根拠なき勇者
(どうだった?)
ひとまず無事に戻ってきたアーコを見た俺は安堵と共にそんな言葉を念じてみた。
(ま、一通りな)
片方の口角だけをニッと釣り上げて、俺の額にそっと触れてきた。他の全員が何も言わず、すぐに俺の体や腕に手を触れて意識を集中する。目を閉じると脳裏にはアーコの偵察してきた記憶がまるで自分のそれのように広がった。
その記憶を垣間見るなかで、俺は上手く名状しがたい感情が芽生えていることに気がついた。無理にでも言語化するのならば「他人の怒りに触れた」、とでも言えばいいのだろうか。
疲弊、狼狽、消沈、困憊、絶望。
隣の大広間で強制労働を強いられている住民の瞳は、そんな感情で曇りきっている。けれどもその奥に、僅かだけ燻っている怒りの温度に俺は確かに触れた。
勘違いだの何だのと馬鹿にされても仕方のない感覚ではあるかもしれないが、俺に取ってみれば確実な手応えのある気配なのだ。
彼らは怒っている。
自分の置かれている状況に。
自らを奴隷扱いする魔族に。
平穏を突如としてうち壊した仇敵に。
事と次第によってはトスクルの見立て通り、彼らの解放は俺達にとって大きなプラスになるかもしれない。
やがてアーコの魔法が終わると、そこには俺の気持ちと考えが伝播して熱意のこもった顔を向ける五人がいた。物言わずとも、全員が大局を為すために同じ方角を見ているのが分かる。
(それで、具体的にはどうする?)
(まずはリーダーを探そう)
(リーダー? 向こうにいるのはどっかのパーティーとかじゃなくて基本的に町人だぜ?)
(だからこそ、赤の他人の俺たちが造反を持ちかけたところで梨の礫になる可能性が高い。戦いの経験が浅い連中を煽動するには、俺達に信頼が無さすぎる。あいつらが、この人が言うなら従ってみようと思わせる人物の力を借りでもしないと中途半端な混乱を産み出すくらいが関の山だ)
(けど、そのような方が都合よくいるのでしょうか?)
トスクルが尤もなことを問う。すると、俺は念じるのではなくて僅かながらに声を出して返事をしていた。
「いるはずだ」
そう。いるはずなんだ、彼らが望んでいる誰かが。
(・・・根拠はあるのですか?)
(ある、と言えば嘘だ。強いて言うなら俺の戦士としての勘だな。何となくアーコの見せてくれた奴等の顔からは匂いがしたんだ)
(匂い?)
俺の意味深な発言に首を傾げたのはトスクルだけじゃない。けれどもそれの意味を説明することはできない。他ならぬ俺自身もどういうことなのか自分でわからないのだから。
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