報告する剣
少し私生活が忙しくなるので、遅れるかも知れません。
私たちが宿屋に辿り着くと、丁度良く宿の正面で戻ってきたアーコと合流した。私がフォルポス族の姿に身を窶しているのを見て、アーコは吹き出して笑い転げてきたので、少し苛立ちを覚えた。部屋に入るまでは表立って変身を解く訳にもいかず、共だって中へ入る。すると、偶然にも階段を登って二階に行こうとする主の後ろ姿が目に留まった。
「お、ザートレ。今戻りか?」
「ん・・・うおっ!?」
と、アーコの声に振り向いた主は私の姿を見て驚いた。とは言っても一度だけだが見せた事のある姿だったのですぐに私だと気が付いたし、魔族だけで出歩くと不都合があったのかと理解もしてくれた。
部屋に入ったら、全員が一先ずくつろいで思い思いに一日の凝りをほぐした。やがて一段落着くと、いよいよ各々が集めてきた情報を共有する運びとなり、早速主が一番に開口した。
「それで? 楽しめたか?」
「はい。ありがとうございます、ザートレさん」
「アタシも凄い面白かったし、美味しかった」
主は子でも見る様な目つきで微笑んだ。
「それは良かったな。お蔭でオレの方も順調に行った。俺が魔王と一戦交えた時の状況が噂話として流れている件だが、やはりセムヘノが発信源らしい。各地を回っている連中に聞いて周ったからかなり信憑性はあるだろう。この先はまだ確認不足だが、どうやら鳥の魔族が言い出した事らしい」
「鳥の魔族だと?」
私は主の口から飛び出した単語を鸚鵡返しに言った。ジワリと、何かの予感めいたものが心中に広がって行く。
「黒い翼を持つ女の魔族だそうだ。一年ほど前辺りから、セムヘノにいついて魔族を『囲む大地の者』に紹介しているらしい。どいつもこいつも胡散臭いだの、同族を売っている様で魔族ながらに気分が悪いだの、散々言っていたよ」
「それはノウレッジという魔族ではないか?」
「! その通りだが・・・心当たりがあるのか?」
偶然の引き合わせか、私は昼間に起こった事を言って聞かせた。
「なるほど。恐らくはそいつで間違いないだろうな」
「主よ、それともう一つ伝えなければならない事がある。取り乱さず、どうか冷静に聞いてほしい」
私はそう予め断った。今までの言動から察するに、主は確実に怒りに染まることだろう。
「一体何を・・・」
「ノウレッジという女を見た時に、ラスキャブの名前が分かるという能力が発動した。その結果、ノウレッジは偽名だという事が分かった」
「偽名だと?」
「ああ。別に本名があったのだ」
私は一つ息を整えてから、ラスキャブが読み取った奴の本当の名を口にする。主が取り乱さない事を祈って。
「ラスキャブの能力は奴の名を『フェトネック』と暴いた」
フェトネック。それはかつて主と魔王討伐を誓い合い、苦楽を共にした仲間の名だ。ササス族の女で弓の名手であるらしい。主の記憶を読み取る限り、パーティの殿を務めあげて持ち前の飛行能力と弓術によって遠距離攻撃の中核を担っていた。また、かなりの臆病な性格かつ心配性な性分らしく、それによって予め危機を回避したり、類稀なる観察眼を駆使してパーティの守りの要として信頼を買っていた人物だった。
数秒の間があった。
一瞬、私の祈りが通じたのかと思ったが、案の定、主は怒りを露わにして立ち上がってしまった。
「どういう事だっ!?」
眼光には鋭い殺気が惜しみなく込められている。だが、それと同時に戸惑いも抱えていた事に気が付く。
「落ち着いてくれ、主よ」
「・・・すまん。アイツの名前に、つい取り乱した」
「ただの偶然で同名だという可能性も残っている。だが、魔王との戦いの仔細を語り広めたのが奴とすれば、無関係とは考えにくい。それよりもだ、仮にそうだとしたならば気掛かりな事はいくつも出てくる」
なぜ、80年の歳月を経て未だに健在なのか。
なぜ、魔王の城を離れ、このセムヘノにいるのか。
なぜ、魔族を『囲む大地の者』へ引き渡す様な事をしているのか。
なぜ、奴は魔族の姿をしているか。
主はそれからは落ち着いて椅子に腰かけて、重々しく考え込んでしまった。私も含め、誰も何も言えずにいた。やがて徐に喋り出した。
「・・・いずれにしても、ルージュの言う通り無関係とは考えにくい。探りを入れるべきだろうな。そいつが言っていた店というのは何と言うんだ?」
「ああ、確か『カルトーシュ』と言っていた」
「はあっ!? カルトーシュ!!?」
私が奴に聞いた店の名を口にすると、今度はそれまで沈黙を守っていたアーコが仰天して大声を出した。
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