忍ぶ勇者
宿は静かだった。うすうす感じてはいたが、宿泊客はオレ達の他にはいないようだ。普通ならば『囲む大地の者』を謀る為に備えたような場所なのだから、オレ達以外の客がいなくとも大きな違和感を感じないのかも知れない。が、亭主の部屋に近づくにつれ、何となく出来過ぎているような、杞憂であってほしい心配も生まれていた。
全員が暗殺者のような動きで、音もなく移動する。オレ自身も人知れずに狼の姿になっていた。爪を立てなければ、肉球が付いている分、物静かに歩くことができる。気配を消すことに関しては、やはり原初的な動物に近い方が卒なくこなせる。
やがて亭主の控えている部屋の前にまで辿り着くと、集中して中の気配を探った。本人かどうかまでは分からないが、中に誰かがいる事は間違いない。
『入るぞ』
再び魔族の姿になったオレは、念話と目配せとで四人に合図を送った。ところがドアノブに手を掛けようとしたところで、扉の方が先に開いた。オレは全員の身が強張ったのを感じ取った。
通常なら抜かずとも柄に手を掛けるべき状況であるはずなのに、オレはそれをしなかった。扉の向こうからは敵意や殺気は一切漂ってはこない。代わりに異質なオーラを放っているのは、枯れ木のような生気の尽き果てた気配だけだ。
「どうぞ…」
その声を聞いてようやく、扉を開けたのがこの宿の亭主である老年のフォルポス族だと気が付いた。姿が目に入っても尚、気が付かない程に希薄な存在感だった。
そして促されるままにオレは部屋の中に入った。
罠、という可能性も十二分にあったはずなのだが、この雰囲気を放つ男の罠というのなら一体どんなものなのかという興味も湧いた。だから警戒心を剥き出しにしていた四人を尻目に、オレは堂々と部屋の中に入る。すると四人も恐る恐るオレについてきた。
部屋の中は質素という言葉が贅沢に思える様な狭く、簡素なものだった。
ランプの明かりに照らされている椅子と机とベットが亭主と似た様な希薄な存在感を醸し出している。
「ここに来たということは、この街の真相に気が付いたか、さもなくば確証が欲しくて情報を集めきたってところだろう?」
「ああ。それとあなたを始末しなければなりません。既にナハメウとかいう男は片付けさせてもらった」
「だろうな」
老年のフォルポス族は、まるで気に留めるでもなくそう呟いた。
「疑いは晴れないだろうし大した事は知らないがが、知っている事は話してやろう。命も欲しいというのなら一緒に持って行け」
「…」
そして、宣言通りこの街と自身に起こった事情をオレ達に語り始めたのだった。
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