飲み込む勇者
ルージュの思い出話。
それはルージュが魔族の形を取る前の話。つまりは、かつてあの魔王に剣として振るわれていた頃の話だった。
遠すぎる過去なのでルージュ自身も全容はぼやけて、断片的な記憶しか残っていないと前置きをしてきた。あの城はかつてはもっと活気があり、一つの国として栄えていた時代があったのだという。荒廃しおどろおどろしさしか知らぬオレにはにわかには信じがたかった。
その時、魔王は数人の仲間や沢山の兵士と共に食卓を囲み、饗宴に興じていたという。何故それ程の祝賀会が催されたかまでは分からないが、相当なご馳走と酒が用意された祝いの場だったそうな。
すると酔い潰れて意識を失った誰かがテーブルに倒れ込み、その時の衝撃で卓上にあった酒の杯がルージュにかかってしまった。化身を生み出すほどの力は備わっていなかったにせよ、それに準ずるほどの魔力を得ていたルージュは本能的に酒から魔力を吸い取ってしまう。そしてそのついでに酒精までも取り込んでしまっただという。
途端に酔っ払うと魔力を自分で制御できなくなり、部屋にいた者たちを悉く吹き飛ばすほどの波動を放つようになってしまった。若い頃の魔王は機転を利かし、ルージュを握ると窓をぶち破ってそれを振るい、魔力を飛ばして解消し始めた。一振りごとに山一つが吹き飛んでいって、落ち着きを取り戻す頃には城の周囲の地形が変わっていたそうだ。
以来、魔王はルージュがそこから人格と姿を得るまでの期間、酒が出るような場所に出向く際には別の部屋にルージュを置くようになった…というのが、実に面白く差そうな顔をして語ってくれた思い出話だった。
◇
確かに図らずも魔王の話題になったことに、オレも最初は顔をしかめたが、それはそれとして興味深い話であることも確かだった。
当然ながら、オレは魔王についての情報は乏しい。何故あの城に居続けているのか、今まで一人きりで戦っていたのに今になってバトン達を引き入れたのは何故か、かつての栄光がルージュの言う通りなら何が原因であそこまで荒廃してしまったのか。考え出してしまえば疑問はいくらでも湧いてくる。
ただ、ルージュの思惑通り、コイツに酒を飲ませたいという衝動は無くなっていた。『螺旋の大地』でならいざ知らず、普通の街でそんな事態を起こされたら溜まったものじゃない。
オレはふとアーコを見る。きっと悪戯に面白がっている顔でもしているのだろうと決めつけていたが、本人はいつになく真剣でまじめそうな表情で考え込んでいた。
「アーコ、どうした?」
「…いや、今のルージュの話を聞いて物凄い既視感が、な」
「既視感?」
「ああ」
アーコは神妙は面持ちを崩さぬままにルージュに尋ねた。
「お前が酒を被ったのってかなり広い部屋で、床に絨毯が敷いてなかったか?」
「…断言はできないが、広い部屋であったのは確かだな」
「百人規模でいたはずだ。長い机に主要な奴らが座って、兵士たちは立食。全員が真鍮の杯を持っていた。剣に酒がかかった時、酔っぱらいながら平身低頭に謝ってくる奴がいた」
「確かに。誰かが魔王に向かって謝っていた気がする…そう、私に酒をかけた奴だ。剣を汚してしまって申し訳ないと、そんな事を言っていた気がする」
どんどんとルージュとアーコの記憶が符合していくと、それに比例してきな臭さも増してくる。
なぜ『囲む大地』で出会った二人の記憶が一致するんだ?
単純に考えられるのは、その現場にアーコもいたという可能性だろう。
二人とも長い時を過ごす中で大昔の記憶は欠落してしまっている部分も大きい。しかも話はルージュが人格と姿を得て、魔王に投棄されるよりも前の出来事だ。ざっと見積もっても数百年前の事、曖昧になってしまうのも頷ける。
だが、そうなると、今度はアーコの出自の謎が深まる。
魔王に対して明確な恨みだけが残り、記憶のほとんどは風化してしまったといっていた。という事は、あの城で魔王の傍にいた事があったとしても大きな矛盾はないし、むしろそう考えた方が思考としては自然だ。
トンセンコの角の話題から、ずいぶんと大掛かりが謎が生まれてしまった。
オレはすぐに考えるのを止めた。こういう答えの出ない事を考えたり思い悩んだりするのが一番苦手なのだ。疑問は疑問として、いつか答えを出すきっかけが掴めるまで心の奥にしまい込んでおくに限る。そう結論出したオレは串焼き肉と一緒に、全ての疑念を腹の底へと落とし込んだのだった。
※お願い
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
別作品である『妖怪マニアの転生ギルド生活』という作品が昨日を持って第一部完結致しました。続編を書くための原動力として、是非そちらもお読みいただきまして評価、レビュー、ブックマークなど頂けますと幸いです。
当作品共々、よろしくお願い致します。




