尋ねる勇者
ザートレ達が引き起こした戦いの喧騒は、流石に隣の牢屋にも響いてきていた。何かが起こっているはずなのに、何が起こっているのか分からない囚人たちは得も言われぬ不安に襲われて誰しもが瞬きすら忘れて、唯一の扉を穴を開けんばかりに見つめている。
それはトマスとジェルダとて例外ではなかった。
轟音から始まった騒音と悲鳴は三分も経たぬうちに静けさを取り戻す。それもまた真綿で首を絞めるように皆の不安と恐れを呷っていた。
やがて、重々しく探りを入れる様なスピードで扉が開いた。囚人たちは皆が一様に、自分たちの視線の圧力が扉を押したのではないかという馬鹿げた錯覚を覚えてしまった。
扉がようやく一人が通れる程度に開く。そこからは誰一人として身に覚えのない、男女の魔族が二人入ってきた。
その二人の正体は知らぬが、歩き方を見ただけでトマスとデルジェだけはかなり使い手であることを見抜いた。同時に、少なくも今の段階で自分たちに対して悪意を抱いてはいないことに一安心した。
「『囲む大地の者』の牢屋か…やはり血の匂いを信じて正解だったな」
「我らは貴様らを助けに来た。リーダーに会いたい」
凛とした声に皆は思わず、自分らにとってのリーダーのいる牢を見た。男女はそれだけで全てを悟り、トマスとデルジェの捕らえられている牢獄の前に来ると、流石に一瞬驚きの表情を見せた。
「魔族…?」
「なぜここに魔族が?」
尤もらしい疑問だったが、それはトマス達の台詞でもある。
「貴様がこの者達を率いているのか?」
「正確にはこちらのジェルデが彼らのリーダーだ…私は彼を唆しただけさ、私と一緒に魔王と戦ってくれとね」
「ほう…」
二人は明らかに目の色を変えた。そして男が指示をすると女は手に魔法のブレードを生み出して、いとも容易く鉄格子を切断して中へと入ってきた。
「オレ達も訳あって魔王と一戦交える為に動いている。もし協力してくれるというのなら、お互いの事情を確かめたい。どうだろうか?」
トマスとジェルデは互いに顔を見合わせた。この人が、こんなことを言ってはくれないだろうかと思った妄想が実現したように、妙な心持になってしまった。例え罠だったとしてもこの状況を打開できる布石になるのなら、どんなことでも構わない。二人の答えは決まっていた。
「願ってもない。協力させてくれ」
それの解答と言わんばかりに、女の魔族のブレードは華麗にトマス達を拘束していた鎖を断ち切った。それと同時に、二人は今まで感じていた傷の痛みや焦燥や絶望と言ったものまで全て脱ぎ捨ててしまったような感覚になった。
「ただその前に問いたい。我らはルーノズアの住民の解放も視野に入れている。しかしやみくもに助け出しても統率は取れないから、彼を導けるだけの信頼を持つ者を探していた。貴様らはそれに足る者か? さもなくばそれに足る人物を教えてもらいたい」
その弁にトマスは思わず鼻で笑ってしまった。
「ならば心配は無用ですよ。このジェルデが一声上げれば、ここにいる囚人だけでなく、ルーノズアの街そのものが従うでしょう」
「ほう」
トマスの言葉を受けて二人は振り返って、未だ牢に捕らえられているルーノズアの戦士たちを見た。トマスの言葉に嘘がないことは、彼らの表情が力強く答えてくれていた。




