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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
池袋編
6/20

1‐5 其の後

 立ち入り禁止の張り紙を推し通ると、網フェンス越しに力強く光る夕日が出迎えた。

 学び舎という場所において、決して相応しいとは言えない容姿の少年が、屋上の片隅で仁王立ちする。

 向かい側でソラが弱々しく対峙し、段々と輝きを弱めていく夕日に心細さを感じていた。


「初めまして。1-C。葉ノ月(はのつき)一兎かずとという者だ」

「は、初めまして……1-Aの星都ほしみや……そら……ですが……」


 呼び出しである。

 高校生活において定番ともいえるイベントを、定番の場所で迎えたソラを恐怖が包んでいた。

 フラグというフラグに警戒心を持って生活してきた筈だ。地雷を踏んだ覚えがない。だというのに。何故こんな定番イベントが訪れてしまうのか。


 高校生活が始まって一ヵ月。ソラは既に昼行燈のポジションを欲しいままにし、可視化できそうなほどの暗い雰囲気を自ら放つことで、クラスメイトを近づけさせず、関りを持たないように心掛けて学生生活をスタートさせていた。しかし、どうやら何処かで地雷を踏んだらしい。

 何を言われるのかわからない恐怖ばかりではなく、人とまともに会話をすることにすら、ソラは手に汗を握り少年と向かい合っていた。


「────先ずは、礼を言わせてくれ!!」

「……え? お礼……って……僕何もしてないと思いますけど……」

「いいや。俺は礼を言わねばならない。何せ命を救われているのだ」


 そこまで聞けばソラも思い当たる。恐らくは、昼間に異世界化された池袋で救ったうちの誰か、ということだろう。しかしリアクションを取るわけにはいかない。

 もしかして……と言いかけたところを、咄嗟に喉奥へ押し込んでいた。


「星都君。命を救ってくれたこと、本当に心から感謝している」


 葉ノ月一兎という少年は、身体を直角に折り曲げ頭を下げると、少なくとも一〇秒以上は動かずにいる。彼の、礼儀正しく真摯な姿勢は、ソラの目には不自然に映っていた。

 それだけ、彼の容姿は異常そのものだった。


 旋毛の芯から毛先までは鮮やかな水色で染まり、それはいわゆるプリン状態にもなっていない。同色のカラーコンタクトを携える瞳の周りを化粧で黒く覆い、肌はファンデーションで凹凸をなくしている。制服は規定のものを改良した様子で、その美意識の高さは手抜きを知らず、上履きの先は黒く塗り直され、ラメを塗してある。耳に空くピアスなどは、既に可愛い域だった。


 一兎が見た目に反し、ギャップを溢れさせ、礼節重んじる振る舞いを見せても、ソラの警戒心は解かれないでいる。

 ────僕の秘密を掴み、強請ろうというのか。

 ────はたまた魔法を使う方法を教えてくれ、と言うのかもしれない。

 明らかに心が込められている深々とした謝罪に対し、失礼とは知りながらもソラはシラを切る。

 そしてシラを切り通せる、とも考えていた。こんな派手な容姿の人を助けていれば、記憶に必ず残る筈。しかし、助けた記憶はない。


「すいませんが……何のことだからさっぱりで……」

「ふむ? そうか……礼と、そしてどうしても頼みたいことがあって呼び立てしたのだが……先ずは話を聞いてもらう為には、説得が必要な様子だな」


 頼み────その発言を聞くと、ソラは一兎の足元へ視線を逃がし、瞳を曇りで覆った。


「あの後、俺は学校へ帰って来ると、先生にお説教を喰らった訳だが」

「……その凄まじい見た目のことで、ですか?」

「ハッハッハ! そこに関しては既に教師陣は注意し疲れて言う気を無くしているのだよ!」

「…………高校生活約一ヵ月……貴方を知りもしなかった自分が恥ずかしいです」


「無論、学校を抜け出していた件について、だ。君と……同じくね」

「…………僕は授業をサボって、PSVitaしてただけですよ」

「ほぅ。君はゲームが好きなのか。気が合いそうだな。だがそれは嘘だ。池袋で俺を含み、多数の人間を救っていた筈だ。

 まぁ勿論ここまで強く言うのには根拠がある。先ず、その学生服ズボンだ」


 ソラの心臓が鼓動を強くした。しかし一瞬で収まった。

 ソラの通う高校、私立渋谷青葉高等学校の制服は上下黒の学ランである。学ラン制服の、そのズボンなど似通っていて、あの地獄と化した池袋で逃げながら、我が高校の制服のズボンであると気づく者はいないだろう。そう思ったからこそズボンを着替える手間を省いたのだから。そう思うと、ソラは落ち着きを取り戻した。


「見分けがつく、筈がない……と思ったのかい?」

「…………ここで、はいとでも言えば、誘導に引っかかったことになりますね。残念ながら、憶えがないので、葉ノ月君が何を言ってるのか見当もつかないですよ」


「はっはっは! 余程知られたくないのだな。まぁ当然か……魔法を使える人間が居るとなれば、様々な悪用方法を思いつく人間で一杯の世の中だ。

 さて、先ずズボンについて説明する前に、これを見てくれ」


 葉ノ月一兎はiphoneに一度触れ、画面を明るくさせる。携帯ごと手渡されたソラが見た画面はSNSページだった。

『ウサギ様@C94参加予定』と自身の名を示す欄の下に、オレンジ色頭髪の男性が、自信溢れるキメ顔を向けて写真内に納まっている。ページをスクロールしていくほどに、多種多様な髪型と衣服を身に纏う画像が、ずらりと並んでいる。


「え……まさか……これ……葉ノ月君……?」

「うむ。元々の名前である、一兎の『兎』という字からあやかって、ウサギ様という名前でコスプレイヤー活動を行っている」


 学校内にて奇抜な髪色、フルメイク、改良済の制服といった堂々たる校則違反の、その根源を垣間見る。


「…………あぁ……それでその……見た目……」

「うむ。俺は小学五年生からコスプレイヤーデビューを果たしている。今では、勿論のこと全ての衣服、及び大掛かりな装飾品でさえ、針に糸を通し、ミシンを踏み、トンカチを取り、作品を作っている。

 完成度はSNSを見てもらった通りだ。自信がある。生地にも拘りが強いのだ。我々が毎日履くズボンの生地を、見間違う筈も無いんだよ。

 そして、まだ見てもらいたいものがある」


 一兎は足元に置いていた鞄に手を入れ、黒色の毛束を取り出した。慣れないソラには人の頭を取り出したのかと思い驚いたが、半分正解のようなものだった。一兎は手慣れた手つきで取り出した毛束を被る。それはウィッグだった。


「あ! ………………あ」


 思わず、だった。

 ソラの記憶の中で、イケミミズクに爪で攫われ、サンシャイニー通りまで追いかけ、ギリギリ救助成功し、感謝の念を叫んでくれていた少年と一致した。

 ソラは慌てて口を塞いだ。


「引っかかったなぁ星都君!! こんな見た目だと、補導、職務質問に時間が取られることが多くてね! 外ではウィッグを被ることもあるのだよ!」


 したり顔の一兎に指差されるソラだが、それでも魔法の存在を公にするわけにはいかないと、とき既に遅い雰囲気に抗い、頑なに否定の意思を通す。


「知りません知りません知りません! 僕は何も知りません!」

「ふむ……リアクションを取った癖に、まだシラを切るのか君は……まぁ……それなら最後の手段だ」


 精神的な冷や汗が胸に流れる。


「…………僕は何も知りませんよ」

「まぁ聞き給え。いいかい? 現在、世界各国は総出を上げて魔王による調査を行っている。既に何万という人間が死に、今まで起きたテロ以上の凶悪さだ。

 しかし、ニュースを見た感じでは、未だ何も掴めていないというのが現状だろう。

 そんな連中からすれば……例え証拠などなくても……もっと言えば、埃のように小さい手がかりでも欲しいというのが本音だろう。

 そこへ魔王に対抗する者が現れた。我々が学校に戻って来た後、どうせニュースで報道されていることだろうし、警察は既に魔法を使った人間の情報を掴み、捜査へ乗り出していることだろう」


 精神的な冷や汗が、胸に滝を作る。


「…………僕じゃないですよ」

「俺みたいな唯の学生に、DNA鑑定や指紋鑑定のような能力はない。今のように君がたまたま授業を抜け出していただけと言っても、掴める証拠はない。

 だが……警察は違う。もしも……魔法を使った人間の履いていたズボンが、我が校の物と似ていると……そして今日学校を抜け出した生徒は、俺と君だけ……そんな情報が警察に入ったならば……例え眉唾物でも、日本政府は全力を挙げて調査に乗り出すだろう。瞬く間に君は尾行される毎日へと──」


 精神的な冷や汗のダムは決壊した。


「ぅぉおおおおい!! すいません僕ですごめんなさい星都です星都ソラでした誠に申し訳御座いませんどうかそれだけはご勘弁をぉおおお!!」

「……ふぅ。ようやく話しが進むな」

「ハァ……ハァ……話って……何ですかね……」

「うむ。星都君。君ね」

「は、はい……」


 ソラは唾を一飲みして喉を鳴らす。


「────服がダサい」

「………………ぇ…………ぇええええええ!?」

「これがどうしたって俺には許せない」

「ちょ、え、まっ…………」


 ────ダサい。

 警戒外の場所から放たれた言葉の攻撃力は凄まじかった。

 少しの間、頭を真っ白な無が覆った後、我に返り、もう一度ショックを受け直して、そして我に返った。


「………………え……僕、そんなにダサかったですかね?」

「あぁダサい。そして馬鹿だ君は!」


 ソラは膝から崩れ落ちた。


「だ……ダサくて馬鹿……何てことだ……嫌悪対象男子二冠じゃないか……」

「いいか星都君!! 包帯を巻くという、それだけでホラー感を確立させているにも関わらず、何故パーカーなどというカジュアルなものを合わせてしまうのか!」


 一体、何に怒りを向けているのか。ソラにとっては謎であり、とりあえず謝る。


「えー……何か……ごめんなさい……」

「例えばだなぁ!!」


 一兎は荒々しく学校鞄に手を突っ込むと、一冊のスケッチブックと筆箱を取り出す。

 溢れ出るアイデアを口にしながらペンを走らせているが、それは既にソラに向けられたものではない。


「折角包帯をしているのだから……顔を目立たせる為に上着をシャープにしよう……ノースリーブ……はっ……そうだ銀か金の布で装飾を施して中華風にするのはどうだ……うむ……いいぞ……そうなれば両腕にも包帯をサポーターのように巻いて……上着がタイトな分、ズボンをダボっとさせてバランスを取ろう……見ている人にキョンシーを連想させよう……確か帽子も被っていた筈……いいぞぉ……トレードマークである額のお札も欲しいところだが……流石に戦闘の邪魔になるか……いや待てよ……むしろ上着にペタペタ貼って……」


「あ、あの……葉ノ月君……?」

「っは!! すまない! つい一人の世界に……だがこれを見ろ!!」


 ────何処ぞのハロウィン仮装だよ。

 突き付けられたスケッチブックに頭の中でツッコミを木霊させる。


「す……凄いですけど……ちょっと待って下さい! 一体何の話ですか!?」

「君の服がダサいという話だ!」

「ぐはぁっ!!」


 ソラは精神で吐血した。


「……次もう一回言ったら、僕の精神がオーバーキルしますよ……?」

「あぁ何度だって死ぬがいいさ!! 魅力というのは数度の挫折によって引き上げられるのだからな!!」

「初対面で無慈悲が過ぎますよ!!」

「いいや、むしろ慈悲深いとさえ言える!! 言い切れる!」

「嫌悪男子二冠を自覚させられたんですよ!? 何処が慈悲深いんですか!?」


 両膝と両肘を着いて辛くも話を返す。何も言い返せなければ、態勢と共に男子の尊厳までもが崩れ落ちる。

 奮闘していたソラへ向かい、一兎は強気な振舞いの一切をしまい込むと、再び深々と頭を下げた。下げたまま小さく声を放つ。


「……頼み、というのはそこなのだ星都君」

「きゅ……急にどうしたんですか……」


 一兎は声量を上げ、下げた顔の先にある地面へ叩きつけるように「俺に君の衣装を縫わせてくれ!!」と言った。


「…………え……ぇえ?」

「頼む! この通りだ!!」

「いや、え……どうして、そうなるんですか?」

「俺が、コスプレイヤーだからだ」


 言葉の意味はわからない。

 ただ、未だに夕空を仰がないでいる垂れた頭が、ソラに真剣さを伝えていた。

 端に断って無下に出来ない。


「ど、どう関係してるっていうんですか?」

「……俺たちコスプレイヤーは、二次元キャラクターの模倣という道を探求しているようで、実は少し違う。二次元と三次元の間へ昇華させ、確立させることこそが、我々の美学だ」


 ソラには全くのこと、ピンと来ない。

 

「その道を歩いていると、一着作るにあたって一度、多ければ数度ぶつかる壁が、必ずある」

「…………再現可能な生地がない……とかですか?」

「いや……自分が、二次元キャラクターではない、という壁だ」

「それは……一見、当然のことのように聞こえますけど……」

「等身が足りない。目の大きさが足りない。髪が物理法則を無視していて再現が難しい。衣装を作ってみたものの、キャラクター本来の魅力には遠く及んでいない……我々の道は、挫折と挑戦を繰り返す道なのだ。そして、挫折する度に思うのだ。

 どうして自分はアニメの中から出てこなかったのだろうか、とな」


 それはひょっとすると、魔法など存在しないが魔法を使いたいと悩んでいた自分のジレンマと同種のものではないかと、ソラの心に少しの親近感が生まれる。


「なるほど……で、でも……そのことと僕との関係性あるんですか?」


 ようやく一兎の顔が上がると、寂しそうに、羨ましそうに、水色の瞳がソラを見つめる。


「────俺には、君がアニメの中から出てきたように見える」


 ソラの身体に流れる全ての時間が止まったようだった。

 賜った言葉の一滴も零さないようにと、項垂れていたソラは正座へと座り直す。

 途端に夕日が温かい。

 一兎は、続けざまに「どうしたって、格好良い服を着せてやりたいと思ってしまうのだ」と言った。


 ソラは気恥ずかしくも溢れ出る歓喜を、反射的に湧き出る自己否定と戦わせた後、あいだを取って謙遜を選択する。


「いやいやいや……僕には勿体ない言葉です」

「魔法と立場だ」

「……はい?」

「魔法を使う人間。魔王へ立ち向かう者。その二つの素材は我々オタクにとって憧れて必至。我々は憧れながらも、魔法など決して手に入らないことを知っている。

 それは、どうしてアニメの中から出てこなかったのだろうという想いと同種であり、そして……君はその絶対的不可能を可能にしている」


 それは魔王にも言えることだが、と言って一兎は笑う。


「星都君……分かってもらえるか? 我々は、何故自分はアニメの中から出てこなかったのだろうと、手が届くことのない憧れを常に突き付けられている。

 そこで項垂うなだれていては服は完成しない……心折れながらも、再びミシンを踏むことが正義だ。そんなジレンマを解決した君に、俺が憧れないわけがないのだ。

 格好良い服で、戦場を舞わせてやりたいのだ」


 それは言ってしまえば、エゴだった。

 雄々しく自己中心的を振りかざし、容赦なくダサいと罵倒でぶん殴る一兎に、ソラは不思議と悪い気は起きなかった。


「嬉しいです。凄く嬉しいです。いただいた言葉も、何かに閉まっておきたいほどに……それでも…………お断りします」


 ソラは正座の姿勢から頭を下げた。土下座の形となった。


「何ぃ!? 何故だ!?」

「僕は、人と関りたくないんです……自分に対して他人と関わってはいけないと、課して生活しています」

「ふむ。人が嫌いか」

「……いえ……僕は……人なんぞ嫌いだって言ったりして、人の何かを否定できるほど、何かを持ち合わせた人間じゃないです」


 一兎は首を傾げ、一考すると、「それは矛盾じゃないのか?」と問いかけた。


「えぇ。人は……好きなんだと思います」

「やはり矛盾だ。ならば、何故関りを断つ必要がある?」

「僕が嫌いなのは……僕です」


 またも一考した一兎の沈黙は長く、反論の言葉は浮かび辛い様子だった。

 そうやってようやく、「他人を自分に関わらせないことが優しさ、というわけか」と、納得を示した。

 ソラは頷きもせず、一兎が諦めるのを待ち口を閉じている。

 しかし。一兎は「なるほど!」と一言叫び、指差す部類のジョジョ立ちをソラへ繰り出し、夕日を背負った。


「それならば! 問題ない!」

「…………はい?」

「君は、何かしらの事情があって、他人を自分に関わらせること事態を罪だと捉えている。そうだね?」

「は、はい……」

「そんなことは知らん!!」

「え……えー……?」

「何故ならば……!!」


 一兎はポーズの種類を変える。


「今日を境に、俺と君は友人だ!!」

「…………い、いやいやそれは」

「五月蠅い! 友人だ!」

「五月蠅いて……」

「黙り給え!! 友人になったのだ!!」

「友人なら発言聞いてあげて下さいよ……」

「関わるのが他人ではなく、友人であれば問題ない。そうだな?」

「そうだな? じゃないですよ!! 問題大ありですよ!!」

「おや、手強いな……ふむ。美談で終わらせたかったが……仕方がない」


 一つ咳払いを払うと、一兎は再び神妙な顔つきへと変え、人差し指を立てた。


「では、これは友情などといった青春の1ページの美談などではなく、商談と言い返させてくれ」

「商談……?」

「話に入ろう。どうやって予め感知しているのかは知らないが、君はこの先も異世界化された地へ赴き、人々を救う。そうだな?」


「え、ええ……まぁ……」

「そして、君は姿を隠したい。そう考える星都君は、次も包帯で顔を隠す。それも間違いないな?」


「ええ……はい……」

「包帯が破れない可能性は、どれくらいある? 破れた瞬間が君の秘密の最後だ。

 戦闘によってパーカーが破れることもあるだろう。君はその度にパーカーを買う。

 費用は? 我々高校生にパーカーは安くないぞ?」


「っぐ……」

「だが、俺は知っている。破れづらい生地、素材。顔を隠すことができる他のアイテム、アクセサリー。それらが激しい運動を行っても取れないピンで留める技術。全てを熟知している!! 炎天下の中、衣装に崩れを見せずポーズを取り続けるコスプレイヤーを舐めてはいけない!!」


「舐めているわけでは……」

「服を縫わせてくれるのであれば、それにかかる費用は請求しない。君はパーカーやズボンを新調することもなく、それでいて破れづらい衣服が手に入る。そして……その衣装は、絶対的に格好良いぞ?」

「む、むぅ……」


「君にとって損はない筈だ。そして俺は、この上ない幸福が手に入る。お互いが損をしない、商談だ。商談でさえあれば、人間性においての面白さの所持不所持などという君の懸念は求められないわけだ」


 正座のまま膝に手を置き、屋上の白い石地面を見つめる。反論の言葉が浮かんでこない。

 言葉を失うソラを見て、一兎は清々しい面持ちで勝利に酔いしれた。

 顔を上げたソラの顔もまた清々しく、気持ちよく敗北を手に取る。


「幸福……そんなに服を縫うのが好きなんですね……」

「……それだけじゃない」

「え?」

「俺はこんな留学帰りのような性分だからな。友人と呼べる存在がいないのだ」

「自覚あるんかい」

「憧れる者へ服を縫える。友人ができる。最高じゃないか?」

「…………僕、本当につまらない人間ですよ?」


 ソラが言うと一兎が「自己の価値は他者が見出すものなのさ」と言って笑った。

 思えば一兎だけが素直な想いを口にしている。屈折ばかりを見せる自身に、卑怯さを憶えたソラは、実は凄く嬉しいですと精一杯頭を下げた。

 そして、また一兎が豪快に笑い返した。


 異世界化があってこそ生まれた人間関係に他ならない。

 ────僕は現在も、魔王という人殺しによって救われているのか。

 自分の醜悪さを責めつつ、渋谷の住宅街を学校の屋上から見渡すと、犬の遠吠えが何処かで夕空へ響いた。

 間の抜けた平和が、やけにソラの胸に滲んでいた。


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