途方に暮れる勇者
オレはフォルポス族の姿になると落下しながら剣を両手で持ち直し、それを振りかぶって構えた。やはり剣を扱うならこの体が一番しっくりくる。
するとその瞬間、戦士の習性か雑念は霧散していった。
斬りかかるタイミング、斬りこむ場所、刃を入れる角度などなどが頭の中で事細かにイメージされていき、オレは鼻から息を吸い込んでそれを実行へと移す。
鬨の声を上げ、迷いなく剣を振り下ろす。刃は理想的な筋を描いて上からレイク・サーペントを切り裂いた。
レイク・サーペントの巨体に比べればこの剣は針の様なもの。どうしたところで真っ二つになどできはしない。しかも今はルージュの思念は他所に移り、魔術的な強化もなされていないのだ。その代りにこの剣はこの世で最も凶悪な毒が付与されている。
蛇の牙が獅子を殺し、蜂の針が虎を殺すが如く、矮小な剣でも致命傷を与えるには十分な威力を発揮するだろう。
途中でレイク・サーペントの動きを封じるために突き刺していた氷柱の何本かを共に粉砕しながら、オレは盛大な水しぶきを上げて湖に着水した。水の中はレイク・サーペントの巨体が蠢き、太陽の光も届かない深淵と呼ぶにふさわしいほどの暗闇が支配することとなっている。流石のオレも身動きが取りづらい水中でこれを目の当たりにすると、背筋が凍る思いだった。
オレは魔族の姿に再転換すると、自分の周りの水を追い出す形でアーコの盾を球状に張った。毒によって皮膚の再生許されず、悶えのたうつレイク・サーペントは一切の遠慮なしに湖の中を暴れまわる。オレは上も下も左右も分からなくなるほど水中を引っ掻き回された。気分は大食堂の皿洗い用のシンクの中に落ちた一匹の虫の様だった。
しかし、そんな状況でも不安も恐怖心も沸いてこない。
ルージュとアーコの二人がかりで張り巡らされて盾の強度は尋常ではなく、直接攻撃されている訳でもないので割れる心配は皆無だ。それにこれだけ苦しむという事は、裏を返せばピオンスコの毒が間違いなく聞いているという証拠でもあるからだ。
こうなってしまえば、後は時間の問題だろう。
―――やがて、誰の目に見ても明らかなほどレイク・サーペントの動きが止まった。
水中の水の流れも次第に落ち着くと、球体の盾は徐々に水面に向かって浮上していった。徐々に湖面に近づくにつれて、太陽の光が差し込んでとても幻想的な風景が広がる。そしてそれと反比例するようにレイク・サーペントの死体が下へ下へと沈んでいった。
水面に出ると何の変哲もない平和な湖の光景があった。こうして見ると先ほどまでの攻防が嘘か夢のようだったが、湖上に残って浮かんでいる氷の断片が現実の出来事だったと囁いていた。
そうしたところで、オレはようやく一つ大きな息を吐き出した。
そして、一つ重大な事を忘れていたことも思い出し、それを呟く。
「しまった…この後どうやってあいつらと合流するか考えていなかった」
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