思い至る勇者
男の言葉はあからさまに悪意を孕んでいた。オレを脅すか殺すかして、ラスキャブを奪いたいという魂胆を隠してすらいない。
オレは警戒から警告へと意識を変えた。
「お前の考えている事は分かる。手を引いて、見た事聞いた事を全て忘れるっていうのなら命だけは助けてやる」
そういうと男はいやらしく笑って返してきた。
「そりゃこっちの台詞だ。そこのクローグレの毛皮を付けた魔族と、ついでに青黒い髪の魔族を置いていけば命だけは助けてやる」
杖を構えると、虚ろな目をした魔族が攻撃態勢となった。様子がおかしいと思っていたが、魔法で強制的に操られているらしい。
操られているのであろう魔族はそのままにオレを襲いに来る。ほんの一瞬気の毒にも思ったが、こうなっては仕方がない。
向かってくる魔族は、今のオレよりもはるかに上のパワーがあることは一目瞭然。スピードも十二分だった。
だが操作されている反動か思考がないのも丸わかりだ。これなら物が飛んできているのと何も変わらない。体崩しはお手本のように決まり、簡単に宙へと浮かんだ。あとは抵抗のなくなった体を掴んでルージュに目掛けて投げてしまえばいい。案の定、オレの意図を察したルージュの恐ろしい程の切れ味で真っ二つになってしまった。
その様子にビーロスの男は元より、ルージュの傍にいたせいで間近に目撃してしまったラスキャブまでもが竦み上がっていた。
「そ、そんな馬鹿なっ!? クローグレを簡単に捻り潰せる奴を借りてきたんだぞ!?」
ルージュは冷たい目をしたまま一瞬で男との距離を詰めた。
男は悲鳴を上げる間もなく、その場に倒れた。
「・・・殺したのか?」
「いや。あちらともかく、この男を殺すのは主が躊躇うと思ってな。意識を奪っただけだ」
「そうか」
流石だな。オレの斬りたいものをよく解ってくれている。
「それでどうする? 殺すのに気が引けるなら記憶を奪っておくか?」
「そんなこともできるのか?」
「ああ」
オレは驚きの念を息を一つ漏らすことで表現した。
ルージュの持っている能力の底が見えない。剣の化身だというのだから何かを斬ったり破壊したりという事が得意なのは説明が付く。規格外れの魔力もまだ納得がいく。
けれども記憶を奪うタイプの魔法、精神感応系の魔法までもその範疇にあるとなるとルージュのポテンシャルは計り知れない。
町に入って落ち着けたなら、ラスキャブも含めてこの二人の能力を把握しておく方がいいだろう。全盛の力は封じられ、仮にそれが元に戻ったとしても剣術と単純な攻撃魔法しか使えないオレよりも戦術の幅を広げるのに貢献してくれるはずだ。
その考えに至ったことで、オレの戦力不足を思い知った。まずオレ自身がもう一度強くなる方法を考えなければならない。
そう思いを巡らせているうちに、ルージュの術は終わったようだった。
オレ達は再び町を目指して歩き始めた。頭の中にはかつてこの道を歩いて通った時の記憶が蘇っていた。
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