遁走する勇者
躊躇いもなく放たれた、フェトネックの放つ矢が一閃する。それは真っすぐにオレの肩口を目掛けて飛んできた。
振り返るよりも、矢が空気を割る音が耳に届くよりも速く反応をし、紙一重でそれを躱す。その回避にはフェトネックも魔王も、そして誰よりもオレ自身が驚いた。
何故反応できたのか。それはオレも分からない。ただただ不意に感じ取った直感に身を委ねた結果だ。幾千幾万と研ぎ澄ませてきた闘いの勘が働いたとしか言えなかった。
「・・・どういうつもりだ?」
運よく・・・本当に運よく体勢を崩さなかったオレは精一杯の強がりを四人に飛ばした。だがその四人の顔を見れば、答えが無くとも全てが分かった。
頭では理解しても心が納得することを拒んだ。それは、正しく殺気を向けられている中でも、ほんの少しだけ躊躇いを感じ取れたからかも知れない。
「悪いが見ての通りだ。僕たちは魔王様の元につく」
いつもと同じ口調でバトンが淡々と事実を告げた。心臓がかつてない程跳ねているのが分かる。
「操られている、ってこともなさそうだな」
「ああ。僕たちは飽くまでも自分の意思を持っている」
戦士の勘が『ここから逃げろ』と叫んでいた。頭の中は全力で逃走するための計算をしている。こうなっても冷静にいられるのは、自分でも少し驚いている。少しでも時間を稼ぐために、オレは口を開いた。
「どうしてだ?」
「話しても理解できないと思うわ。今まで何度も魔王様が私たちを説得してくれていたじゃない」
レコットの普段とはまるで違う気迫ある声に、少々驚いた。いつかどこかの村を襲い、子どもを皆殺しにしていた山賊たちを相手にしたときにも、こんな迫力を出していた事を思い出した。つまり、レコットにとって今のオレはあの山賊と同等の存在という事なのだろう。
「あのゴミみてぇなおしゃべりを言ってんのか?」
その言葉に魔王は、そも余裕ありげにクスクスと笑っている。だが、こっちの四人は更に怒気を増したように感じた。
それを辛うじて抑え込んでいる様なシュローナが憎まれ口をきく。
「お前は魔王様のあの言葉を救いだと感じなかった、俺達は救いだと感じた。その違いさ」
「シュローナ。その戦斧に誓った誇りはどうした? 捨てちまったのか」
「捨てちゃいないさ。いや、むしろもっと高みに進むことができたと確信してるぜ。一戦士としてな」
「・・・そうかい」
オレが覚悟を決め、もう一度剣の柄を握りしめた時、それに逆らうかのようにフェトネックが弓を下ろし、まるで聞き分けのない子供を諭すかのような自愛に満ちた声で言った。
「もう無理やりにでも引き込むしかないと思っていた。だから急所を外して狙ったし、さっきのあなたのさっきの言葉、嘘だったけどすごい嬉しかった。ね、これが最後のチャンス。剣を捨ててちょうだい。ワタシはこれからもみんな一緒にいたい。お願いだから、魔王様のことを認めて」
フェトネックの言葉に全員の緊張が一瞬だけ解けた。それが最後のチャンスと確信した。
すると考えるよりも早く、体の方が動いていた。
重力に身を任せるように前方へと倒れる。顔面が地面につく一瞬手前で、足に渾身の力を込めて一気に加速する。魔力、腕力、知力、精神力とそれぞれに敵わない要素が多すぎる。だが、逆に他のメンバーがオレに敵わない要素が一つある。
それが俊敏性とそれを支える脚力だ。案の定、反応がまるで間に合っていない。
速さで競えば、勝機はあるはずだった。
◇
だが、それは敵わなかった。
全身全霊の全速力での逃亡にも関わらず、オレの真横には如何にも余裕綽々の魔王の顔があったのだ。
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