躊躇する勇者
心に怒りの気が出てくると無意識的に喉を唸らせていた。徐々に声帯に力が込められていくのがひしひしと感じられる。
その間にも魔王の生き人形はラスキャブたちとの戦いで見せていた黒い刃や瓦礫の投擲を駆使して接近を妨げてくる。狙いがオレ一人のせいでそれは正しく猛攻と呼ぶに相応しい勢いとなっている。これを凌ぐのは至難の業。フォルポス族や魔族の姿であったなら、かなりの苦戦を強いられていたかもしれない。
ところが今のオレはこの攻撃の数々をなんら苦にしてはいなかった。
五感が研ぎ澄まされている上、アーコの能力は未だに有効だ。精神的にも肉体的にも自分を俯瞰で見ることができており、例えどんな不意打ちをされたとしても難なく回避することができるだろう。目に見えているだけの攻撃ならば尚更当たる可能性は皆無に等しかった。
オレは喉に溜めに溜めた力を雄叫びとして解放する。声は魔力を帯び、青鈍色の光を纏った光線となり一直線に魔王を襲う。流石にまともに受けてはまずいと学習したのか、人形は魔法を駆使して目の前に障壁を張り巡らせた。
それは予測したうちの反応だった。だからこちら側も当たれば良し、防がれたとしても次の攻撃の起点になるために撃ったのだ。オレは咄嗟に首を下げ、技の軌道を下へとずらす。それは僅かなものだったが、一向に構わない。光線は生き人形に魔法障壁に防がれ散り散りに霧散してしまったが、焦点が下にあったことで弾け際に土埃を舞い上げてくれた。
これも先に見せた目くらましだ。学習能力の高い奴の事だから、恐らくは風の魔法か何かで土煙を吹き飛ばしてくるはず。それが実行される前にオレは一旦、魔族の姿へと転じた。
(ルージュ、剣に戻れ!)
そう念じるのと、予想通りの風が巻き起こるのはほぼ同時の事だった。
瞬く間に姿を変えたオレ達は、まず魔王の魔法障壁を破壊するために炎の矢を生み出してそれを叩き込んだ。これは地下でベヘンが使っていた魔法だが、魔術の扱いに長けた今のオレならば模倣することは簡単だ。
生き人形は風で土煙を晴らしたまでは良かったが、突如として敵の姿が成り代わっていた事に一瞬だけフリーズしたように見えた。やはり戦いの中で突然に姿を変える戦法は効果が絶大の様だった。
放たれた炎の矢は目測通り、障壁を破壊することに成功する。立て続けにオレはルージュを袈裟切りに空振りして火炎魔法を使い、切り返す刃から凍てつく冷気を出した。属性の違う連続魔法攻撃を一人でこなせることに少々感動を覚える。
火炎魔法こそ対抗呪文で防がれてしまったが、地を這うように忍び寄る冷気を防ぎきることはできなかったようだ。並大抵の奴であればここで勝負が終わるが、流石は魔王の生き人形といったところか、体の一部が凍り付いたものの致命傷にはなっていなかった。
だが、それはこれ以上はないほど大きな隙だ。
オレは跳躍し、今度は元通りのフォルポス族の姿へと転じる。
握りしめたルージュに渾身の力を載せ、正真正銘の全力の一撃を食らわせてやった…。
…。
そう思った。
その時オレの脳裏に誰の者ともわからぬ声が響いた。
『ダメ! 殺さないでっ』
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