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淀む剣

明日から新章に入ります

「ぐぅ」


 と、私は言葉にならないうめき声を漏らしてしまった。そう言えば主は、アーコから自分の意思で狼に変身できる術を受け取っていたのだった。


 身元がばれる恐れがある、という私の一番のカードが切れなくなってしまった。


 すると私のそんな心情など露ほども感じていないピオンスコが、黄色い声を出して興奮気味に言った。


「えええ!? 何これ、ザートレさんなの?」


「ああ、そうだ。思えば初めて見せたな」


「すっごいモフモフして可愛い」


「なんなら、触ってもいいぞ」


「ホント!?」


 ピオンスコは素直に主の申し出を受け入れて、遠慮なく抱きつき撫でまわし始めた。そればかりか、そわそわして見ていたラスキャブまでも主の傍に引き寄せていた。私はため息をつきながら、その様子を見ていた。自分でも眉間に皺が寄っているのが分かった。


 そうしていると、何を思ったのか主が、


「どうした? ルージュも撫でたいのか?」


 と聞いてきた。


 ・・・これだ。


 狼に姿を変えた主はどういう訳だか性格も変わってしまう。軟派というか軽薄というか、いずれにしてもこの姿の時の主と私は気が合わないので、とても苦手なのだ。もうこうなってしまっては私の説得などは梨の礫となるのがオチだろう。そう思って私は一歩退いた。すれ違いざまにアーコのしたり顔が目に入って、更に気が滅入ってしまった。


 そして私が落ち込めば落ち込むほど、その分アーコに活力が漲って行くようだった。


「よっしゃ。じゃあ、早速乗り込むか?」


「そう急ぐなよ。色々と決めておかにゃならんことがある」


 主は二人に撫でられながら、鋭く言い放った。


「例えば?」


「色々あるが・・・まずはオレ達がカルトーシュとやらを尋ねる理由だな。ルージュたちに声を掛けてきた話を鑑みるに、使役している主人に不満を持って逃げ出したってのを装うのが良さそうだが・・・」


「それは任せろ。不満を抱かせたら俺の右に出る奴はいないぜ」


「ま、この中じゃ一番適役なのは確かだな」


 確かに主の言う通り、私には中々に難しい役どころだ。芝居心があるとも思っていないし、思わぬボロを出す可能性は否定できない。その点アーコの性格であればその辺りは上手く立ち回れるだろう。


 そのアーコは決して褒められた訳ではないのに、何故だか得意気になった。


「だが、アーコは上手く振る舞えるだろうが、裏取りを取られたら流石に誤魔化しきれない。だからカルトーシュとやらに赴く前に、嘘のパーティをでっち上げてアーコを再登録しよう」


「再登録?」


「ああ。明日、適当なギルドの支部に出向き、ギルドへの登録と旅先で捕まえたという名目でアーコを登録するんだ。その時に適当に暴れて、万が一に向こうから探りを入れられたとしても不自然じゃない状況を作っておく」


「念入りなこって」


「相手が未知数である以上、このくらいは最低ラインだろう」


 剣である私が保守的で、主の盾役を買って出たアーコが好戦的なのはどういう事だろうか。主を前線の偵察に行かせる羽目にはなってしまいどうしたものかと思っていたが、準備に余念がないようならまずは安心できる。


「その時、オレも一緒にいた方がいいだろうな」


「そうだな、ひょっこり狼が出てきたんじゃ話がおかしい。狼も旅の途中で捕まえていて、オレが逃げ出す時に利用した、ってのが丸いんじゃないか?」


「だが、それだと誰がアーコと主を連れてギルドに登録に行くのだ?」


「・・・」


 私の発言に主とアーコは元より、ラスキャブとピオンスコまでもが黙り込んでこちらを何とも言えない目つきで見てきた。


「な、なんだ?」


「いや、ルージュ。この流れと能力を考えたらお前以外にやれるやつがいねーだろが」


「・・・それもそうだな」


 主はくつくつと笑いながら告げる。


「ルージュは明日、さっきのようなフォルポス族の女に変身し、オレとアーコを連れて登録に行く。その後、オレ達二人は喧嘩別れを装って離脱してカルトーシュに行く」


「アタシ達は?」


「ラスキャブとピオンスコは始めの内は、待機していてくれ。オレ達と別れたルージュと合流したら、万が一に備えてカルトーシュ近くで張っていてもらいたい。できれば飯屋なんかがあると都合がいいんだがな」


 これは最悪、行き当たりばあったりになるかも知れん。と、主は結んだ。


 それに引き続いて、細かな計画を練ろうとするとアーコが一つ提案してきた。


「なあ、名前はどうする?」


「名前?」


「ああ。本名で呼び合うのはまずいだろ? 俺はともかくザートレは。いくら狼になってるって言ってもさ」


「・・・確かにな。ルージュは登録の時に偽名が使えないから致し方ないにしても、オレとアーコは呼び方を決めて今からでも慣れておいた方がいいか」


 するとアーコは嬉々として言った。


「何でもいいなら、オレは決めてるぜ」


「へえ。なんて?」


「『トリック』で頼む」


 なるほど。悪戯(トリック)、か。アーコらしいと言えばその通りの名だ。些か直接的かとも思ったが。


「トリック、か。いいな・・・なら俺も決まった」


「どうするんだ?」


「ズィアル。そう呼んでくれ」


 つまりは・・・激情(ズィアル)。こちらも主を一言で表した様な、そんな名前だった。


 それからは五人がそれぞれの意見を持ち寄りながら、明日からの計画を周到に準備し始めた。如何せん、カルトーシュとやらの詳しい場所や立地などが不明だったので、穴の大きい作戦であったが、完全な行き当たりよりかは安心感がある。


 やがて食事もそこそこに私とアーコ以外は明日に備えて眠りについたのだった。


読んでいただきありがとうございます。


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