出鼻挫く勇者
「ふざけやがって、この『囲む大地の者』どもが…」
寸でのところで術式を発動して、魔王の人型を動かした魔族の一人が自分の尊厳を取り戻そうとして、そうつぶやいた。魔王の生き人形はザートレたちが予想した通り、万が一の事態に備えて用意されていた代物だった。
動かされた人形は目に生気はなく、発動させた術師と認識を共有し敵と見なしたものに単調な攻撃と、反射的な防衛反応を見せるだけの単純な構造だ。しかし、オリジナルである魔王のポテンシャルが高いため、人形と言えども圧倒的な制圧力を保持していた。
ジェルデら反乱軍はその生き人形の登場によって、飛ぶ鳥を落とす勢いだった進行を嘘のように止められた。それは先ほど見せられた爆破魔法の威力もさることながら、つい先日に自分たちを恐怖の底に陥れた張本人が現れたからだ。
よく見れば動きや表情が機械的で、すぐに本人ではないとわかるような出来栄えだったのだが、トラウマを植え付けられている彼らにはその真偽を見抜くような心理的な余裕がなかった。戦いに慣れているジェルデやトマスでさえ慄いてしまっているのだから、ほかの者達が受けた精神的な衝撃はすさまじい。
逃げ出すこともできないようなねっとりと絡みつくプレッシャーだった。町民たちは武器を放すことも、へたりこむこともできずに固まってしまった。唯一できたのは、あの時地下の通路で引き返しておくべきだったという公開だけだ。
反乱軍の意気消沈はたやすく魔族からなる自警団に伝わった。蒼白な反乱軍の面々を見た魔族は一人また一人と不敵に笑い、目には嗜虐的な灯火が宿り始める。ジェルデはここがこの戦闘の正念場だと悟った。すぐに戦い慣れた自分の部下や仲間たちに指示を送る。
これまでは全員でルーノズアから脱出することを念頭に置いていたが、それは叶わないと理解した。もしものときのために言い聞かせていた作戦を始める準備をする。つまりは人員を拡散し、せめて一人でも多く街の外へと逃がし、他の町々への警告を伝令させるというもの。そのためにジェルデは自らがスケープゴートになる覚悟も持っていた。
それと同時に傍らにいたトマスも覚悟を決めた。魔王の行動に不信感を抱いて造反を企てた彼女は共闘したジェルデのために命を使うつもりでいる。彼が生きるというのであれば生きるし、死ぬとなったのなら即座に喉に白刃を突き立てようと思っていた。
ところが。
全員の覚悟は出鼻をくじかれる結果となった。
魔族と反乱軍の間に突如として氷瀑の壁が現れ、両軍を隔てる壁となったのだ。
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