恥じる反乱者
それは反対に優雅にも見える程に美しい殺戮だった。
逃げ惑う魔族たちは一撃で寸分の狂いなく急所を突かれ、うめき声すら上げずに次々と絶命していく。むしろ悲鳴を上げていたのは、それを見ていた解放軍の方だった。懇願に似た制止の声がこだまするが、トマスの刃が止まることはない。
その光景を見ながら、ジェルデとルーノズアの戦士たちだけはトマスの思惑を徐々に理解し始めていた。
トマスは全員の怨みを一手に担うつもりだったのだ。
この状況はすでに殺すか、殺されるかしかない。奪還作戦の最中、ろくな準備もないために捕虜にすることは出来ない。その上、情に絆されて逃走を許し、万が一増援を呼ばれたり、地上に出た後に厳戒態勢を取られでもしたら圧倒的に不利になってしまう。
誰かがやらなければならない。例え全員に恨みを買う事になろうとも。
トマスはジェルデや他の戦士たちにその役を追わせるべきではないと考えた。内輪で遺恨を残せば、それは容易く瓦解に結びつく。その点で言えば、自分こそが最も適任だった。
相手を殺す能力もあれば、所詮は魔族と『囲む大地の者』の関係だ。全員に恨まれたところで、大した問題にはならない。
モノの三分も経たぬうちに、待ち伏せに駆り出されていた魔族たちは血の海に沈んだ。その上にはドレッドヘアーが血で染まったトマスが物憂げな顔をして立ち尽くすばかりだった。
その時ジェルデは、嗚咽や叫び声にようやく気が付いた。解放された町民たちはトマスに矛先向ける者とそれを諫め止める者たちとに二分化され、一触即発の状態だ。もしもこれが足止めという敵の作戦であったなら、大いに成功したと言っていいだろう。今となっては誰の差し金で、何を目的として魔族に変貌させられた『囲む大地の者』をここに送り込んできたのかは定かではない。
ともかく、ジェルデは再び窮地に立たされたのだ。
この町民たちの遺恨をどうしてやるべきか。このままでは地上へ出るどころではないのは明白だ。戦いとそれに従事する戦士たちの扱いは手慣れたものだったが、やはり覚悟を持たない町民たちにかける言葉が全く思いつかない。
そうしている内にトマスに反感を持っていた者が一人、また一人と歩き出し始めた。
全員が口汚く、トマスを罵り雑言を浴びせかける。しかしトマスは何も言わずにただジッと向かうべき道の先を見据えている。
その様子を見てようやくジェルデは動き出した。そこまでお膳立てされなければ動くことのできなかった自分を、ジェルデはとても恥ずかしいと思っていた。
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