切望する勇者
水中深くに遠ざかった気配が一転し、急浮上してきている。オレは瞬時に、姿を隠して下から食らいついてくる作戦だと判断するが、実際は違っていた。レイク・サーペントはてんでお門違いの場所に向かって浮上してきたのだ。
そしてその巨体を浮上の勢いのままに飛び上がらせると、自分自身を投げ石にして湖に大波を発生させたのだ。それを見てオレは今まで頭に過ぎらせていた想定の規模の矮小さに思わず失笑した。奴の本当の狙いはオレを水中に引きずり込み、あわよくば溺死させたところで貪ろうという魂胆だろう。
だがそれが分かったところで、この波をどうやってやり過ごす?
そう思った時、ルージュがオレの頭の中に進言した。
(主よ、アーコの盾を下に出せ)
その言葉にオレは真意を確かめる暇もなく従った。けれどもルージュが己の策をオレの脳内に直接放り込んできてくれたおかげで、迷う事はなかった。
水面に接触するように展開したアーコの盾はさながら一人用の船のようだ。そしてそれに乗っかったまま、オレは襲い来る波の反対側に向かって横薙ぎに剣を振るい、同時に爆発魔法を放つ。本来なら踏ん張りを利かせるところだが、この状況ではそれが推進力になってくれる。
そしてそのまま大波に向かって突っ込んでいく。
オレの脳裏にはいつかどこかで聞いた船乗りの話が思い出されていた。もし湖上で嵐や暴風に遭い、津波に巻き込まれる危険がある時は敢えて津波の方に向かって船を進めるのだと。波のスピードに船は勝てないし、横殴りに食らっては転覆する。しかし正面から津波に向かえば船は浮力により上下に動くだけで飲み込まれることはない。
しかし波が最高到達点に達してしまっては遅い。巻き込むような水流に攫われるだけだ。つまりここからは時間との勝負になる
オレは襲い来る大波を目の当たりにすると、咄嗟にフォルポス族の姿を取った。直観的にに卓越した魔法技巧を扱える魔族の姿や、発達した五感を操る狼の姿よりも、本来のオレ自身の姿に戻った方がいいと思ったのだ。身体能力やバランス感覚はこの体が一番信頼を置けるし、何よりも度胸はこのフォルポス族の姿が最も携えているのだから。
波の勾配は瞬く間に急になっていく。感覚的にはもう垂直の壁を登っているかのようだ。事実のオレの目には既に水でできた巨大な壁しか映っていない。
「頼む、間に合え…間に合ってくれ」
希望と絶望とがせめぎ合い、時間が無限に続いていくような感覚に発狂してしまいそうだ。
目も耳も鼻も、体の感覚全てが無くなったように思える。その中でルージュは呟くようなテレパシーを送ってきた。
(無限に続く時間などあるものか)
その言葉が終わるのと、オレが大波を乗り越え空高く飛びあがったのはほとんど同時だった。
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