかし当然の如く、それは妨害された。
魔王は手をかざし、魔力の塊を斉射する。オレは剣でそれに応じるが、凌ぐのが精々だった。前方の扉は魔王に塞がれ、パーティとの挟み撃ちを許してしまった。
「混乱しているだろうに、逃亡に至るまでの判断が早いのは流石だね。勝ち目のない戦いと、負ける闘いは別って事もきちんと知っている」
茶目っ気たっぷりに笑う魔王の表情がより恐ろしく見えた。
オレはいよいよ覚悟を決めたのだが、意外にも追撃が迫ることはなかった。
パーティの皆が、戦闘態勢を止めた。魔王もオレを逃がさないように警戒をしてはいたが、攻撃する気配は完全に取り除いている。
よく分からない沈黙はレコットの声で打ち破られる
「ねえ、お願いだから考え直して。あなたを置いていきたくもないし、まして殺すのなんて絶対にイヤ。さっき、魔王様の取引に応じようとしてくれたのがどれだけ嬉しかったか・・・あなたも私たちと一緒なんだって思えたのに・・・・・・」
次第に涙声に変わっていく。言っている内容さえ除けば普段通りのレコットなのが一層不快感を増長させる。
洗脳やマインドコントロールの類じゃなそうだ。
本心から魔王を崇拝しているのが明白だった。かつての英雄の娘であり、神の祝福を授かった聖術師の口から出る言葉がここまで黒々感じるモノなのか。
「・・・泣きたいのはこっちだぜ。一体お前らに何があったんっていうんだ?」
「気付かされたんだよ、魔王様にな。自分と世界の小ささを・・・いや、こういう言い方はまどろっこしくてアタシらしくないな」
頭を使うのはあまり得意でないシュローナが毅然として言い放つ。
「結果を見ればな、アタシ達は強くなかったんだ」
「何を言ってる。お前らの強さはオレが一番よく知っている。お前らより強い奴なんてそうそういる訳がない」
「戦うって事ならそうかもしないけどよ。アタシが言っているのは心の強さのことだよ」
「どういう意味だ?」
「言葉の通りさ。伝説だか言い伝えだか知らないが、そんな理由だけで持て囃されて魔王討伐なんてさせられて、辛いだけの試練とやらをこなして、自分を犠牲にして人を助けてさ。貰えるのは感謝と名誉とかいう何の役にも立たない代物だけ。その内、アタシらの名前を聞くだけで助けてもらうのが当たり前みたいな連中も出てきてたろ? で、偶にしくじったりすれば罵詈雑言の嵐。町の酒場に入れば、飛んでくるのは酒を飲む暇があればさっさと世界を平和にしろだのいう陰口ばっかり。魔王の領土に入ってから人間に会わなく済んでどれだけ心が軽かったか」
「それはお前ばかりの苦悩じゃないだろう」
その指摘には怒気を孕んだ言葉が帰って来た。
「その通りだよ。アタシ達全員が感じていた苦悩だろうさ。愚痴や不平不満を言い出したらキリがない。けどね、決定的に違うところもあった」
そう言いながらシュローナは、きっとオレの事を指差した。
「オレが・・・何だって言うんだ?」
パーティの皆の目が虚ろで悲し気な、それでいて妬みを込めたような暗さを帯びた。
「お前はな、自分のその化け物じみた心の強さに気付いていないんだよ。色んな奴等からの期待も重圧も理想も不満も全部押し付けられて、それでも自分を見失わないし、それに応えようとする」
「・・・」
「何の事かさっぱりか? けどな、強さなんてのは自分だけじゃ絶対に気が付かない。他人と比べて初めて分かるもんだ。そして・・・弱い自分の傍に常に強い奴が居続けるとどうなると思う? 一番望むモノが届かないのに目の前にあり続けるとどうなると思う?」
よく知っている。
腕力も魔力も知恵も血統も、どれもこれも喉から手が出る程に欲して、それでも自分には手に入らないと自覚して失意しているのだから。
「レコットとフェトネックはああ言っているがな、アタシはここでお前を殺してしまいたい。もうこれ以上アタシとお前を比べて、強くなれない自分を慰めるなんてゴメンだ」
「・・・シュローナ」
涙声で武器を構えるシュローナはまるで子供のようだった。それに乗るかのようにバトンも魔導書を開き、オレを攻撃する体制に入る。
「せめてもの情け心だ。味方に殺されるよりも敵に殺された方がいいだろう」
「どういう意味だ? バトン」
「四人の中で、初めに魔王様に付いたのは僕だ。そこからパーティの情報を流していた。魔王様が懐柔しやすくするためにね・・・ただ、君のことだけは出し渋った」
「あ?」
「万が一にも魔王様の側に付いてもらいたくなかったからね。レコットとフェトネックは、未だに優しさを捨てられていないようだけど、僕はシュローナと同意見だ。ここで君を始末しておきたい」
バトンは笑った。
こいつには嗜虐癖がある。毒や夜襲や追い打ちのような非人道的な戦法を特に好み、わざと狙いを逸らす攻撃を仕掛けたりもする。
その悪癖に塗れた装いで、バトンはオレに対して持っていた怨嗟を吐露し始めた。
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