仰天する勇者
◇
オレは自分で自分がとんでもない阿呆に思えた。
アーコの話で、メカーヒーとこのカルトーシュに繋がりがあることは誰の目にも明らかだったはずだ。当然、店に顔を出すかも知れないという可能性を考慮すべきだった。
だが、それは今更言い出しても詮無き事。どうにかしてこの場を切り抜けなくてはならない。
そして、そのメカーヒーはノウレッジの問いかけには素直に返事をした。
「いえ、セムヘノに着くまで雇った護衛とそちらの魔族の方の容姿が似ておりましたから…それにしてもよく似ている」
「へえ、それは面白い話ね」
「そうですね。そんなに驚かれるという事は、余程似ているんでしょうか?」
「ええ。失礼ながらお身体の大きさ以外は瓜二つですな」
平静を装っているがオレの心臓は周りに聞こえるのではないかと錯覚するほどに高鳴っている。綱渡りとはまさにこの事だ。だが、会話から察するにメカーヒーは他人の空似程度の認識で収まってくれている。それは幸いだった。
「魔族も数が多いですから、似た顔の者はいるでしょうね。そこまで似ているのなら会ってみたいですけど」
「この子は非道なフォルポス族の支配から逃げおおせてきた、可哀相な身の上なの。今、ここについたばかりで、これからちょっと適性を見るところよ」
ノウレッジがそう告げると、メカーヒーは無言になる。
「どうかしたの?」
「あぁ、いえ。私の知る魔族もフォルポス族に使われておりましたもので、つい」
「…何だか妙な符合ね。あなたの主人だったフォルポス族の女と関わりがあるんじゃないの?」
「フォルポス族の女ですか? ならば、やはり他人の空似ですかな」
「あら、そうなの?」
「ええ。私が護衛を頼んでいたのは男のフォルポス族でしたので」
図らずも、徐々に俺の話題になっていく。狼の身体でなかったら冷や汗が止まらなくなっていたかもしれない。オレは縋るように事なきを得ることを祈っていた。
「なら、あなたの言う通り他人の空似でしょうね。もしもその子が逃げてきたら、話のタネにしてみようかしら」
何とか話題が逸れたまま終わるかに思えた。
ところが。
何を血迷ったのか、他ならぬアーコがその話題をぶり返したばかりか、致命的な事を言い出したのだった。
「そちらのリホウド族の方の護衛についていたフォルポス族の名前は何と言うのですか?」
「え?」
まさか、アーコからそんな事を聞かれるとは思っていなかったメカーヒーは自分に尋ねられているのだと理解するのに少しかかっていた。それもすぐに商人特有の胡散臭い笑顔で塗りつぶされてしまう。
「ザートレさん、という方ですよ。とても腕の立つ方で――」
メカーヒーは最後まで言葉を紡げなかった。
そればかりか、店の客や魔族たち全員が声を失ってしまった。
それほどまでに店内の淫靡で賑やかな雰囲気が悉く一掃され、代わりにどす黒い魔力に上塗りされてしまったのだ。その魔力の発生源は、言うまでもなくノウレッジ、もといフェトネックだった。
奴の立場を思えば、怪しげな符合の先にオレの名前が出てきたとなると当然の反応に思える。
放たれる魔力の波動が魔王のそれと似ている。全員が何が起こっているのかが分からないといった中、メカーヒーだけが直感的に自分の言でフェトネックの逆鱗に触れてしまったことを理解していた。
そしてフェトネックは、魔力を纏ったまま徐にメカーヒーに尋ねる。
「メカーヒー。その護衛についていたというフォルポス族の事を詳しく教えなさい」
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