雪辱の勇者
一旦ここまで更新します
あまりにも衝撃的かつ予想外過ぎたのか、狙われたレコットも含めて四人は驚き以外の反応がまるで示せていない。全員が信じられないという面持ちで「…ザ」と俺の名前を呼ぼうとしていることを目の端に捉えはしたが、刃を鈍らせる理由には到底ならなかった。
ザシュっ、という音と共に確かな手応えが腕に伝わる。俺自身も正確な位置を把握しきれなかったせいで一撃必殺とはならなかったが、レコットの利き腕を骨ごと切断することは叶った。これでもう正常な回復魔法は使えない。消耗戦に持ち込まれるという一番の厄介な状況は回避することができた。
当然、ここで止まってやる義理はない。強力無比なヒーラーであるレコットの息の根を止めるまでは隙を与えたくはない…畳み掛ける!
痛みで絶叫するレコットを更に蹴り飛ばし物理的な距離を稼ぐ。残る三人はこちらの三人娘が相手をする。足止めどころか勝機さえあると俺は踏んでいる。とにかくレコットさえ始末できれば…。
そんな思いを胸にレコットへの追撃を開始する。
柄を握り締め、切っ先を最小限の動きで突き出す。確実に喉を切り裂き、殺すことができるタイミングだ。
…。
それなのに…。
この違和感は一体なんだ? 手負いのレコットはいざ知らず、他の三人の抵抗が鈍すぎる。いや、そのレコット本人だって俺を見定める目が尋常ではない。
俺の登場には度肝を抜かれただろうが、一瞬怯ませるくらいの効果しかないはずだ。理不尽で不可解な事が起こったとしてもコイツらはそれに順応しながら戦えるはずだ。その事は俺自身が一番よく知っている。
まさか魔族になったせいで戦闘力が落ちているなんてバカな話もあるまい。
何か狙いか目的があるとしか思えない。そう思った瞬間、俺は全員に攻撃をするなと命令を出していた。
「全員、止まれ! 様子がおかしい!!」
俺はレコットを地面に叩き伏せると首の後ろに切っ先を当てた。妙な動きをすれば即座に止めを刺せる体勢だ。その上で俺はかつての仲間だった魔族三人に剣よりも鋭い視線を送った。
「…何を企んでいる?」
「ほ、本当にザートレなのか…?」
「…ああ」
「生きていた…のか」
「きちんと殺されたさ。その後に蘇った。だがその仔細まで教える義理はない。お前らこそ質問に答えろ」
全員が信じられないという表情は変えない。それは納得できるが…こいつらの絶望の瀬戸際で希望を見出だしたような目付きは一体どう言うことだ。
違和感の正体はずばりソレだ。
揃いも揃って俺に敵意を持っていない。未だに記憶にこびりついている前回の惨敗の時に見せた悪意も殺意も削ぎ落とされている…この八十年の間に腑抜けにでもなっちまったのか。
すると。
次の瞬間、更に不可解な行動を取った。
レコットを救う気概を見せるどころか、全員が武器を捨てたかと思えば俺に向かってお手本のような土下座をしてきたのだ。
「…!?」
流石の俺もついに狼狽を露にした。この時、ルージュの声が聞こえなければ、完全にこの異質な光景と雰囲気に飲まれていかもしれない。
《冷静になれ、主よ。巧妙な罠かも知れん》
《! あ…ああ。すまない》
滲み出た混乱の色を必死に覆い隠し、俺は更に問い詰める。
「何の真似だ…?」
「頼む…話をさせてくれ」
「あ?」
「フェトネックからセムヘノでザートレと名乗る何者かが現れたと言っていた。それはお前の事なんだろう…?」
「…」
「その話を聞いてから、ずっと探していた。もうお前だけが一縷の望みなんだ…! お前にした仕打ちに対して詫びろと言うのなら詫び続ける。死ねと言うのなら命も差し出す。それでも僕たちの内、誰か一人でも生かして話を聞いてくれ! 助けてくれ! もうこの数十年打つ手がないままなんだ」
バトンはそう言ってもう一度頭を地に擦り付け、シュローナとフェトネックもそれに倣う。
俺は思いきりよく歯噛みをした。あまりにも顎に力が入りすぎ、自分で自分の牙を噛み砕いてしまいそうだった。
とうとう堪えが効かず、激情のままに声を吐き出す。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」
心の底から、魂の最奥から出た叫びは敵だけでなく味方の三人までを竦み上がらせた。全身の体毛という体毛が針の如く逆立っている程なくドシンっと地響きのような音が赤の試練の部屋にこだまする。
俺の怒気に障てられたグリム達が次々の気絶していったせいだ。
しかし、そんなことを誰一人として気にしてはいない。この場の全員の関心は俺が次に取ろうとしている挙動だけだった。
土壇場での裏切り、殺意、悪意、信頼の失墜。
あれだけの屈辱を与えてきた分際で…今更俺に助けを乞うだと? 話を聞けだと? どの口がそれを言う? 起きているのに夢でも見ているのか、コイツらは。
脳内に溢れ、そして蠢く感情と言葉の洪水を必死でコントロールしていた。が、結局まとまりはせず、出るのは喉を低く鳴らす唸り声ばかりだった。
すると息も絶え絶えなレコットが俺に踏みにじられながら俺の名前を呼んだ。
「ザ、トレ」
「…」
「どうか、お願いします。私を…殺して」
「っ!?」
「この傷じゃ…どの道助からないし。ヒーラーの私を殺せば罠じゃないことの証にもなるでしょう。だから、私の命に免じて話を、聞いて」
烈火の如き怒りを氷河のように冷たい視線で表現する。そして剣の鈍りを取り除くために分かりきっている事を尋ねた。
「それは…魔王のためを思って言ってるのか?」
「…ええ」
ズンっという衝撃が生まれた。その音で俺は自分が刃をレコットの首に突き立てていると気が付いた。
首を刎ねても腕を切り落としたせいか、思ってたよりも血飛沫は上がらなかった。
レコットの絶命をそんな叙事的な文章に変えて見下すことで、ようやく自我や本来の目的を見失わないようにしていたのかも知れない。
最後の足掻きか、はたまた自分の覚悟を示すためか、レコットは悲鳴も苦悶の声もあげずに息絶えた。
すると俺の中にも話を聞いてやってもいいかと余裕のような、かつての仲間への義理のような、よく分からない感情が芽生えてくる。
警戒を解くことのないように三人娘に連中を囲わせると、俺は短く言った。
「話ってのは何だ? 精々簡潔に言え」
読んで頂きありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどしてもらえると嬉しいです!




