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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
秋葉原編
16/20

3-5 其の後

『──該当者、四十二名だ!』

 iphoneの向こうで松平が興奮気味に言った。


「その中で……プログラミング、グラフィック製作の両方が出来て……イデデデ……大ヒットを……生み出している凄腕な奴は……居ませんか?」

『っだぁああ!! 俺はゲームなんざ、からっきしだからなぁ! ちょっと待ってろ!』


 秋葉原の戦いに身を投じる直前、ソラは一度異世界化の範囲外へ身を運び松平に情報を伝えていた。その情報を元に既に捜索は始まっていた。

 ゲーム会社に勤めている者の中で、現在自宅にてパソコンが起動している者を全て割り出し、その数は東京都内において四十二名。

 捜査は其処で一度止まり、ソラの帰還が待たれた。

 戦いを終え再び松平と連絡を取り合い、電話の向こうで松平が部下や同僚へ向けて指示を飛ばす。

 警察が保管する日本国民の個人データから、魔王を絞り込んで行く作業を耳に入れながら、目的地を病院へと定めた護送車の中でソラは揺られていた。

 荷台の内側へ背をつけるように、ソラは座り込む。取りあえずの形で包帯の巻かれた左手を動かそうと試みるものの、指先には激痛こそ走るものの動かない。

 巻いた傍から包帯は赤く滲んでいく。


「っく……そ、それこそ魔法でどうにかならないのかい!?」


 仕方ないとはいえ、ソラの手に空洞のを作った当人である水髪が罪悪感に駆られた様子で聞いた。


「はい……何度か試したこともあるんですけど……僕が医療を理解していない所為か回復魔法は使えないんですよ……」

「そうか……もう少しで病院だから! 手術室は確保してもらってるから、もう少し耐えてくれ!」


 ソラは虚ろな瞳を浮かべながら、肩と耳で挟んだ携帯電話から漏れてくる音に集中を寄せる。


『──居たぞ! 黒川くろかわ真央まお、36歳。大手ゲームメーカー代表取締役。

 一つの作品においての最高販売本数四五〇万本、多岐のジャンル渡ってゲームを手掛け、その全てを高水準で仕上げるゲーム界の魔術師とか呼ばれてる男だそうだ』

「黒川……真央……何か……魔王と真央と掛かってるんですかね」

『……お前怪我してる割に余裕だな』

「冗談でも言ってないと……凄い痛いんですよ……」

『ははっ。逮捕は任せろ。お前はゆっくり手術室で眠ってろ』

「良かった……ありがとうございます……」

『電話、水髪に代わってくれ』


 ソラから電話を受け取った水髪が、定期的に相槌を入れ松平の話を聞く横で、ソラは横たわって安堵の溜息を零した。

 ────嗚呼、終わったのだ。想い人が残してくれた伝言を元に、人類はこれから勝利するのだ。

 ソラには激痛を和らげるほどの達成感が身に流れ、それを後押しするように水髪が電話を切ってソラへ笑顔を送った。


「自分も黒川のところへ行ってくるよ。自宅は笹塚だそうだ。パソコンが今も稼働しているらしいから、多分在宅の筈だ」

「証拠はパソコンの中にある筈です」

「パソコンの中?」

「はい。新宿の草原とゴブリン。池袋の森林と梟。渋谷の峡谷と犬型の魔物。秋葉原の古城とゾンビ。そのデータが一つでもあれば、魔王確定です」

「なるほどね……君は……本当によく頑張ったよ」

「……ありがとうございます」


 やり取りを見守る隊員たちもまた、ソラを祝福し始める。

 一人一人がソラに命を救われた恩や熱い想いをソラへ口開いていく。

 ソラの身体には左手から通う痛みばかりでなく、得体の知れない温かみを体感していた。

 孤独の対義は無知だと言う者が多い。

 人と関係を持ち共に何かを成し遂げることを知らなかった少年は、連帯の中で生まれる精神の共有を憶えた。

 その知識が、魔法使いの中にある孤独感を和らげていた。


 ──温かい談笑と、安心感が生ませる冗談が車内に行き交う。

 その車内の笑い声に交じって、水髪の携帯がリズミカルに歌った。

 その場の雰囲気に任せて、「もしもし! お疲れ様です!」と水髪は軽快に応答したものの、電話の向こうに聞こえた松平の慌てふためく声に、顔色は直ぐに沈まされた。


「マ、マツさん、何かあったんですか?」

『ニュース見れるか!?』

「は、はい?」


 電話を邪魔しまいと鎮まり返った車内に、松平の大声は漏れて伝わっていた。

 ソラが急いで右手だけで携帯を操作し、WAHOOニュースの速報ページへとアクセスする。

 松平が意図したものは最上部に記されており、スクロールなどの画面移動が無意味であると、その場に居る全員が理解した。

 画面上部には、『緊急避難を』との文字が真っ赤に塗られている。

 その文字に右手人差し指で触れ、ページを移すとソラが車内へ聞かせるように読み上げを行う。

 

「──魔法使い殿との交渉は、先ほど決裂した。それがどういうことかお分かりいただけるであろうか。

 魔法使い殿は、東京都全員の命を私に捧げたのだ。

 よって予告通り午後九時半より殺害を行う。今回の異世界化は一時間では終わらない。東京都に居る全ての人間の死を確認するまで、異世界化を止めない。

 何日、何カ月、何年掛かろうが絶対に全員殺す。それまで異世界化を終了させない。

 だが。ここで私から最後の慈悲を提供しようと思う。

 異世界化は滞りなく行うものとするが、もしも魔法使いを殺害した者が居た場合、異世界化を終了して差し上げよう。

 もし自分の命が可愛ければ、魔法使いを殺害せよ。浪漫風の学ランに学帽、眼帯、マントの者である。

 国民の皆さんが注意すべきなのは、警察組織を信用してはならない。警察組織は既に魔法使いと結託し私に歯向かっているのだから。

 国民の皆さんは、その手で魔法使いを殺す必要がある。魔法使いの死が確認でき次第、異世界化を解除する。

 繰り返す。魔法使いを殺せ。寿命を延ばす方法はそれ以外にないと知れ……」


 ──読み上げるにつれて、ソラは秋葉原の戦いの臨んだ面々が大きな罠に掛けられていたことを自覚し、悔しさと落胆を抱え、声を震わせながら読み上げを終えた。


「……ここまでが作戦だったんだ」

 読み上げを終え、ソラが言葉を零した。


 水髪が、「……確かに。手際が良すぎる。交渉は最初から決裂するものと分かってて城に自分らを閉じ込めて魔物に襲わせる算段だった。そこまでだと思っていたけど……」と静かに同意した。


「もしもそこで僕らを殺しきれなかった場合まで考えられていた。むしろ僕を国民の敵に追いやることが一番の目的だったのかもしれません。

 これで僕がホイホイと空を飛べば、瞬く間に発見されて国民に追われる。人間を攻撃するわけにはいかないから、僕は逃げるしかない。自由は奪われたわけですね……」


 同乗していた隊長が、何かに察してソラの前へ背中を向けて立った。


「……この中で魔法使い殿を殺したい者が居るなら、先ず俺が相手になってやるが、どうだ?」


 その言葉に続いて水髪が隊長の隣に立ち、ソラへ背中を向け、車内の隊員たちを正面に捉えた。


「自分も……皆さんよりは鍛えられてないですけど、そこそこやるつもりですよ」と車内に潜むかもわからない悪意に向けて指の骨を鳴らしてみせた。


 事態を知らない運転席の隊員が、スピードを上げて車を走らせ、揺れる荷台の中に物々しい雰囲気が立ち込めた。

 ──弾は秋葉原で撃ち尽くした。もし攻撃してくるならば接近戦のナイフ。

 ソラもまた防御の姿勢に入ろうと、動く右手先を広げて、威嚇の意味で魔法陣だけを出す。


「──う……うおぉああああ!!」


 叫びを上げながら、黒づくめの男たちを掻き分けて、同じく黒い防護服を纏った男がソラ目掛けて突っ込んだ。

 腰元の低い位置でナイフを両手でしっかりと握り、高い殺意を表すと、傍の隊員の何人かがソラを刺そうとする男を掴んだ。

 途端に車内は揉みくちゃになり、荷台に背を着けて座っていたソラの周りを隊員たちが囲む。ソラを守ろうとする者が背を向けて半円陣を組み、その更に周りをソラへ攻撃しようとする者の二つに別れた。


「命を救われてるんだぞ貴様らぁ!」


 隊長が恫喝すると、運転手の隊員が異常を感じてか、車を停める。


「──申し訳ありません……自分には……家族が居ます!」


 後部座席は叫び合いに包まれる。

 ソラは守られながらも携帯画面に明かりを灯すと、午後九時半の表示を確認した。

 守護派の男たちの円の中で、白と紫色の光りがぼわんと発光すると、ドカンっと大きい破壊音が車内に響き、車は少し揺れた。

 ソラが荷台の壁に剣を突き立て、穴を空けていた。

 穴から覗く外の姿は、既に電気を失い、異世界化が行われたことが見て取れる。魔法使いは穴から足を出し、次いで身を穴から出そうとする。


「な……何処へ行くんだ!」

「……水髪さん、逮捕はそっちに任せます」

「君はどうするんだ! 外へ出れば国民に追われるぞ! それだけじゃない! 早く手術しないと、左手に後遺症が残る可能性だってあるし、最悪の場合、出血多量で死ぬぞ!」


 ソラは微笑んだ。無理の感じられない、悲し気な微笑みだった。

 直ぐに表情を一変させて深い怒りを瞳に宿す。

 

「同時に五ヶ所しか異世界化は行われて来なかった。もし能力を上げているにしても二三区ごとに異世界化を設定するのは、いくら魔王でも不可能だと思います。

 つまり東京都を一箇所として見て異世界化を施している。

 だから……ボスさえ倒せば東京都全体の異世界は解ける」


 静かな怒りを籠らせた、震えながら説明を行うソラの言葉は、車内の乱闘を制止させていた。


「僕を殺そうとした人は、悪くありません。隊長さん、罰則とか与えないで下さいよ」

「なっ……あり得ません! 恩人を殺害しようなどと!」

「あり得ないことなんて、あり得ないんです! 例え東京中の人々が、こぞって僕一人を殺そうとしたって、皆には正義があるんだ。

 さっき隊員さんが口にしたように、自分の命だけを守りたいばかりじゃないんだ!

 どんな不幸も悲劇的状況も、理由あっての事象なんだ。だから言うなれば──」


 この不幸は僕のものだ。ソラは電気の通わない道路上の闇へ言葉を落とした。


「君は守ろうとしただけだろう!」

「……そこだけを切り取るわけにはいかないんです、水髪さん」

「……何?」

「そうやって美化するだけ美化して美談で終わらせようなんて、そんなことはやっちゃいけないんだ。

 僕は堕落の先で魔法を手にした。お披露目する機会を得られたと一時、魔王に感謝の気持ちまで持った。そんな歪んだ僕が、自ら首を突っ込んだことなんです。

 その僕がどんな目に遭おうが、それは僕の責任です」


 水髪は言葉を失うと、拳の中にジレンマを強く握りしめた。

 そして腰元から一丁の小銃をむしり取ると、ふわっとソラへ放った。


「……え?」

「餞別だ。弾はそっちで用意できるだろう」

「…………超が付くほど違法的な行動じゃないですか?」

「あはは。君は人の心配ばかりだな。じゃあ君が奪い取ったことにしておいてよ」

「目撃者多すぎますよ」


 会話に反応して隊長がソラへ敬礼を送った。


「魔法使い殿、銃を奪うなどお止め下さい!」


 ソラの目を点に変えて、僅かに感嘆を零した。


「は……はい?」


 相次いで、「銃の返却を要求する!」という声が輪唱した。

 言葉と行動は真逆であり、言葉を発した者、全員が厭らしい笑顔だった。

 そればかりか、ソラに牙を向こうとした隊員も含め、全ての隊員がソラへ敬礼を行い、姿勢正しく車内に立っていた。

 ────人間は直ぐに模様を移り返る。本当の悪も、本当の善も、何処にも存在しないのではないだろうか。

 だからこそ愚直に人に信頼心などを抱くべきではないと、過去のソラは人間との関りを断った。


「──しかし、嗚呼……だからこそ……僕は人を嫌いになれなかったのか……」


 人間好きの自分嫌い。

 自分に下していた筈の自己評価を再確認する。星都ソラから善悪の区分けに対する興味が失せたのだった。

 ──護送車を飛び出し、満月に黒いマントが舞う。

 その下でソラを見つけた国民から罵声の声が次々に上がる。


 自分を捉えよう、殺めようという意思を持った言葉に交じって、近くにある小物を手に取り投げつける者も居る。


「──僕は誰も……憎まない……」


 誰にも聞こえない──自分の胸に渦巻く闇との葛藤心に勝利した言葉を、密かに夜へと零し、魔法使いは再び剣で宙を切り裂いて飛んだ。

 四度目の異世界化が終わった六月二三日は、そのまま最終決戦の場へと移ったのだった。


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