叫ぶ造反者
やがて食事を終えた一行はそれぞれが思い思いの方法で一服していた。既に夕日も沈み、焚き火の他には星月の光に頼るほか無いほどに暗い。
その時である。
休憩をしていた五人はほとんど同じタイミングで気配を感じ取り、全員が跳ね起きるような反応を見せた。
隣接している森の中から何かがこちらに向かって来る。全員が戦闘態勢を取った。
しかしその中でトスクルだけが真逆の方を見て湖からやってくる気配に反応を見せていた。トスクルはその気配が自らが放ったイナゴのそれであると察知する。ともすればもう波音しか聞こえてこない湖の向こうからものすごい勢いでこちらに向かってきているのはザートレに違いなかった。
だが彼女にそれを伝える猶予は与えられない。暗い森の奥から真っ黒い何かがのっそりと現れたからだ。
真四角の仮面のような顔の四隅からはそれぞれツノが伸びている。それよりも印象的なのは顔の中央にある紅く光る一つの眼。不気味な顔を支える体とそこから生えている四本の足は頼りないほどに細い。にも拘らず体格は森の木々と差ほど変わらない。生き物であることは間違いないのに、到底生き物とは思えないフォルムが不気味さを助長している。
全員がその異形さに圧倒されてしまい、立ち向かう事も逃げる事もできぬままに固まってしまっている。
その瞳に魅入られたラスキャブ達はカチカチと歯を鳴らし、全身を硬直させる。すると不思議な事にアーコによってかけられた魔法が解け、三人とも元の子供の姿に戻ってしまった。
「グリム…」
その場で唯一、異形の正体に心当たりのあったトマスがぼそりとソレの名前を呼んだ。そしてトマスは今更ながらにグリムに出くわしてしまった時の対処法を叫んだ。
「奴の瞳を見るな!」
トマスの痛恨の叫び声に皆は肩を大きく揺らして、目を閉じたり顔を背けたりして紅い瞳を視界の外に追いやった。
現れた異形は名をグリムと言った。『囲む大地』が出身のジェルデが知らぬのは当然としても『螺旋の大地』で生まれ育ったトスクル達さえもグリムの事を知らなかったのには訳がある。グリムは魔王の城に出入りのできる一部の魔族にしか存在を知らされていないからだ。かくいうトマスもかつて魔王が『囲む大地』を侵略するに為に用意した生物だという事を噂話で聞いただけ。魔王軍の伝達でそれの対処法を知らされてこそいるが、グリムの正体も生態も出生も何も知らない。
グリムは何もしない。ただただ不規則なルートを気ままに徘徊するだけの存在だ。しかし正体不明の魅力を放っており、人の視線をその紅い眼に引き寄せる。それを見れば見ていただけ不安や焦りという感情を煽り、モノの数十秒で疑心暗鬼になったり極端に心に傷を持っているような者は精神崩壊を起こすという。
全員が全身に冷や汗を掻き、グリムが通り過ぎるのを待つ。特に声を出すことは禁じられてはいなかったが、誰一人として気安く喋ることはできなかった。
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