かすめ取る勇者
俺たちは今までの隊列に戻ると、大広間の境の壁を左に据えて再び歩き始めた。策を練ろうにも、強行手段を取ろうにも地理を把握しておかなければ話にならない。
そうしていると、一番先頭を行くルージュの足がふと止まった。
見ればこの通路に降りてきてから初めての分かれ道となっていた。まっすぐ進めば更に下へ降りる階段、右に曲がればまたしても長い廊下。
(主よ、どちらに進む?)
アーコに見せられた部屋の様子を考えると、通気孔の位置からいってあの作業場の入り口はここよりも下の階層にあるはず。素直に下へ降りる階段を通るのは何らおかしいことではない。何かしらのアドバンテージを持っていれば二手に別れる選択もあるだろうが、未知数な不確定要素が多いこの状況ではそれも選べない。
先ほどは匂いがあるなどとこれ見よがしな事を言っておきながら、足を止める自分を思うと自虐的な笑みが自然と出てきた。それでも理屈をこねるのならば、下に降りる方がまだこの先の展開を想像することができる。
右の道はその予想すら許さない。残るのは不安ばかりだし、この不安は歩を進める上でかなりの負い目になる。
下に降りよう。
そう命じようと頭に過ぎらせつつ、俺はふと右に伸びる廊下へと目をやった。廊下を微かに照らすランプが揺らめくのを見ているとその時、俺の顔を掠める僅かな、本当に僅かな空気の流れがあった。
そしてその空気に混じっているものにも、当然気が付いた。
…匂いか。
さっきの思わず零れ落ちた根拠のない言葉を反芻する。顔を撫でた空気には若干の鉄臭さと血の香が混じっている。これは怪我や拷問で流れた血の香りじゃない。戦いの中で負った傷から漏れている。
俺は生まれながらに血の匂いを嗅ぐだけで、どういう状況で流れた血なのかが感覚的に分かる能力がある。メカニズムは未だに分からないし、前のパーティで打ち明けた時も散々にからかわれた事だが、他ならぬ俺自身が信頼を置いている特異体質だ。
この廊下の奥には、こんな場所であって戦いによる負傷者がいる…。
敵兵であれば追い打ちをかけて戦力を削ぎ、傷病者の回復施設を牛耳ったついでに情報収集ができる。仮に街の誰かだとすれば、こんな状況下で魔族側に戦いを挑んだかも知れない誰かがいる。その誰かは俺が求めているリーダーたる器の傑物かも知れない。
(右に行こう。風に乗って血の匂いがした。敵か味方かは分からないが、この先に負傷者がいる。何か情報を得られるかもしれない)
そうテレパシーを飛ばすと、全員が無言のまま力強く頷いてくれた。




