強がる造反者
その頬のこけた魔族の男は気管支が弱い者がする乾いた咳を一、二度しながらも、他の牢には目もくれずに最奥の牢屋へと歩みを進めた。歩くたびに閉じ込められている者たちから視線と殺気を集めたが、まるで気にしてはいない。
「具合は良くなったかな、トマス」
男は顔には似つかないような優しい口調で、中にいる女の魔族に声をかけた。この部屋に入って来た時から、眼にはこの女の魔族しか目に入っていなかったことは誰の目にも明らかだ。
「…タークラプ」
トマスと呼ばれた女はその身に受けているダメージをまるで感じさせない様な気迫と鋭い声音で返事をする。その様子にタークラプは不気味に口角を上げた。
ずっと同じ態勢でいたのが辛かったのか、トマスは鎖で雁字搦めの身体をよじって少しだけ動いた。今まで影に覆われて見えなかった彼女の全貌が薄暗いランプの明かりに照らされる。
何本も細く編み込まれたドレッドヘアーを更にポニーテールの要領で一つにくくっている。一枚だけ乱暴にかけられたけのボロ布の所々から覗かせている肢体には十分な筋肉が付いていて、それだけで彼女が手練れであることを語っていた。
血まみれになりがらも悲壮感はまるで感じられなかった。
「良かった。元気そうだね、しおらしいお前を見てみたい気もなくはないけど、やはり毅然とした態度の方が似合ってる。すまないね、いくら手狭とは言えこんなところにこんな『囲む大地の者』と一緒に閉じ込めてしまって」
「何をしに来たの?」
「もちろん、お前に会いに、だ」
「止してよ。ここにいるジェルデに誤解されたらどうするの?」
トマスはそんな皮肉を言った。しかしタークラプの動揺を誘うほどにもなっていない。むしろ彼の加虐心を増長させる。
同じ牢に閉じ込められ、今しがたジェルデと呼ばれたニアリィ族の男はその巨体に違わぬ威風堂々たるオーラを放ちながらも沈黙を守っていた。その上瞑想に耽っているかのように微動だにしないので、表情からは何も読み取れない。ただただ黙する口唇から飛び出した蛇の牙が鈍く光っていた。
他の牢にぎゅうぎゅうに閉じ込められた連中は、そんな最奥の牢のやり取りを固唾を飲んで見守ると同時に、奇異なる目をトマスへと向けていた。
トマスがここに捕らえられている理由は自分たちと同じく魔王軍に対して抵抗の色を示したからに他ならない。が、何故魔族である彼女が自分たちに同調し、反旗を翻してまで共闘してくれるのか…。
彼らは未だにトマスの真意を測りかねているのだった。
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