交渉する勇者
「メカーヒー様。やはりお止しになった方が…」
亭主がオレ達のやり取りに初めて口出しをしてきた。が、メカーヒーは余裕綽々の態度を崩さない。
「いやいや。『煮えたぎる歌』と聞いて素性もはっきりとなった。尚の事この方に頼みたい」
「それで、依頼というのは?」
「ルクーサー地方のセムヘノという街はご存じで?」
ルクーサー地方とセムヘノという二つの知名に思わずハッとなった。ルクーサー地方は『煮えたぎる歌』のギルドで聞いた妙な噂話の大元であることもそうだが、セムヘノという都市はかつての仲間だったササス族の女、フェトネックの故郷だったはずだ。
が、そんな事はこの場においては関係のない話だ。オレは平静を装って返事をする。
「行った事はないが知ってはいるさ。有名な街だろ?」
そう当たり障りのない返事をした。オレが生きていた時代であれば、町並みの風景と海が売りの観光都市だったはずだが、それは飲み込んでおいた。ギルドでの経験上、下手に墓穴を掘るよりも無知を装っていた方が面倒が少なそうだと判断したのだ。
「ええ。生涯で一度は訪れておくべき街の一つですからな」
メカーヒーは猫の髭を抓むと、二、三度それをしごいた。
「ザートレ殿にお願いしたいのは、そのセムヘノまで私どもを護衛して頂きたいという事です」
それを聞いて一瞬、懐かしくなった。商団や小金持ちの道すがらの護衛は駆け出しの頃によくやっていた仕事だ。目的地が被っていれば食事や寝床の心配をしなくてすむし、更に金を稼ぐことができたから重宝した。商人が護衛を雇って旅をするのは別に珍しいことではない。
今回もルクーサー地方へ行けるのは渡りに舟といった案件であることは間違いない。魔王の城へ向かうは遠回りになることは当然だが、どうにも噂話が引っかかる。
有難い話だが、安易に引き受けられない気掛かりもある。
「報酬は四十五万チキュ。前金で二十万チキュお支払いしましょう。如何です?」
こちらが判断をあぐねいている隙に追い打ちをかけるようなタイミングで報酬の提示、しかもここからセムヘノへの護衛相場のおよそ三倍近い額を出してきた。商人らしい駆け引きだと思った。新米なら飛びついていただろうが、疑念はさらに強まった。
「返事はすぐにできん。旅程、護衛人数、道中の飲食費の持ち分なんかをはっきりさせないせいで何度も痛い目を見てきた」
「ふふふ。やはり護衛慣れしていましたね、私の思った通りだ」
メカーヒーは商人らしい笑みを浮かべていた。商人たちの会話を巧みに操り一言一句から相手の情報を引き出す術は感心するし、同時に苦手でもある。これから先の旅に影響はないだろうが、こちらの素性などをあれこれ探られるのはいい気分ではないし、万が一という事もある。オレは剣を持って戦うが、こいつらが持つのは金だ。同じように金属でできているはずなのに、こうも勝手が違うものなのか。
息をつくふりをして、オレは一目だけルージュを見た。こいつはきっと商人になっても似合いそうな気がした。
しかし、今回に限ってだがオレはメカーヒーに一泡吹かせてやれるカードを持っている。出し惜しみなどするタイプではないので、気が付いた時にはそれを切っていた。
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