焦る勇者
夏バテ
◇
それから次の日の日の出までの間、オレはルージュの好意に甘えて存分に身体を休めることができた。
「眼が覚めたのか、主よ」
「ああ、情けないが何年かぶりに夢を見るくらい、深く眠ってしまったよ。お前がいたから気が緩んだのかもな」
「それは嬉しい限りだ」
尤も久しぶりに見たはずの夢は、起きてみると朝焼けに焦がされるかのように記憶から消えていってしまっていた。何年も周囲を気にして浅い眠りを繰り返しているうちに夢の見方も覚え方も忘れてしまったのかもしれない。
ふと荷台を見れば、薄い布にくるまってラスキャブとピオンスコがぷうぷうと寝息を立ている。無邪気で微笑ましいとも思える光景だったが、その横には散々に呑み耽って酔いつぶれたアーコが大口を開け、寝惚けながら腹をぼりぼりと掻いているのだから始末が悪い。
オレは寝ているうちに固まった身体をほぐそうと、荷台の縁を乗り越えると自分の足で歩き始めた。馬車の速度は小走りになるくらいのものだったので、寝起きの運動には丁度良く感じる。
それから四半時進んだころだろうか、ルージュがオレに顔を向けずに声だけを飛ばしてきた。
「そろそろ全員を起こして、朝食にでもするか?」
「そうだな…ん?」
「どうかしたか?」
オレが向いている方角は草原が広がり、その奥には森の端と夜が朝に変わる色をした空が見えた。そこには空と同じ色に染まった雲が浮かんでいるのだが、その一つだけが変に早く流れていく。しかも色鮮やかな雲の中にあって、それだけが妙に黒々としている。
「なんだ、あの雲は?」
「雲?」
オレの指摘にルージュも顔を向けて、洞察した。その時、とても大きな雨粒のようなものが落ちてきて荷馬車に当たり、鈍い音が耳に届いた。
その音に反応して荷馬車に目をやる。その瞬間、オレはギョッと目を剥いてしまった。
「・・・イナゴだ」
「何だと!?」
荷馬車には若草色の小さなイナゴが真っすぐとオレを見据えるように居座っていた。途端に悪寒が背筋を走り、オレはあの奇妙な雲に視線を戻す。そしてその直感の通り、雲に見えたそれは夥しく蠢くイナゴの大群であると気が付いた。
「貴様ら、目を覚ませ! 敵襲だ!!」
オレよりも一瞬早くルージュが激を飛ばし、寝ている三人を叩き起こした。
跳ね起きたラスキャブとピオンスコを確認すると、ルージュに剣に戻るように言った。すぐさま剣に戻ったルージュをしっかりと握りしめると、オレは刀身に魔力を込めながら荷馬車から離れて少しでも遠くでイナゴの大群を相手取る算段を立てた。
助走の勢いを殺さぬまま、オレは剣を振るう。
「『冠の夏』っ!」
いつか、ドリックスで試し撃ちした技を遠慮なく放つ。この技は威力もさることながら、扇状に魔力を放射できるので誂えたかのように最適解となった。けれども、所詮は第一波を凌いだに過ぎない。草原の奥からは今の一団が可愛く見える程の大群が押し寄せてきている。しかも明らかに統率された様な動きを見せている。恐らくだが、トスクルという魔族の仕業なのだろう。
そう判断した時、蠢くイナゴたちの背後の森に、数人の人影を見た気がした。何せイナゴの数が多いせいで断定はできないが、魔法や術で操っているのらそう遠くないところに潜んでいる可能性は高い。
オレはこちらに加勢しようとしている三人を見て、それを制止した。
「来るな!」
怒号にも似た声の響きに、ラスキャブとピオンスコは竦むように足を止めた。アーコはともかく、あの二人の特技や能力は少人数を相手にする時に光るものだ。有象無象に迫る敵や、体躯の小さな相手には活かしづらい上に、敵はその両方を兼ね揃えている。
「それよりも向こうの森へ行け! 恐らくだがトスクルって奴がイナゴを操っているはずだ」
「! わかった」
「気を付けろ。人影は少なくとも4,5人はあった。ある程度に注意を逸らしたら、オレ達も後を追う。アーコ、頼んだぞ」
「任せておきな!」
アーコが先頭に立ち、三人は大きく迂回をして森を目指した。
オレは囮になるべく、更にイナゴの群れに立ち向かうと再び『冠の夏』を打ち込んだのだった。
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