自虐する勇者
「…そりゃまあ、いるだろうな」
オレは無意識にそんな事を呟いていた。トスクルの話の時点で何となくの予想はできていた。尤も、これはナハメウの記憶だ。いつのものであるかも分からないし、今も尚この街に居続けているという保証もない。こいつの記憶がなかったとしても魔王やレコットがいるかも知れない前提で動くのは変わらない。
そんな事を考えていると、アーコが言った。
「待ちなよ。一番の驚くポイントはここじゃない」
「どういう事だ?」
オレの問いかけに返事はなかった。代わりにアーコは魔力を集中させて、記憶の続きをオレ達に送ってきたのだ。
それは、明らかにナハメウが偶然見てしまったのであろう記憶だった。
どこかの廊下が見える。石を積まれただけの通路は灯りが乏しく、無機質な冷たさを放っている印象を持つ。ナハメウはその廊下を誰かのための食事を持ちながら歩いていた。行く先には橙の光に微かに照らされるだけの木製の扉がある。その扉の脇にある小さな窓口に手に持ったトレーを置きに行くらしかった。
トレーを無事に置いたナハメウは来た道を戻ろうと踵を返そうとした。その時、普段なら絶対に閉まっているはずの扉が、少しだけ開いている事に気が付いたのだ。ナハメウは理性が働くよりも先に、その隙間から部屋の様子を伺っていた。
僅かの隙間から垣間見た光景。
それは、名も知らぬフォルポス族の男性が、ソリダリティの手によって魔族の子供へと変じられている場面であった。
その光景を見せられたところで、アーコの魔法は終わった。後には静寂を破るに破れないオレ達の姿が残るばかりだ。
◇
『ど、どういう事でしょうか?』
最初に頭の中に響いたのはラスキャブの声だった。たどたどしいのに、妙に安心感のある声音だと今更ながらにそんな感想を持った。
『どうもこうも、見たままではないですか? この街の人達は『囲む大地の者』を連れ去って魔族にしている…あれだけだと攫った全員をそうしているのかどうかまでは分かりませんが』
『え? 何のために? というかそもそもどうやって?』
全員の頭に過ぎっていたもやもやとした内容を、ラスキャブ達がそれぞれ言葉にしてくれた。三者三様に焦ったり、分析したり、うんうんと唸って何かを考えたりしている様を見ていると、オレは妙に落ち着き頭が冴えていくのが分かった。
『…どうやって、という疑問は別に問題じゃない。現にここにだって魔族の姿に変えられたフォルポス族はいるんだからな』
オレは自嘲気味にそう言った。そんな事が言える余裕が生まれていたのだ。
『だから、ピオンスコの指摘通り、一番の疑問は何のためにそんな事をしているのか…それが気掛かりだ』
『しかし、主よ。それは今ここで考えても仕方のないことではないか? すでに石は転がり始めている。連れ去られた『囲む大地の者』の救助の他に、その答えを探るという目的が増えただけの事だ。どの道、奴らの懐に飛び込まなければならないという状況は変わらない』
『ああ。全く以ってその通りだ。今は余計な心配に気を使うよりも、これから攫われるであろうルージュの捜索に余念がないようにした方が建設的だからな』
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