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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
東京湾編
18/20

4-2 命の天秤

 東京の夜空に一匹の竜と、女の子を抱えた魔法使い、少し距離を置いて一匹の獏が三日月型の乗り物にお腹を引っかけて、それぞれが滞空していた。

 秋葉原から飛び立ち笹塚を目指していたソラが位置していた上空。その南には東京湾が位置する。

 不利環境と地理を把握したソラは次に、勝利の為に必要な条件を三つ浮かべた。

 先ず一つ目が、攻撃が通るかどうかの実証が必要だということだった。


 白い手袋を闇夜へ伸ばし広げ、魔法陣を出す。いつものように片手剣を出すが、その数は二〇にも及ぶ大量さだった。一本一本が池袋で出会った巨大イケミミズクの攻撃力を備えている。ソラの現時点における最大攻撃力だった。

 その剣たちは普段とは違い、踊る様子を見せず、二〇が一体となり同一行動を取り、切っ先を魔王へ向け、一斉に飛び出した。剣のミサイルだった。


 魔王はそれらを容易に鱗が覆う竜腕で薙ぐ。ソラは散った剣を上空に呼び戻しては、足元の剣も同時に動かし、移動を繰り広げ、夜の中を自身が舞いながら剣のミサイルを飛ばしていく。

 魔王は、「馬鹿の一つ覚えが」と吐き捨てると、飛び込んで来る剣を薙ぎ払った瞬間、ソラへ炎の球を吐きつけた。


「っく!」


 ソラが目前に貼った魔法陣に、更に上から氷を被せて防御を行う。

 着弾のドオオン! という音と同時に、ガウウウン! という銃声も鳴った。

 ソラは剣の大量攻撃が本命であるかのように見せかけ、隙を突いて水髪から授かった銃を撃ち放っていた。


 魔王の身体に光る箇所は無かった。攻撃は、通わなかった。


「おやおや魔法使い殿。銃刀法違反では?」

「……効かないなら払うなよ!」

「これは失礼。蠅が居ると叩く性分なもので」


 それでもソラは無駄だと知りながら、剣を飛ばしていく。銃を放っていく。

 五発連続で同じ個所への着弾ならばどうだと、寸分の狂いもなく筋肉の鎧が覆う、竜の腹へ着弾させていく。


「どうやら、勝てるらしいなぁ」


 そう言って魔王は恐れるものがないことを一通りの戦闘で確認し終えると、翼を強く振るってソラとの距離を一気に近づけた。

 刺の生えた太い黒尾を横に薙ぎ、ソラの身に叩きつける。

 ソラは咄嗟に剣を三本、身体の近くへ縦に並べて尻尾を受け止める。


 目前まで迫った竜の顔から橙色の光りを放たれると、ソラへ向けて至近距離から炎が吹かれた。

 ソラは自分と魔王の間に魔法陣を挟んで、斬撃性を孕んだ突風を吹き起こした。

 イケミミズクがソラの身体を斬りつけた風の攻撃。その攻撃を記憶していた。

 炎は弾き返されたが、勿論のこと魔王は無傷だった。


 牙、爪、尾、炎と剣、銃弾、氷、風を交差させながら、両者は夜空を飛び交う。


「ハハハ! 貴様、発言が子供じみている割には頭が回る!」

「オープンフィールド系のゲームの肝は反射神経だからな! これくらいの判断力はゲーマーなら誰にでもあるだろうよ!」

「皮肉なものだ! その手のゲームなら俺も作ったよ! もしも俺が手掛けたゲームを貴様がプレイし、其処から戦闘のヒントを得ているなら、貴様を強くしていたのは俺だということにもなる!」

「あぁ……お前には……色々と感謝してるよ!」


 通らないと理解しながらも攻撃を繰り出し続けたソラだったが、本命は違うところにあった。移動を繰り広げながら攻撃を応酬させる最中、目の前に迫った大きな橋を見つけると、魔王がソラの狙いに気がつく様子を見せた。


「……先を読まれたか」

「気付いたか……先手は取れなくても後手には回らず済んだようだな」

「ハハハ……俺がお前ではなく民間人を襲うであろうと、何時から気付いていた?」

「最初からさ。幾つも罠を用意しているお前だったからね。僕ではなく民間人を襲えば、僕の行動は制限される。その戦法を取らない筈はないと思ってた。

 先ず最初に剣を大量に飛ばすことで、地上へ向かうのを防いだ。効かないと分かってる攻撃を続けたのも、意識を僕に向け続ける為だ。

 僕らが居た笹塚から南には東京湾がある。海の上で戦えば、僕を放って人を襲い辛いと踏んで、戦いながら移動してきたんだ」


 竜の口元は緩み、「少し違うがな」と言った。


「別にお前を放って民間人を襲いに行けば良いだけの話だった。俺がそれをしなかったのは何故だと思う?」

「何度も異世界化をこなした僕だから……一旦でも放っておけばそれなりの作戦を練りかねない。僕を軽視していない証拠じゃないのか?」

「ハッハッハ! 奢るなよ魔法使い! 貴様を放置した後のことを危惧したわけじゃない……俺は、久しぶりに感情的だったんだよ!」


 魔王の発言が意図するところがわからないと、ソラは眉間を寄せて沈黙した。


「俺は人を殺すという衝動に憑りつかれている……異世界化の能力を手にする前からそうだった。

 法律の網目を掻い潜り、何とか人を殺せないかと毎日思慮を巡らせた。その中で思いついたのが、夢の中で人を殺すというものだった。

 その快楽を満たしきる為には、夢は極力現実的である必要があった」


「それで……夢日記か」とソラは零した。


「そうだ。ただ夢日記というよりは、殺人記録という感じだったがな。想像で作り上げ、そして殺した人物の特徴、殺害方法を永遠と綴った。

 どんどん感触はリアルになり、四年間、毎日毎日人を殺め続けた。

 しかし……それでも物足りなくなった」


 竜の顔でも理解に及ぶ。瞳は狂気さで潤い、口端が奥の牙を見せるほどに笑っている。心の底から殺人という行動についてを、楽しそうに魔王は語り続ける。


「そんな中で、俺は副産物を手にした。パソコンで日記を綴っていた俺だったのだが、ある日の夢模様へ、パソコンに保管していたゲームの世界観が介入してきたんだ。

 最初は仕事の意識を夢にまで運んでしまったのかと思ったが、それがヒントになった。現実を夢世界に反映させる方法があるなら、逆もまた可能ではないのかと思ったんだ」


 ──夢を思い通りにする為に夢日記を綴る。では現実についての日記を綴ったら、現実を思い通りにできる。


「だからそれを思いついた翌朝、俺は現実世界で人を殺した」


 ソラは言葉を呑んだ。


「俺の夢日記は殺人記録だった。夢の中で現実を日記を綴る為には、現実で人を殺し、それを夢の中で記録する必要があると考えた。そして……その考えは実りを見せた」

「辞めろ……それ以上はいい……」

「最初に殺したのは女だったよ。俺はモテるんでね。ホイホイと近づいてきた女を殺して、バラして家に運んだ。

 翌日俺は異世界化を手にしたわけだが……最初にゴブリンを作り出し、その女の死体を喰わせた。ゴブリンが塵化した時、喰った死体が残ったりはしなかった。証拠隠滅に成功したのだ」


 ソラは、「辞めろぉおおお!!」と叫びを上げながら柄を握って魔王へ切りかかった。魔王は易々と竜爪で剣を受け止めると、「最高の快楽に満たされたのは、あれが最初で最後だと思っていたよ」と、竜の瞳を狂気に歪ませた。


「お前……!!」

「知るということは失うということだ! ファーストインパクトを越える衝撃などないということなのだ! 初の性行為が衝撃的であるように!

 二度目以降の殺人で得られる快楽は激減していた……殺人快楽に憑りつかれ、そしてその快楽はこの先もう満たされることはないのだと思っていた。

 だが……今の俺には、魔法使いという殺したくて殺せななかった──焦らされたプレイを経て、その対象が目の前に居る!

 殺してくれと言わんばかりに戦力は俺より低く! そして殺されたくないと言わんばかりに夜空を舞い、逃げている! 無法地帯で強姦に興じているような快楽だ!

 楽しい! 楽しいぞ魔法使いぃいいいい!」


 冷静で冷徹、そして無感情だった魔王は、剣と爪の鍔迫り合い越しに感情を爆発させた。


「それで民間人を襲えば有利に戦えるとわかっていながら……お前との戦いに没頭してしまった……ハハハ……我ながら短絡的で本能的……なんと人間的だろうか……これは……反省だ!」


 語尾を強めて、魔王は競っていた剣を爪で強く払った。

 ──爪先が、ソラの右肩から斜めに切れ目を入れ、左わき腹までを切り裂いた。

 ゴポッとソラの口からも血の塊が零れると、ソラは真白を両腕で抱きかかえたまま、東京湾へと落ちていった。


「はは……ハハハ……アハハハハハ!!」


 目的の達成、殺人快楽の両方を満たしかけた魔王から、思わず嬉々とした叫びが上がった。二重人格かのように直ぐに冷徹さを取り戻すと、「死体を確認するか」と一人となった夜空へ零した。

 気付いてみれば、少し離れていた獏の存在もいない。魔法使いの後を追っていったのだろうか。

 先ずは魔法使いの死を確認しなければならないと、巨大な黒い身体を海へ向けて滑空させる。


 しかし。自分が向かっている筈の海の上で、小さく光りが灯った。緑と白の温かい光りだった。その後直ぐに、黒くヒラヒラと揺れる物体が逆走して近づいて来る。


「──魔法使いぃ!!」

「ははは……作戦、成功だ」


 再び現れた魔法使いの学蘭──胸元の生地は斜めに引き裂かれ、露わになった肌を、おびただしい量の赤が染めつつも、切り裂いた筈の爪痕がなかった。


「……何?」

「僕がこのクエストをクリアするに当たって掲げた条件は三つ。

 先ずは攻撃が通るかどうかの確認だった。しかし攻撃は無駄だった。だからそのことは一旦置いて、次の必要な条件が民間人を襲わない場所まで移動することだった。

 そして一つ目に戻るわけだが、攻撃を通わせるには、お前の攻撃を喰らう必要があった」


 意味がよくわからないが、と魔王は言った。体験を具現化できる魔法、その正体は魔王にバレていないということだった。


「僕の魔法は、体験を具現化する魔法なんだ」

「ふむ…………俺の攻撃力を得たということか?」

「その通りだ。僕にとって懸念だったのは、僕の魔法についてお前が知っているかどうかだった。真白さんの意識を操って、僕に関する情報の全てを吐き出させていると思ってたんだ。

 しかし、攻撃に遠慮はなかった。ということは僕の魔法が、経験、体験を具現化する魔法だとは知らないということになる。

 だから僕は無様な猛攻を繰り広げ、どさくさに紛れてお前の攻撃を、死なない程度に喰らう予定だったんだ。

 落下しながら真白さんに聞いたけど……やっぱり、何も喋ってなかったみたいだな」


 ソラの腕の中で、真白が何度も力強く頷いた。


「そして三つ目……三つ目の条件は難しいと思った。何故なら、魔王の攻撃を何とか喰らった後、真白さんの回復が必要になる。彼女はいつものように古書を持っていなかった……だから難しいと思ってたけど……」

「──私、次ソラさんに会う時に備えて、“癒しの時返り”(リターン・ヒール)だけ詠唱を暗記しておいたんです。ソラさんはその……私がときめくような奇行が多いので、サポートできるようにと思って……」


 真白は頬を赤らめて語る様を、魔王に見せつけていた。


「馬鹿めが……俺の攻撃力を得たからどうだと言うのだ。

 池袋の時と同じだ……防御力を攻撃力よりも上に設定してあるに決まっているだろうが。もしも今と同じく、わざと攻撃を喰らうことで梟を倒したとしたら……お前は既に知っていることだろう」


 相も変わらず黒竜はソラを見下しながら笑って見せた。


「僕が欲しかったのは致命傷に匹敵する威力じゃないんだ……」

「何?」


 生を呼び戻した包帯の巻かれた白い左腕。白い手袋を着けた白い右手。ソラは両腕を伸ばし、合わせて四十の剣を作り出した。それはもうミサイルではなく、雨だった。


 ────ダメージを数値化するならば、それが零でさえなければいい。与えるダメージが例え2でも1でも構わない。

 ソラは魔王に受けた攻撃力を刃に乗せて、四十の雨を降らせた。


「っち」


 魔王は舌打ちを一つ零すと、横殴りの鋭利な雨を前に旋回し、夜の空間へと回避した。その後ろを剣の行列が追いかけていく。


「塵も積もれば、というわけか!」

「メタルスライムだっていつかは倒せるんだよ!」

「ははっ! 理解し易い比喩だ!」


 背後に片手剣の大群を引き連れ、魔王が夜空を羽ばたく。

 その最中、魔王は回避しながら発見する。

 ──芝浦地区と台場地区を結んでいる大橋、東京港連絡橋。通称、七色橋なないろばしに集まった人の群れ。

 ソラが一度海に落ちかけるほど陸地に近づいた為、ソラに気付いた人間が人間を呼び合い、橋一杯を埋めるほどに集合していた。

 不思議と魔物の姿はない。


「幸運……いやいや当然の成り行きか」


 背後に剣を連れながら、魔王は七色橋に向かって炎を吐きつけた。


「っえ? あっ!」


 咄嗟にソラは魔王を追いかける剣に通わせていた意識を解く。意識の通わなくなった剣はバラバラと海へ落下していく。

 ソラは即座に大橋へと剣を滑らせていき、炎の先へ魔法陣をやり、氷で行く手を阻んだ。

 着弾の轟音が響く余韻の中で、「魔法使いだ! 死ね!」という声が次々に上がった。


「そんな……皆さんを守ったのに……」


 腕の中で真白が悲痛な表情を浮かべて言った。

 ソラが橋と罵倒を背中に背負い、そのソラの正面へ魔王が緩やかに降りて来る。


「ハハハ……魔法使い、随分不憫な立場じゃないか」

「──アハハ……ハハハ……っハッハッハッハ!!」

「おや、気が触れたか?」

「──はは、正気さ」


 星都ソラは大きく息を吸い込んだ。


「っるせぁあああああああああああああああい!!」


 ──五月蠅い。それは背後に群れを作った民間人に向けられた、ソラからの罵倒の返しだった。

 ソラは橋へ向けて一本の剣を放ち、住民の隙間に刀身を突き立てた。


「──この場から立ち去らない場合、僕がお前らを殺すぞ!

 お前らに守る価値があるかどうかと苛々してるんだ! どいつもこいつも僕を脅しやがって……闇落ちして魔王の味方に着いたってこっちは構わないんだぜ!?」

「ソ……ソラさん……?」


 魔王に聞こえないように、小声でソラの名前を出し、真白は心配する様子を見せた。


「もう知ったことか! 東京都も! 日本も! 世界も!

 僕は人間だ! お前ら人間と同じだ! お前ら人間と同じだからさぁ……自分の守りたい人さえ守れればいいかなって思う時もあるかもしれないなぁおい!!」


 背後の住民は一斉に怯えだし、駆け出す。

 魔王が逃がすまいと炎の球を七色橋に吐きつけるが、ソラは右往左往しながら氷の盾を張り、遂には全ての人間が避難を終えるまで橋を守りきった。


 魔王は不満げに、「──随分と演技が上手いじゃないか」と厭味をぶつけた。


「……いじめられっ子がいじめられない、一番効果的な方法は、いじめている相手に牙を剥くことだろう。だから……全てが嘘ってわけじゃないさ」


 ソラは真白に身体を抱かせながら、剣の上で両腕を横へ広げて、伸びをした。


「あー……何か……スッキリしたような気がする……。

 思えば僕は、感情に攻撃性を帯びさせて誰かにぶつけたことがなかった。開き直るってのも悪くないんだなって知ったよ」

「ほう、意外と悪役も似合うじゃないか」と、魔王は竜の口端を嬉しそうに緩めた。まるでソラが自分に近い闇へと足を落としたような、そんな親近感から湧いた喜びだった。


「僕はそもそもが悪なんだよ……学生社会に溶け込めず、自ら闇に足を突っ込んだ……どうしようもない小悪……正義的社会に立ち向かえない、弱い悪なんだ。

 そんな自分が嫌で仕方なかった。存在意義を失うということは、生命の実感すら失わせた。まるで世界に一人だけ、言葉の通じない違う人種として産まれたような気分だった。

 だから人を救わなきゃ……善い行いをしなければならないって思った。

 そうすることで人の群れに……加えて欲しかった」


 何処か吹っ切れた様子のソラへ、魔王は距離を詰める。

 尾を豪速でしならせ、鞭のように叩きつけようとすると、ソラは即座に片手剣のグリップを手に取り黒い鞭を受け止めた。


「孤独など慣れるぞ魔法使い! お前さえ強くあれば、そんなことは気にならないものなんだよ! そして強さを証明する最高峰の方法が殺人だ!」

「馬鹿が! それは自分が強い者であると思ってる奴の理屈だ! 孤独は十分に人を殺すんだ!」


 次いで爪薙ぎが魔王より次々と繰り出される。剣を走らせ金属音を響かせながらソラは防御に徹する。


「弱い者の味方気取りか!? 魔法を使える者を、誰も弱者に分類しない! 弱者を救った英雄と、救われた弱者が分かり合うことはない! お前は結局一人なんだよ!」

「それでもお前が言った、孤独に慣れるっていうのは感情を無くすってことだろう!?

 それは死んでることと変わらない! 孤独は人を殺すということの証明だ!」


 お互いに攻撃と防御を繰り広げる最中、魔王の縦に振った爪がソラの肩肉を抉った。

 鮮血を舞わせながら、ソラは攻撃の手を緩めない。


「無感情の末に辿り着いた希望は、希望の形を装った悪魔だ!」

「まるで殺人に快楽を見出した、俺のことを言ってるみたいじゃないか!」

「お前のことも! 僕自身のことも言ってるんだよ!!」


 ソラが感情的に振るったバラバラの剣線が、魔王の身体の三か所に刃を立てた。高防御の竜の鱗を前に、その攻撃に切断効果はなく、殴打の形になっていた。

 しかしそれでも、魔王は口から涎を僅かに垂らした。


「っく……お前が感情を持ち続けてこの先どうなる!?

 お前の味方はいない! 超常的な能力を手にしたお前と分かち合う存在など、居る筈もないからだ! お前の孤独は永久に続いていくんだよ!」

「あーそびーましょーって言って、輪に加えてもらうまで挑み続ける!」

「フハハ! その度に疎外される痛みに、お前は耐えきれるのか!?」

「その痛みを回避して孤独に慣れた者を、強者とは呼ばない!」

「このガキがぁあああ!!」

「この大人がぁあああああ!!」


 爪と片手剣が弾き合い、魔王とソラの間に距離が空く。

 ソラは水髪が与えた小銃を構えた。

 同じ箇所に五連続で着弾させればと、試し既に失敗に終わっていたが。

 ────攻撃力が上がった今の状態であればどうだろうか。


「傷つくと知りながら、何度も傷つくことが出来る愚か者を、強者と呼ぶんだ!!」


 ──ソラは素早く思い切り、引き金を両手の指で五回弾いた。


「──がっはっ!!」


 ──魔王の身体に一箇所、白い発光痕が残った。それは今まで通らなかった攻撃が通ったことを知らせていた。


「──ぅ……ぅううおおおぁあああああああ!!」


 叫びながらソラは銃を一振りして装填、発砲を繰り返した。

 黒い飛竜の身体に八か所以上の発光痕が出来上がると、竜はふらふらと橋の上へ落下していき、そして黒い背広を着衣した魔王の姿へ戻った。


「はぁ……はぁ……僕の勝ちだ」


 ソラは橋に自分の身と真白を降ろし、銃を構えて柱に背を持たれる魔王へと近づいた。

 黒スーツに空いた八か所の穴から、黒い塵を僅かに放つ様子が魔王の瀕死を知らせていた。


「ふふ……ははは……最後にお話しをいいか?」

「……何だ」

「そこの女を連れて来たのは何故だと思う?」


 咄嗟に聖真白に視線を送ると、真白は首を横に振った。

 ────自分は何も知らない、という否定の合図だった。


「……彼女を僕にぶつけて奇襲を成功し易くする為と、彼女を抱えながら戦うことで僕の自由を奪い、戦い辛くした」

「ははは……まぁ半分正解だ」

「……もう半分は?」

「こんな話がある……ある魔王のところに勇者が訪れた際、世界の半分をくれてやると取引することで、勇者との戦闘を回避したという話を知っているか?」


 ──ゲームに携わる者の中では知らない者がいないほど、有名な話だった。

 ソラは横たわる魔王へ銃を突きつけたまま、「……世界の半分くれるっていうのか?」と厭らしく問いかけた。


「はは……世界の半分より、お前が欲しがるものだろう……?

 俺を見逃せ魔法使い。そうすれば女をずっと異世界化させておいてやる」


 見逃さなければ──魔王を倒し異世界化を終わらせれば彼女もまた消える。そればかりか本体を逮捕してしまえば、もう二度と会うことはない。

 魔王が説明をしなくとも、ソラはそのことを悟っていた。


「お前はNPCと言ったが……俺が作り出す人間は正に人間だ。リアルな人間を殺したいと願う俺は、モンスターより人間作りのほうが得意だったんだ。

 喜怒哀楽の感情も持っているし、腹も減る。排泄も行う。現実世界の人間と何ら変わりはない」


 魔王は瀕死の中で苦しく笑いながら、「性行為も可能だ」と言った。


「な……」

「実証済みだ。あぁ安心しろ。その女じゃない……そういう女は俺の好みじゃない。妊娠機能もついてる。死ぬ時に塵化する以外、他の人間と何ら変わりはない」

「……彼女を得ることで、世界中の命を犠牲にしろって言うのか……」

「そうだ……俺が人間を殺すこと、それだけは譲らない。しかし俺を見逃さなければ……お前は永久にその女と会えない」


 瀕死に伏している魔王から未だ余裕さが取り払われず、勝利を目前にぶら下げたソラの顔色は浮かない。

 その少し後ろで聖真白が会話を耳に入れながら、涙をうっすらと浮かべていた。


「さぁ、どうする?」


 七色橋の上には、湿った風が吹きつける音が流れ、沈黙したままの魔法使いは、自分の中に揺れる天秤をどちらにも傾かせることができず──引き金を弾ききれないまま立ち尽くしていた。


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