2‐2 魔法使いの友人
「…………え?」
今時、漫画でもお目にかかれない。
星都ソラの発言により、星都家の大黒柱と母親の、両方を担う星都愛良が驚愕の表現としてリビングで右手から箸と、挟んでいた調理済みの豚肉を落とした。
ソラが、「今から友人と会ってくる」と報告を入れた直後のことだった。
「ど、どうする? ホールでケーキ買う?」
「そんなにか? そんなに奇跡体験か? これ言うの二回目だなぁ!!」
「プレートチョコレートに、『友達誕生記念日』とか書く!?」
「そんな悲しいケーキがあってたまるか!!」
「……その友達は……何処の出会い系で、いくらで買ったの?」
「母親にしては冗談がブラック過ぎるだろ! 無料だ無料!!」
「一緒に外を歩く時は、職質に備えて、ちゃんと口裏を合わせて金銭のやり取りがバレないようにしておくんだよ……?」
「ブラックな方向でアドバイスをするなよ!! どんだけ信じないんだよ!!」
ごめんごめん、と愛良は笑う。
床に転がった箸と豚肉を拾い上げ、キッチンのシンクまで行くと、水を出しながら「どんな子なの?」と聞いた。
「母さんと、同種」
その一言で全てを理解したかのように愛良は、「あら、じゃあ良い子ね」と返した。
それは外見においての話だと、愛良自身も理解していた。
星都家を一人で支える母、愛良の髪型はベリーショートでさっぱりと収まっており、芯までが赤色だった。右耳だけにピアスを五つ開け、左耳には空いていない。愛良の拘りらしかった。
「ちなみに、何処行くの?」
「……カラオケ」
再び愛良は箸を落とした。
「わざとやってるだろ!」
「当たり前でしょ。こんな古典的なリアクション」
「箸洗うの面倒でしょうよ」
「息子が成した奇跡にノーリアクションってのも失礼な話だよ」
「辞めて。友達一人できただけで奇跡とか大袈裟にされると恥ずかしい」
「いやいや。母さんはホームパーティーでも開いてあげたいくらいだよ」
「欧米か」
「そして、あんたはやっぱり奇跡だったと実感するんだ」
「……パーティーで?」
「だって……そのパーティーには……誰も……来てくれないのだから……」
「何てサディスティックな母親だ! だが確かにそうだな!!」
「ホント……大切にしなよ」
ソラは下唇を上の歯で噛み隠し、「うん」と、少し頬を赤らめた。
ソラが向かったのは渋谷の中央街だった。
毎日がお祭り騒ぎであると形容されてきた、その街は今日も異常なく、数々の形容に恥じない賑やかさを保っている。異世界化の脅威など、見て取れない。
中央街の奥。交番を中心とした狭い広場があり、その交番の真後ろにカラオケボックスが在る。青を鮮やかに輝かせて、赤い文字で「カラオケの館」と書かれた看板が大きく掲げられている。
同区、渋谷区の住宅街で暮らすソラにとって、中央街などは徒歩で一〇分程度だったが、数少ない友人と待ち合わせという奇跡に居ても立ってもいられず、少し早めに家を出ていた。
到着してみれば、一兎は先に着いていて警官に補導されている風であったが、その様子はどこか誇らしげである。傍に立ち手帳を開く警官から、助け出そうとソラは試みるものの、共に身辺調査と、持ち物検査を受けることとなった。
数日見ない間に、一兎の髪色は金と赤の二色構成のものへと変わっていた。
一兎の容姿故か、所持していた肩掛け鞄の検査を入念に行われ、事なきを得た後、二人は目前のカラオケボックスへ入った。
入ってみればムードある暗がりが二人を迎え、密接感ある狭い室内に恥ずかしくなったソラが、たまらなくなって颯爽と電気を点けた。
「ふふふ。警官の方は今日こそ何か危険物を持ってるに違いないといった勢いだったな」
「……今日はウィッグ被ってないんですね」
「男二人で歩くのだ。相方が魅力的なほうが、星都君だって誇らしいだろう」
「……僕にはその優しさが、他の惑星のもののように思えます」
「な、何ぃ!? 君の為に髪も染め直して来たというのに!!」
金の頭髪に始まって毛先は赤。黒のジャケットをスマートに着こなしているにも関わらず、インナーにはアニメキャラクターの少女が描かれた、いわゆる萌えTを着こんでいる。腰元には銀色のチェーンがじゃらりと垂れさがり黒光りした財布と繋がっているようだった。気合いの入り様が見て取れる。
「何故……インナーが萌えTなのですか……」
「うむ。最近研究していてね」
「何ですかその崇高な研究は」
「男性が萌えTを着ていると、どうしても第一印象でダサいだの、馬鹿にした意味合いでオタクだのと言われるだろう? 俺はそれが悔しい。だからどうにか着こなせないかと研究している最中でね。
今日は、ジャケット、細身のパンツにROCKテイストなアクセサリーと……インナー以外をキメ過ぎくらいにカッチリ着ることで、萌えTを格好良いものに昇華させようというのが狙いだ」
はぁ、と適当に相槌を入れるしかソラにはできなかった。
「気に入ったのであれば、衣装に萌えTを組み込むか?」
「て、丁重にお断り申し上げます」
「ふふふ……そうか、残念だな」
微笑しながら一兎は、鞄からノートとペンを取り出す。ソラを呼び出した際に、デザインの考案を書き記していたノートだった。
「今日は、君がどうして魔法を手に入れたのか、という話を聞きたい」
「……え? ノートを出したのでデザイン関連のことかと思ったのですが……違うのですか?」
違わない、と一兎は答えた。
「星都君。芸術というのはね、自分のエゴを表現すればいいだけではないのだ。他者の需要を感じ取り、その表現方法を予想もできない驚くものにしてやろうという形で発揮させてこそ、人の心を動かすことができる。そのプライドこそがエゴであるべきだ」
ソラは何も言えず、瞬きを繰り返すばかりだった。
「簡単に言えば、君のことを何も知らず、何も考えないままに作った服など、君専用の衣装とは呼べない、相応しくない、という意味合いだ」
熱意の籠った視線を受けたソラから、思わず、「ありがとうございます」と零れ出る。同時に理解したソラは、更に同時に苦悩する。
「……正直、悩みます。僕がどうして魔法を手に入れたのかという話は、いわゆる僕の過去についての話ですよね?」
「あぁ、誤解させているのならすまない。魔法の存在について知りたいわけではない。君が魔法に憧れた理由や、存在しないであろうものの存在を突き止めるに至った執着心、その辺りを聞きたいのだ。つまりは、君の人間性について深く知りたいのだ」
ソラは一考すると、怯えたような弱々しさで言葉を零す。
「……僕の狂気のほどを述べる必要があるんですよね?」
「狂気……? どうして狂気などという言葉が出てくるのだ?」
「……それほどに、魔法を手に入れるのは危険で、危険を顧みなかった狂気性が僕にはあるんです」
一兎は優雅に足を組みながら一考する。
「……ふむ。どうやらその通りのようだ。推測するに魔法を手に入れるのは並大抵の苦労ではなく、それを諦めないだけの狂気とやらが君に備わっていた、ということだろうね。だとすると、それこそが俺の知りたい君についての人間性だ」
「はい……そうなると、どうしてもついでに、魔法を手に入れる方法を説明することになるんです」
なるほど、と一兎は再び一考する。
「……魔法を手にする方法の説明を省いて、君の人間性だけを説明してくれればいいのだが、それは無理な話かい?」
「それは、既に行ってると言えます」
「ふむ?」
「魔法を手にする方法は危険。それでも欲しがった。それが僕の人間性ですって……今言ってもピンと来てないですよね?」
一兎は図星を突かれ、豪快に笑った。
「確かに! その通りだ! その方法の危険度合いを知らなければ、君の言う狂気さもまた、実感が湧かないというわけだな」
「はい……なので、魔法を手にする方法の説明が、どうしても必要になると思うんです」
「……ふむ。一応聞くが、自分について知られることを恥ずかしいと思っているわけではあるまいな?」
あっさりと、「あぁ、それはないです」と儚げにソラは笑う。
「……僕にとって、僕を知ってもらうなんて、むしろ憧れなので」
如何に孤独な時間を過ごしてきたかと思い知らせる、その空気が密室に蔓延する。
咄嗟に失言を自覚したソラが、慌てて「な、なんかすいません」と謝った。
「謝るな星都君。黒歴史を共有してこそ友人だろう」
「……そう……ですね……ありがとうございます」
「うむ。では、こういうのはどうだろう」
「なんでしょう?」
「もしも俺が、君から魔法を手にする方法を聞いて、それを他言したり自分で試すようなことをした場合、俺を政府に通告してもいい」
それは世間で噂され、血眼になって捜索されているであろうソラという魔法使いの存在の、身代わりとして差し出してもいい。という提案だった。魔法使いという存在は、現在では魔王と関りがあると囁かれ、正体が判明すれば一切の自由を失い、共に暮らす母にも危険が及ぶであろうと、ソラは考えていた。
「……確かに、それは重いですね」
「うむ。俺はそれほどに君を知りたい。知っておくべきだと思う」
「……ひ、一つだけお願いしてもいいですか?」
「うむ、なんだ?」
「今から話すことは……本当に……その……なんというか……気色悪い内容なので……」
ソラは下唇を上の歯で隠し、顔全体を赤く染める。
「話を聞き終えた後……やっぱり友達辞める……とかって無しにしてほしいなぁと……」
一兎は、目を点にさせて静かに驚いた。直ぐに嬉々とした表情に転ずると、大声にも喜びを通わせる。
「確約できるよ星都君!! 任せたまえ! 誓約書を通してもいいよ! あぁ判子を持ってないから血判でいいかな!? しまった! 指を切るような刃物を所持していないので、君の魔法陣から例の剣を出してもらえるかな!?」
「ンなことに剣出してたまるか!」
「ふふふ……」と、一兎は不適に笑う。
「な、なんですか……」
「いや、激しいツッコミ時に限り、敬語を辞めてくれるのが嬉しくてね」
「う……」
収まりかけていた赤みが、再び耳までも赤く染め、ソラは視線を下へ外した。
「さぁ、聞かせてくれ給え。過去編ってやつを」
「そんな仰々しいもんじゃないですよ……ドン引きされるような、自分のイカレ具合を露呈する……そんな黒歴史の話です」
「構わないさ。世間様が渇望する魔法使いの正体に迫ろうじゃないか!」
「は、話づれぇ……」
「さぁ! 話し給え!」
「は、はい……えっと……あれは僕が小学生の頃────」
「待った星都君!!」
「は、はい?」
ストップを掛けたと同時に机を叩き、立ち上がった一兎は、楽しみにしていた漫画の続きを見るように瞳を輝かせ、「その前にドリンクバーへ行こう!」と片手の拳を強く握った。
「あー……はい」
プラスチックコップの中の液体を揺らしながら、往復を済ませた二人は固いソファーに腰を据えた。一兎が早速仕切り直し、ソラへ話を促す。
「────サンタクロースって信じます?」
そう始まったソラの言葉の続きを、一兎が開くノートは待ち構えていた。




