振り返る勇者
「いよいよだな」
地獄で感性を磨いた職工が作ったようなおどろおどろしい扉の前で、オレは皆の顔を見た。
オレの言葉に四人が頷いてくれる。
「最後にきちんと回復しておくね」
そう言ったのは、このパーティで治癒術を担当してくれているレコットだ。途端に五人が白と緑が合わさったかのような淡い光で包まれる。それが治まると残るのは湯浴みをした後のような爽快感だった。
ふうっと、レコットが息を漏らす。この魔王討伐の旅路はレコットのような華奢な体つきの女には、想像を絶するような苦痛だったことだろう。それでも弱音の一つも吐かずにここまで辿り着いた彼女を、オレは心の底から尊敬する。
「・・・勝てるかな」
ふと、そんな弱音が聞こえた。
「勝てるに決まってるさ」
そして、すぐさまにそんな弱音を掻き消す力強い言葉が飛ぶ。
幾度も見てきた、フェトネックとシュローナのやり取りももうすぐ見納めになるだろう。
弓使いとしてパーティの殿を務めていてくれたフェトネックは、職業柄かかなり用心深い。始めの頃はその心配性に苛立ちもしたが、彼女のお陰で事前に対処できたトラブルは数えきれない。翼を持つ特殊な一族の出ということもあり、空を制することの心強さと、空を制されることの恐ろしさの二つを教えられた。
そして、そのフェトネックの隣で豪快に笑うシュローナ。
女だてらに、シュローナの持つ男顔負けの肉体能力と戦闘のセンスは、オレ達の闘いの要だった。向こう見ずで無鉄砲な性格だったが、彼女の竹を割ったような性格のお陰で、立ち止まったり躓いたりしてもここまでやってこれたのだと思う。
その内にレコットまで加わり、いつの間にか談笑し合っている。
「決戦前だというのに、全く仕様がない奴等だ」
オレが頭に思っていたのと同じ言葉を、バトンが代弁してくれた。その言葉にオレとバトンは笑いあったのだから、人の事は言えない。
バトンは魔術師としてパーティを支えてくれた、オレが最も信頼している男だ。彼の知識は魔法のみならず、地理、歴史、文化、宗教に経済から流行の菓子に至るまで幅広く、あらゆる困難を解決する糸口を見つけてくれた。
かつてのオレは、勉学など文字が読めて買い物の時に勘定ができればそれで十分と思っており、魔術に頼り自分を鍛えようとしないバトンとは馬が合わなかった。
けれどもそれは大きな誤解だった。
今となっては彼以上に、甘やかさずに自身を鍛え上げ、昇華することに貪欲な者をオレは知らない。
オレは門を背にして、ここから始まりの町を思い浮かべる。
ここまでの道程。
ここまで積み重ねた経験。
ここまで出会った人達。
そんな感傷的なことが頭にフラッシュバックする。
尤も、目に入る光景は先ほど倒した魔物たちが死屍累々となっているので、気分のいいものじゃない。
もう一度、オレは全員の顔を見渡した。
このパーティなら、どんな敵が相手でも勝てる。
この魔王の城までの旅は、自身を確信に変えるには十分すぎる程だった。
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