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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
東京湾編
20/20

4-4 其の後

 ② 

 夏休みを前にした七月一九日の青空から降り注ぐ、満天の平和を星都ソラが仰いでいた。立ち入り禁止が記された張り紙は既に二人の生徒には何の意味ももたらさず、渋谷青葉高等学校の屋上は、いまいち周囲に溶け込みきれない二人にとって滑降の昼食の場と化していた。

 固いコンクリート地面は陽射しで温かみを持ち、その上に腰を下ろしてフェンス越しに見える渋谷の街並みを見渡している。


「──魔王の死刑が確定したそうだな」


 視線を凹凸激しい街へ降ろしながら、夏服に装いを変えた葉ノ月一兎が言った。頭髪の異常さに変わりはなく、ソラと初めて出会った時と同じく鮮やかな水色が日光を浴びている。


「うん。松平さんの話では死刑というのは判決を下してから六カ月以内に執り行うのが決まりだそうだよ。

 その半年以内に魔王から能力に関する情報を引きずり出すのが、お偉いさん方の狙いじゃないかな」」


 同じく夏服の、白い半袖Yシャツを着た頼りなさそうな少年が、意味深に説明を行った。

 ややクセ毛の毛先が自由に遊んでしまっていて、今日も今日とて広すぎる二重の幅が、眠そうな表情へと追いやり、ついさっきベットから起き上がって身なりを整えずに登校したような装いだった。


「……また異世界化のような能力を持った奴が現れるということか?」

「魔王が喋ればね……現れるにしても数年後だとは思うけど」

「ふふ……魔法使いの引退は許されない、ということかな」

「あ。そういえば……そのことで報告があってさ」


 ソラは青空を再度仰ぎ、両腕を広げて伸びをする。そして欠伸の最中で、「起業しようと思ってさ」と言った。


「……なかなかのビックリ発言だが」

「松平さんと水髪さんがさ、警察の仕事手伝わないかって言ってくれててね。

 例えば立て籠もりのような危険な事件には、僕みたいなのが居ると便利なんだってさ。

 で、どうせなら金にしろよって松平さんに言われて……起業してお店を構えて、依頼として警察から仕事をもらうってことになったんだ」


 一兎は豪快に笑うと、「依頼が入ったら電話ボックスで学蘭に着替えて出動か?」とアメコミを匂わせる冗談を言った。


「ははは……電話ボックス、今時なかなか見ないなぁ。あっても透明だし」

「では公衆トイレだな」

「何か格好良いねぇ……僕もスーパーマンやスパイダーマンになれるかなぁ」

「ふむ……全身タイツを縫うのか……気が乗らんな」

「はははは」


 子供二人がはしゃいでいた。

 ひとしきり笑い合うと、ソラは眼差しを真剣なものへと変えた。


「僕さ……渋谷の異世界化の時に、被害ゼロに終わるとか言いながら救えなかった人がいるんだ。それがどうしても頭から離れない……。

 端的に善い行いをしなければならないという、その焦燥感に憑りつかれたままなんだ。 

 次に能力者が現れる恐れもあると考えると、戦闘意識を切らすわけにいかない。犯罪者に揉まれながら戦闘意識を切らさないで人の役に立って、お金ももらえる。悪いことは一つもないかなって」

「……良いんじゃないか? 衣装が破損した場合はいつでも言い給えよ」

「うん。ありがとう」

「何時からやるつもりなんだ?」

「夏休みから早速やろうかな、と。起業の申請には時間が掛かるから、最初はちょこちょこと手伝う感じで」


 そうか、と一兎が言い、そこで途切れた会話を、快晴が射す平和な空気が少し縫い合わせる。ソラが、「葉ノ月君は、夏休みはコミケ?」と話題を変えた。


「あぁ、勿論だ。俺が行かねば涙で風呂を沸かす女性とカメラマンで溢れてしまう」

「……どんだけ自分の場だと思ってんの」

「フフフ……人の前に立つ者は、それくらいの自己陶酔力があって然りなのさ」

「わぁ、何かプロみたいで格好良いねぇ」

「あぁ、そうだ俺も言い忘れていた。俺はもうじきプロになる」


 プロのコスプレイヤーという職業に、消費者側であるソラにとってはそのカテゴリーがピンと来なかった。


「……失礼ですけど、コスプレイヤーにプロとかアマチュアとかってあるの?」

「金をもらったらプロさ。同人もお金をもらったらプロだよ。

 今、幾つかの芸能事務所からスカウトを受けていてね。ゲーム会社が作成するゲーム動画にゲストとして呼ばれたり、コスプレイベントがあればコメンテーターなどでゲスト出演するそうだ」


 ソラは、「高校生タレントってこと?」とひとまとめにして投げかけた。


「どうだろうな。メディアに出ればそうなるが」

「それはそれで、漫画みたいだね」

「ふふっ、今一番の有名人が言ってくれるじゃないか」

「……誰も僕とは知らないけどねぇ」


 ──魔王逮捕から七月一九の現在に至るまでの三週間と少し。

 メディアは魔王の逮捕を喜ぶ報道から、魔王の死刑を求刑する──怒りに震える人々の報道へと変わり、そして次第に焦点を魔法使いへと移していた。


「──魔王の最後の言葉が報道された時、世界中が己の中の魔法使いを英雄に位置付けした。どうやら君が七色橋で民間人に毒づいたことは、うやむやになったみたいで何よりだな」


 ソラは、「うっ」と肩をすくめた。


「ハハハ! あの時、民間人がどさくさに紛れて君を写メっていてね。先日その画像が報道された。

 『英雄の姿』とデカデカとした文字の上に、学蘭のマントを靡かせて剣に乗る君の画像が貼られていてね。俺は身が震えたよ……最高の気分だった。ありがとう」

「いやいや、此方こそ感謝しきれないよ」


 一兎は照りつける七月の陽射しを浴びながら、「魔法使いもクールビズにしなければな」と、魔法使いの真っ黒で厚着の衣装を変える様子を匂わせた。


「ははは。あんまり戦ってる時は気にならないけどね」

「あぁ確かに俺もカメラが向いている時は、汗があまり出ないな」

「……プロだ」

「時に星都君、君は既に職にありついたようだ。進学はしないのかい?」


 その身に流れる時間が僅かに止まったようにソラは沈黙したが、直ぐに、「や、進学するよ」と儚げに言った。


「おや、やりたいことでも見つかったのかい?」

「──会いたい、人が居るんだ」


 ソラから今までの経緯を漏らさず聞いていた──魔法使いの唯一の話し相手であり友人である一兎は、「あぁ例の」と言って察した。


「先ずはプログラミングについて知るべきかな、と」

「……随分と先の長い、遠距離恋愛になりそうだな」

「約束したから……ね」

「しかしなんだか、君の昔話を聞いた身としては、立派に社会復帰してるようで喜ばしいよ」

「……そうだね。信じられなかったけど、どうやら僕のような……周囲を避けていたオタクにすらも、等しく時間は流れているんだね。

 自分で招いた災いに焼かれて、自分で足を突っ込んだ地獄で絶望を味わって、自分がどれだけ醜悪なのかを知って……それらは後遺症のように今も残ってる。

 考えただけでも、いくつかの災いが未来に待ってることも解る。

 けど……手元には悪いことじゃないことも残ったってことが、今までの僕と違うところかなぁ」


 一兎は、「そういうのは、一先ずtrue endってことでいいんじゃないか?」と──少なくともソラの未来に、道があることすら分からないような闇ばかりではないことを形容した。


 ──昼休みの終わりを告げる鐘の音が、二人を別々の教室へ戻す。

 平穏が無音として包む、昼下がりの渋谷を教室の窓から眺めながらノートを取り、繰り返し鳴らす鐘が学生を学校から去らせる。

 今まで横目で見ていた普遍的な日常へ、初めて体験するような不器用さを抱えながら、星都ソラは身を溶け込ませていった。




 ①

 黒川真央という魔王が逮捕されてから三週間と少しが経過した。

 五度に渡る異世界化が出した死傷者数は、世界各国を合わせて五三三八二名にも昇り、その数は魔王逮捕後の二五日間を経ても、引き続き行われる調査の中で増え続けている。

 日本国が代表として裁判を取り仕切る中で、当然ながら検察側は死刑を求刑とし、世界はその結論を急がせた。

 異例の速度である──僅か二五日間で裁判は最終判決に至ることとなった。

 逮捕から最終判決が下る今日こんにち、七月一八日までの間。世界各国が黒川逮捕についての報道を連日行うと、世界は犯人が捕まった安堵を零すと共に、遺族を失った憎悪もまた膨れ上がっていった。

 世界中が黒川の死刑判決を心待ちにした。世界中が魔王の死を望んだ。


 ──風一つ立たない法廷の傍聴席は遺影を抱えた遺族とメディア関係者の数人で満席になり、その列は裁判所の前にも大群を成していた。

 警棒を携えた警備員が各所に配備され、怒りに震える遺族をなだめ、配列を促している。国籍乱れさせる人々は、言い知れない怒りを放ち、判決を快晴広がる青空の下で待っていた。


 法廷に張りつめる無音を切り裂いて、裁判長が先ず、“理由”の読み上げを行った。

 通常、主文を最初に述べ、その中で判決を言い渡すものではあり、その次に判決に値した理由を述べるものである。

 しかしその判決が死刑だった場合、特例として理由を先に読み上げることがある。

 死刑判決に動揺した被告が、理由をしっかりと耳に入れられない、言い聞かせられないなどの事態を塞ぐ為である。

 その時点で既に、何人か法廷に入っていたメディア関係者の内一人が、法廷を忙しく出て行く。恐らく死刑が言い渡されるであろうと、なるべく早い報道を行う為だった。

 その空気が広がっても遺族にとって死刑が求刑されることは当然のことであり、怒りが収まる様子は見られなかった。

 法廷の中央で立つ黒川被告以外の全員が、黒川から視線を外さなかった。主文の読み上げの後、どんな後悔の念を浮かべるのかを、今か今かと待っていた。


「──主文。被告人を死刑に処する」


 理由の読み上げを終えた裁判長の厳かな声が、法廷に響いた。

 全ての視線は黒川に注がれた。

 ────後悔、失念、絶望、悔恨、何でもいい。何か一つでも綻びでも零して欲しい。

 黒川の顔色は無機質のまま、精神の中身を見せないまま法廷中央で黙って立ち尽くしていた。


「最後に、何か言い残すことはありますか?」


 裁判長の声に合わせ、多くの人が怒りの槍を空気に変えて黒川を刺す。その中で黒川は、ゆっくりと口を開く。


「…………私は……あの時、どうかしておりました……何故……何故あんなことを……。

 ────私が行うべきは…………女性、女児の殺害にありました。

 殺すのも容易ながら、そうすれば人類は繁栄能力を無くし、勝手に死滅したというのに……。

 目の前に現れた魔法使いを私にとっての脅威と判断し、魔法使いの存在抹消こそが、今後殺人を行うにあたって重要な点になると決めつけてしまった……奴に興味を奪われたばかりに……あぁ……本当に……酷く後悔しております」


 闇に座った目の奥底で狂気を鈍らせることなく、黒川は最後の言葉を残した。

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