出会う勇者
窪地の斜面に横たわっていた体を起こそうとするが、手も足も思うように動かすことが難しい。「うぐっ」と喘ぐような声を漏らして、ようやく上体だけ起き上がる。幸いにも声の主は窪地の底にいたので何とか目視する事だけはできた。
そこには見た事もない魔族の女が一人立っていた。
青くも見える黒髪が、頭の後ろで束ねられ毛の先は腰を越すほど伸びている。両方のこめかみからは髪をかき分け、短くも艶やかな曲線を描いて天を突く角が対称に生えている。そして髪の色よりも更に濃い青黒のドレスのような服の上に、急所を守るよう要所々々を装甲した格好は、剣士のような印象を与えている。
目鼻立ちの整った顔だったが、眼光は排他的な鋭さを放っていた。
一見、清楚な雰囲気も感じ取るが、腰に差した一振りの剣がそれを打ち消す。それはかえって清々しく見える程の禍々しいオーラを纏っていた。
「すぐには体も動くまい。少し前まで死体だったのだからな」
女はオレに淡々とそう告げた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。お前は魔王の城の中にある奈落の淵で殺された・・・覚えているだろう」
オレは首を縦に振って肯定した。それで声を出すのも難しいと察した女が説明してくれた。
「お前は魔王と、魔王に寝返った仲間に追い詰められて殺された・・・しかし、その前に声を聞いていたはずだ。魔王の加虐的な企てだと誤解していたがそれは違う。声の主は他ならぬ、この私だ」
女はつかつかとこちらに歩み寄って来た。
「私はもう数えるのも面倒になる程あの奈落の底にいた。どうしてもお前を私のところまで連れてきたかった・・・だからあの時、あの奈落まで導いたのだ。本当は助けるつもりだったのだが、邪魔をする形になってしまったことは詫びよう。だが結果としては私の望み通り、奈落の底にお前がやってきてくれた。私はすぐにお前の魂からここの記憶を読み取ってこれを使った」
そう言って女は、手の平に乗せた石を見せてきた。それがなんであるのか、すぐに分かった。女の持っている石は『猶予の石』と呼ばれるアーティファクトだ。使用者の戻りたいと願う場所まで身体を転送する効力を持っており、旅と戦いに生きるパーティにとっては緊急時の命綱であり必需品ともいえる代物・・・だが、これはとてつもない魔力を消費して使う。それは移動の距離があればあるほど魔力が必要になり、普通なら最寄りの拠点なり町村まで戻るのが精々のはず。魔王の城からオレの故郷まで戻るなんて、伝説級の魔術師がいたとしても不可能だ。
この女には、それを行うだけの魔力があると言う事か?
一体、何者なんだ?
「私はお前に一つ提案をしたい。だからお前を呼び、安全なところまで運び、命を蘇らせもした。その提案というのは―――それを話す前に、私のことを教えておいた方が、話が早いな」
女はオレの隣に座ると、のぞき込むようにオレの顔をまじまじと見て続ける。
「私の名はルージュ。かつて、あの魔王に振るわれていた魔剣の化身だ」
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