驚愕する勇者
「ふと気になったのだが」
無事に宿屋に辿り着き、一番安い部屋に入ったところでルージュが言った。街そのものが魔族に寛容だったから、宿屋でも特にトラブルになることなく部屋を取れたのは幸いだった。
「どうした?」
「この世界の仕組みはよく分からぬが、ギルド登録というのは必要なのか?」
「ああ。少なくとも試練を突破するまでは必須だな。情報、金銭問題、通行許可…メリットを挙げだしたらキリがない。その試練を越えたとしても、その先の『螺旋の大地』で似た様な組織はある」
「ヴォルート?」
「試練と魔王の居城がある領域の事だ。お前らの呼び方は知らないが、オレ達はそう呼んでいる」
「あ、あの~」
オレとルージュの話の合間にラスキャブが顔色を伺うように入り込んできた。
「なんだ?」
「えと、その・・・やはり、お二人はタスマ様と戦うおつもりで?」
「タスマ?」
何気なく聞いたのであろう、ラスキャブの「タスマ様」という言葉にルージュは反応した。外れそうになった怒りの蓋を必死に抑えるかのような声でラスキャブに冷たく告げる。
「・・・ラスキャブ。次にあの男を様付けで呼ぼうものなら首を刎ねる」
「ひぃっ」
ラスキャブは壁を押し退ける勢いで後ずさり、何度も何度も謝罪と命乞いを繰り返した。
タスマ。
それが魔王の名前らしい。
「魔王にも名前があったのか。まあ当然と言えば当然か」
「魔族で多少なり名のある者なら知っているだろう・・・それよりも、魔王の名は覚えていたのか?」
「あ、そう言われてみれば、そうですね。何故か頭の中にありました」
「クローグレを使いこなす召喚士だ。魔族の間で名が通っていても不思議はない」
ルージュはそこでようやく部屋にあった椅子に腰を掛けた。オレもひとまずベットに座り、おどおどと床にへたり込むラスキャブにもベットに座っても構わないと言った。
「我らは魔王を殺す目的をもって同盟を結んだ関係だ。詳しくはまだ明かせぬが、どちらも魔王にはひとかたならぬ怨みがある。我が主の意向で貴様を連れにしているが、口約束以外に繋ぎ留めておくものはない。逃げたり魔王に組したいのならば好きにすればよい」
その言葉の裏に、命の保証はしないという意味を感じ取ったのか、ラスキャブは精一杯否定していた。オレとしてもそれは同意見だ。むしろオレの考えにルージュが従っているだけかも知れない。
「ところで主よ、話を戻す。ギルドとやらに登録をすれば今後の旅路が楽になるというのは理解した。しかし、それならば主が元々入っていたギルドがあるのではないか? それを使えば話が早いだろう」
「確かにあるが、それは使えない、というよりも使いたくない。村に帰れなかったのはオレ個人の意地の問題もあったが、ギルドに関しては更に面倒だ。ここまで戻ってきた経緯を根掘り葉掘り聞かれるのは明らかだからな。こっちの住民にしてみればヴォルートの情報なんて喉から手が出る程欲しいはずだし、ギルドに知られることは全世界に知られるのと同じだ。あっという間にザートレという名は広まることになる。そうなれば当然、魔王に感づかれるリスクも高まる。」
「ふむ」
「一抹の不安と言えば、登録は一つの契約と同義だから偽りの情報を書けないというところか。そういう魔法が掛かっているから、名前や出身は正直に書かなければならない・・・とは言っても、ザートレなんて名前は珍しいものではないし、同一人物だと思われることはないとは思うがな」
オレは宿の受付で買った新聞を広げた。ここ一帯の商工業の中心を担う、そこそこの大きさの街なのでギルドの数も多い。かつて登録していたギルドと別のところを選ぶために少しでも情報を集めるとなると、やはり地元の新聞を広げるのが手っ取り早い。
自然と隣に座っていたラスキャブも覗き込むように顔を近づけ、それに釣られるかのようにルージュも近づいてきた。
もういっそのこと全員が見れるようにベットに新聞を広げてやろうとしたところで、オレは自分の眼を疑った。
「な、なんだこれは!?」
つい柄にもなく大きな声を出した。が、それも無理からぬことだ。
新聞に書いてある日付の年号が1589MRとなっていた。
それは、つまり・・・。
オレが魔王に挑んでから、実に八十年の歳月が経過しているということでだった。
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