悪寒走る勇者
まあ、そんな感傷に浸るのは今じゃない。
「とにかくもう少し船底に近づいてみてみる」
と、俺はそう言って縁を飛び越えた。すぐに後ろからラスキャブの「え!?」という驚きの声が聞こえてくる。その声を背負いつつ、オレは水面に向かって魔法を放つ。火の魔術は反転され冷気の魔法になり、水の上に氷の足場を作る。船の進行を止めない程度の距離で氷を張り巡らせると船首から船尾までを隈なく見て周った。
しかし、やはりオレでは異変を見つけることができなかった。
「何かの気配は感じるんだが…」
するとその時、上からトスクルが落ちてきた。
「トスクル!?」
「ザートレ様。分厚い氷を張ることはできますか? 思い切り跳ねてみたいのですが、船に穴を開ける訳にもいかないので」
跳ねる?
そう言えばトスクルは自身もイナゴの特徴を色濃く有していて、飛行と言っても過言ではない跳躍ができると言っていたか。
確かにこれだけ近づいて調べても何もわからないのだ。反対にはるか上空から船を一望できれば、何か気が付くことがあるかもしれない。
「分かった。少し待ってくれ」
オレは剣に魔力を集中させた。剣を振り下ろすと同時にそれを放射して、湖上に氷の舞台を作った。
「こんなもんで大丈夫か?」
「ええ。ありがとうございます…では、跳んでみますね」
トスクルは氷の上でしゃがみ込んだかと思えば、次の瞬間には驚くほどに高く飛びあがった。結構厚めに張った氷が轟音と共にヒビ割れる。確かに船に乗っていたのではできない荒業だな。
飛びあがった彼女は最高到達点に辿り着くと腰から翅を広げて空中でバランスを取った。それから数間をおいてゆっくりと船に降りられるように微妙な調節をしながら落下してくる。
オレは何かが気が付いた事があったかどうかを話を聞いて確認するために一旦甲板に戻ることにした。
船に戻ると、揺れが収まっていた。オレはラスキャブとピオンスコに倣って空を見上げてとトスクルが戻ってくるのを待つ。
「…お待たせしました」
船に降り立ったトスクルは開口一番にそう言った。その声に不安を孕んでいることをオレは見逃さなかった。
「どうだった?」
「結構まずいかもしれません」
「え?」
「ルージュさん。私の見たモノを皆さんにお伝えくださいますか?」
トスクルはそう言ってルージュの柄に触れた。途端にトスクルが上空に飛びあがって垣間見た映像がオレ達の頭の中に広がる。そしてオレ達はあまりの光景に背筋がゾッと寒くなった。
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