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郷愁する勇者


 そう言ってオレが部屋を出て行こうとすると、アーコとトスクルが意外そうな顔をした。そしてそれをテレパシーで飛ばしてきた。


『おい、始末しとかなくていいのか?』


『ああ。その必要はない。この人はオレ達が出て行った後、勝手に死ぬつもりだ』


『あん?』


『目を見れば分かる。もう生きることすら諦めた目だろ? オレ達のしたことがきっかけになったのかまでは分からないがな』


 オレとアーコの念話は皆にも当然伝わった。それからは誰も疑問を投げかけることはなく、ぞろぞろと部屋を後にした。


 新たな情報の収穫はなかったが、町民や旅人たちが何処かに連れ去れているという大方の予想が確信に変わっただけでも進捗と捉えるべきだろう。尚更攫われたルージュを追いかける正当性が生まれる。あわよくばルージュを助け出し、囚われの群衆を救い出した後、混乱を生じさせることができればいいのだが…。


 扉が閉まる寸前、老人はもう一度だけ口を開いた。


「あの三人組が魔王とその一味と言ったな?」


 もう一度中に入るのは憚られたので、オレは扉の隙間から返事を返す。


「ああ。その通りだ」


「ならついでに教えておく。奴らはもうこの街には居ないはずだ。少なくとも男は別の街に向かったと言っていた。あいつらの会話が信用できればの話だがな」


「…そうか。その情報が一番助かる、オレ達も今すぐ奴と戦うつもりはない」


 すると老人は今まで聞いた中で一番凛として、どこまでも響きそうな鋭い声で一言呟いた。


「剣が握れないなら槌を握りな」


「!」


 聞いたオレは驚き、身体が固まった。


 今、言われた言葉はオレの生まれ育った地方に住むフォルポス族が使う言い回しだった。戦士とし生きる道を選んだフォルポス族は、当然、命を落としたり戦闘不能になるリスクが付いて周る。けれどもオレ達は剣を捨てて槌を持ち、武器や鉄工で食っていくことだってできる。闘えないと悲観しているよりも、できることを探せという教えなのだが、いつしかそれは、【何があっても必ず生きて帰ってこい】という意味として使われる言葉となった。


 この言い回しを知っているという事は…この人は少なくとも、オレと同郷という事になる…その上、オレ達が何らかの理由で飛んでしまった八十年という歳月を思えば、同輩の可能性だってあり得ることだ。


 つい、口から出そうになった言葉を飲み込む。何を言おうとしたのか自分でもよく分からないが、余計な情を生むだけだ。黙って立ち去るのが、お互いにとって一番いい。


 ◇


 そう強い確信を以って、ザートレは扉を閉めた。ルージュを追うために踵を返していく一団の足音が遠ざかると、彼の予想通りの事が起こった。


 老人は自分の眼と同じくらい冷たく光る短刀を取り出すと、一思いにそれを喉に突き刺したのだった。

読んで頂きありがとうございます。


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