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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
秋葉原編
15/20

3-4 FPSの秋葉原

 四度目の異世界化。古城と魔王が現れたことを前半とするならば、街に死霊が放たれた後半部分は一五分の時間が経過していた。

 異世界化の影響により電力を失った秋葉原は暗闇の深くに潜り、 唯一の灯りは皮肉にも魔王が作った古城だけが、煌々とその身を輝かせていた。

 一度は城を脱出した特殊警備隊の男たちは、暗闇の深さのあまり街中での戦闘は困難であると判断。所持する飛び道具の命中精度を上げる為には、灯りが必要であると再度、城に集合する姿を見せていた。


「我々は、まるで蛾でありますな」


 古城の灯りを求めて集った隊員の長、隊長が銃越しにゾンビを見つめながら言った。

 言葉を受け取った、他の隊員たちとは違う小さな黒い銃を握る水髪が、苦笑して同意を頷いた。

 彼の残弾数は、残り一発だった。

 元々少なかった残弾を温存しながら戦ってきた彼より先に、何人かの隊員の銃弾のほうが先に切れた様子で、肉弾戦で応戦に臨む者がちらほらと見受けられる。

 幸い、今のところは死者は出ていないものの、時間の問題であることは明らかだった。


 後方に空いた穴、入り口の木門の出入り口二箇所を守り、籠城する黒い集団へ向けて灰緑肌の死霊は、ゆらゆらと近づいて来ては鋭利な歯を突き立てようとしてくる。

 弾が切れた隊員は、ゾンビの攻撃を躱しながら所持していたナイフで斬りつけていく。

 そうやって肉弾戦模様は加速していく。最早、風前の灯だった。

 その滅びかけている城へ向けて、魔王はトドメを刺しにかかった様子だった。


 ──ボスの出現。

 ゆらゆらと揺れながら近づくゾンビの隙間を、豪速で駆け抜けて来る。

 それは他のゾンビと大きさこそ変わらないものの、四つ足で地を走り、骨組みを感じさせない、ぶらんぶらんと首と腕を回転させながら迫りくる。

 ──入り口に固まるゾンビを吹き飛ばし、秋葉原の主は登場した。

 金色の髪を、頭部高い位置で二つに分けて結ぶ。灰緑肌の皮膚は破れ、真っ黒な血を流し、常に斜めに折れ曲がった頭部が見つめる瞳は、二つともない。

 土と血で汚れたメイド服を召して、ボスは城内へ堂々と侵入した。


「何か……凄いのが現れたぞ!!」

「弾が残っている者! 撃て! 撃て!」


 ガガガガ──!!

 銃声が城内に響き渡る。弾は高防御の壁に当たって跳弾を繰り広げたり、他のゾンビに命中したりと、ボスは弾を四つ足移動で躱している。


「は、発砲辞め! 跳弾するぞ!」


 ボス壁に、両手両足を着いて駆け回り、停止しない体当たりを繰り広げ、味方であるゾンビも特殊警備隊の男たちも、なりふり構わず吹き飛ばしていく。


「当てられん……!!」


 隊長が銃を構えながら、動き回るツインテールのボスに照準を合わせようとするも、目で追うだけで背一杯であり、残り少ない弾を当たるかどうかもわからない状況で撃つのかと思うと、躊躇いが引き金を引かせなかった。

 ──ボスは壁伝いに城内を何周かすると、直線的に水髪へ向けて駆け出した。


「刑事殿!」


 隊長が危機を知らせた大声に、水髪は片手で銃を握り、真っ直ぐと前へ伸ばした。


「自分がやられても……最後の一発を至近距離でぶっ放してやる……!!」


 左手の手先を広げる。

 自分の身体に当たった瞬間に、ボスの身体の何処かを掴み、引きずられながら頭部に一発を叩き込む。

 刹那の間で、そう算段を立てた水髪は、必然的に死の覚悟も胸に宿した。

 目前にボスが両手を広げ、血の滴る口が大きき開かれた姿が迫る。

 緊張が強く込められた水髪の左手に、力が込められた瞬間──目の前に何本かの剣が降り注いだ。

 片手剣の数本が水髪とボスの間へ割って入る。


 水髪の死の覚悟は、魔法使いによって無駄に終わった。


「──ちょっと待ったぁああああ!!」


 叫びながら星都ソラが、木門の天井に近い上部付近から剣に乗って現れた。

 ドッドッドドドドドド──!! と、城内の床に大量の剣が刺さっていく。

 気付けば城内には、いくつかの防護壁が複数の剣によって敷かれていた。


「──FPSの基本、其の一!! 強ポジ取り!」


 乗っていた剣を地上付近に持ってきてから、両足で蹴りフロアへ飛び降りる。


「ソ……!! ──魔法使い君!?」

「フロアには隠れ蓑になるような物が、いくつかの柱しかありませんでした!

 剣の両刃を切れないように生成したので、それに隠れながら発砲して下さい!」


 城内で応戦する隊員に向けて、ソラは白い手袋の施された腕を伸ばしながら大声で指示を飛ばす。ボスは腐敗した人型の獣といった装いで、壁に四つ足で張り着いたまま、ソラを見つめ警戒している様子である。

 ──水髪は命を救われたことなど、どうでも良いといった風で、やや苛立ちを見せながら、ソラへ食って掛かる。


「君は……!! 君がマツさんと連携して魔王を捕まえなければ、被害が東京都規模に広がる! 死者はもっと増えるんだぞ!」

「五月蠅い! 黙って! ごめんなさい!」

「え……えぇ?」


 眼帯のない右目を湾曲させて温かく微笑むとソラは、「僕、子供なんですよ」と言った。


「状況説明をお願いします!」

「ったく!! あの壁に張り付いてるのが現れてから劣勢さが増した!

 動きも早いし、とても銃なんて当たらない!

 城内では死者こそ出てないけれど、あいつが繰り出す単なる体当たりで怪我を負ってる隊員続出してるし、弾も底を尽きかけてる! 圧倒的不利な状況だよ!」


 眼帯越しに壁に張り付いて、首の骨をぶらぶらとさせている異形の魔物を見てソラは、「ボスだ……」と呟いた。


「水髪さん……残弾いくつですか?」

「一発だよ。掴まれた瞬間、頭に撃ってやろうと思ってね」

「……それ多分水髪さんも無事じゃ済まないじゃないですか」

「まぁ……ね」


 ソラは天井を見上げる。玉座の真上、城内後方の天井に、今までなかった筈の穴が空いたことを目視すると、ソラは魔法陣を広げる。


「な、何するの?」


 戸惑う水髪を他所に、ソラは十数本の剣を出すと、それを空中に階段状に寝かせ、穴までの導きを作った。


「──FPS基本、其の二! 高所は基本的に有利!

 皆さん! あの階段状の剣は切れません! 夢夢が天井に穴を空けてくれたので、剣を昇って城の上に出て下さい!」


 人一人通れる穴からであれば、敵の侵入を狭めることができる上に、銃での攻撃も照準が絞りやすい。少ない銃弾を有効に使うことができる。

 その意図を汲み取った隊員たちが、こぞって剣の階段を昇り始めた。

 ソラは城内に残り、階段の麓を覆うように魔法陣から炎を広げる。

 炎により守られた剣の階段によじ登った隊員たちを、平に作られた古城の屋上と、満腹に苦しむ夢夢が横たわって出迎えた。


 全ての隊員とソラが屋上へ出て、弾を残した隊員が穴を守るように屋上からフロアへ向けて発砲を繰り返す。

 このまま残り四〇分近くをやり過ごすことも可能かもしれないと、面々が抱いた希望を打ち砕くように、ボスは外壁を昇り屋上へ現れた。


 満月の下、折れた首を揺らしながら、うめき声なのか笑い声なのかという奇声を発しながら尖塔の先端に四つ足をついている。

 それでもアイツさえ倒せば安全を確保できると、隊長が皮を切って連射式銃を発砲した。

 当然の如く迅速な移動で其れを躱すと、ボスは平な屋上へ降り立った。

 秋葉原中に配備され、そして光りを求めて集まった、一〇〇は居ようかという隊員たちが、たった一匹のボスを前に、顔色は絶望に染められる。


 その群れを割って、ソラがボスへ駆け出しながら、二本の剣を躍らせた。

 ──空振りに次ぐ空振り。時にはソラは自分を囮にして、剣の数を増やし魔王を捉えたように剣の牢で取り囲もうとするも、それも事前に察知しては空を切らされる。


 ボスが繰り出した豪速の体当たりにより、吹き飛ばされたソラの身体を、数人の隊員が、屋上から落下しないようにと身を挺して受け止める。


 ────魔法使いでも歯が立たない。

 思い知らされる現状に、隊員の顔色は更に暗い夜へと沈んでいった。


「──だ、大丈夫か!?」


 苦痛を浮かべるソラへ、水髪が駆け寄る。


「……水髪さん、一発だけまだあるんでしたよね?」

「あ、あぁ……あるけど……」

「──僕に撃って下さい」

「……はぁ!?」

「お願いします! 早く撃って下さい!」

「魔法使いが自殺すれば異世界化を一旦行わないってやつか!? 今更自殺したところで、魔王が見ているわけでもないだろうし、それで交渉が成り立つわけがないだろう!」


 怒鳴りつける水髪の元へ、ソラの左手が差し伸べられる。


「──死にません。僕も、水髪さんも、皆さんも」

「じゃあ何故撃てだなんて……!!」

「左手を撃ちぬいて下さい」


 それで勝てますから。ソラは苦痛で歪む身体を震えさせながら弱々しく言った。

 正反対の強い光りに満ちた片瞳に、水髪は言葉を呑んだ。


「……凄く、痛いよ?」

「……はい。必要経費です」

「……魔王も大概だけど……君の頭の中も相当なもんだなぁ……」

「あはは……お願いします」

「……信じていいんだね?」


 はい、とソラは強く頷いた。

 手袋をしたままでは危険だと、外すことを水髪が促すとソラは手袋を外して夜空へ照らすように伸ばす。

 水髪はソラの左手の平の中心へ向け、僅かな隙間を空けて銃口を突き付けた。

 痛みが身体を震わせるものの、水髪が見たソラの指先は震えていない。

 ────恐怖していない。

 水髪はソラの覚悟を感じ取ると、銃をカチリと鳴らし──パァアアアン!! と、銃声を満月へ響かせた。


『ン』と、奥歯を強く噛み殺し、絶叫を上げないままのソラの悶絶が、銃声の余韻の中に木霊した。


 ──ソラの左手の皮膚を歪に破り捨てたように、ぽっかりとした紅い穴が空いた。

 僅かな返り血が、水髪の顔を覆う黒い布の隙間を縫って、鼻先にピッと付着した。

 魔法使いの奇行に言葉を失った面々と、絶叫を堪えていた魔法使いが、暫し屋上に沈黙をもたらした後、「────っつぁあああああああ!!!!」と、ソラは咆哮を響かせた。


「はは……アハハ……ははぁアハハハ……」

 絶叫後、苦痛にゆらゆらと身体を揺らしながら、ソラは禍々しく笑い、弱々しく右手をボスへ向けて伸ばす。

 攻撃を予測してか、ボスは幾つかの尖塔と屋上を走り回り、照準を合わせることを難しくした。


「っだぁああああ痛い!! 凄く痛い! けど憶えたぞ! 記憶した! 体験を……済ませたぞ!!」


 ──体験を具現化する魔法。

 そのルールに乗っ取り、ソラは左手の平に味わった銃弾ならではの痛みを身体に刻む。

 脳内ではゲームセンターでのレベル上げに行ったガンシューティングアクションを呼び起こす。


 右手先に魔法陣が広がると、ソラはそこで魔法を止めた。止めざるを得なかった。


 ────銃。銃の仕組みを知らない。

 その感覚が無ければ、銃本体を生成する魔法は完成しない。


 ソラは後ろを振り向き、呆けて見つめる水髪に、先に謝罪をぶつけた。


「ごめんなさい! 借ります!」

「え!? は!? ちょ、もう弾ないよ!?」


 ソラは奪い取った銃を掲げる。想像力の生成をやり直す。

 左手の激痛。焼かれるような歪な円形から生まれる痛み。空洞状で露わになった傷口に触れる、風が起こす二次的な痛み。左腕から旋毛や爪先にまで流れる神経痛。

 加えて──銃を画面外に一振りすると、勝手に補充される銃弾。ゲームセンターでプレイした空想的銃の取り扱い。その全てを掛け合わせる。

 ──ソラが握るニューナンブM60の銃口先に、魔法陣が現れる。


 ソラがそれをふっと一振りすると、本来シリンダーに込められる空洞に、白紫に発光する銃弾が込められていた。


 忙しく動き回るボスへ、後を追わせないままに銃口を真っ直ぐと伸ばす。


「ちょ、あ、当たらないでしょ!?」

「水髪さんゲームしないから知らないでしょうけど……ゲームセンターの銃って……撃ったらもう当たってるんですよ!」

「は……はぁああああ!?」


 ソラは勢いよく引き金を五回弾いた──と、明らかに偽物の銃で撃ったような、やけに重たくゲーム音らしい銃声音が五回鳴る。同時にボスの奇声が響き渡る。

 

「グルルゥァアアアアア──!!」


 ボスの身体に五つの小さい穴が空いた。 

 撃たれたツインテールゾンビの傷口が、心なしか白く発光している。火薬の匂いはない。


「……やっと当たった」

「……グ……ゥウウ……ア……ァアア……」

「一応ゾンビだし……防御力は低いと踏んだ。思った通りイケミミズクの攻撃力を乗せた銃弾で、十分攻撃は通ったけど……まだ殺せないか……」


 ボスは屋上で悶え苦しみながら、這ってソラへと近づいて来る。

 ソラは銃を一振りして、銃口にくっついて離れない魔法陣が、ぼわんと一緒に振られるとシリンダーは発光する弾で一杯になった。


「……FPS、基本其の三。ヘッドショットを心掛ける……か。

 くそ……魔王め……人型なのが胸糞悪いよ……」


 ソラは愚痴を飛ばしながら、引き金を弾いた。

 ──ガウゥン!! と、ニューナンブM60が出す筈のない音が響き、ボスの額が白く発光した。

 頭部に穴を空けたボスは、それっきり動く様子を見せなくなった。

 

 ──満月に照らされた薄暗い闇に、野太い歓声が響き渡った。

 ソラは大の字になって屋上に寝転び、その横で連携を取った夢夢がボスに近づき腰をフリフリさせて綿夢を取り出している。


「あー……なんとかなった……」


 夢夢の作業が完了すれば、街に蔓延る死霊と共に古城も消えると推測される為、全員が迅速に城から降りた。それを指示したソラもまた、相棒に別れを告げ、水髪に背負われ剣を下る。

 やがて夢夢の作業が完了し、秋葉原には満月を霞ませるほどの灯りが帰還する。

 愛らしい獏の姿も、白黒の扉の向こうへ消える。


 護送車の中で、負傷した左手の簡易治療を受ける少年へ、水髪が声を掛ける。


「もしかして……銃の扱い慣れてるの?」


 それは少し取り調べのような口調だった。


「違いますよ。ゲームセンターで万札五枚分ほど、一〇〇円玉を投入し続けたんです」

「……いくらゲームで練習したって……この面々が一発も当てられなかったのにねぇ」

「渋谷のゲームセンターに設置されてるガンシューティングのハイスコア履歴、見てみて下さい」

「どういうこと?」

「SORってのが僕です。何処の店舗も一番上にありますよ」


 ソラは疲弊しきった装いで、自慢げになることもなく淡々と言った。

 それ以上の問い詰めを諦めて、刑事は呆れて笑った。


 ──既に連絡を受けた松平が魔王の足取りを追い、この日の異世界化にて死者数は正真正銘の零だった。

 人間側は、取られた先手を覆すほどの戦果を手にして、四度目の異世界化を終えたのだった。


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