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月夜と軍靴と港街:4



 -§-



「……”書架の塔”が占拠されているとは、どういう事でしょうか」


 背には柔らかな革張りのソファの感触。自らの体重をゆったりと受け止める、高級な誂えのそれとは正反対の硬質な声色を意識的に保ちつつ、ラムスは目の前の男へ切り出した。


「そ、その話を……どこで?」


「ここに来る途中、街中でそんな噂を聞いたのですよ。それで、真偽の程を確かめようかと。……何があったのです?」


「は、それは……そのですな、込み入った事情がありまして……」


 そして、ラムスから追及の刃を突き付けられた初老の男は、必要以上にへりくだった態度で応じる。曖昧な笑みと、下がった眉尻。禿げ上がり、皺の寄った彼の額、室内の灯りを照り返しながら、じっとりと冷や汗が浮かんでいる。


 歯切れの悪い返答に、ラムスは分かり易い渋面を作って見せた。普段からその手の表情はむしろ標準に近い彼である。演技というにはあまりにも自然であり――実際、内心の苛立ちが素直に表れただけだろうが――対面した初老の男は顔を引き攣らせた。


「事情とは」


 鋭く研ぎ澄まされた短刀の如き、端的な問い掛け。誤魔化しは許さぬという意思を塗り付けたそれを受け、初老の男は苦し気に表情を歪ませた。そこから数秒程、もごもごと口を動かしながら呻いていたが、やがて意を決したように頭を下げると、


「いえ、本当に下らない、極々内輪での事が原因なのです。しかしその分、私共も却って対応に苦慮しておりまして……。今日も役員たちを集め、何度目かになる会議を行っていたのですが……」


「我々の上陸許可が遅れたのも、それが原因と」


「は……全ては私どもの不徳といたす処、誠に申し訳なく……」


 初老の男は顔全体に「恐縮」の感情をまざまざと表しつつ、上等な仕立てのスーツの胸ポケットから、やはり金糸の刺繍が施されたハンカチを取り出して額の汗を拭った。その間にも二度三度と首を垂れつつ、精一杯の謝罪と恭順のポーズを示し続けている。


 しかし、結局「事情」の内容については口を閉ざしたままだ。余程の失態なのか、それとも一言では言い合わらせない様な複雑怪奇な事態が実際に起きているのか。そもそも、街の庇護者にも等しい『ゲルプ帝国』が遣わした軍人、それも騎士に対して何故こうも頑なになるのか。


 内心に疑念渦巻くラムスは、ちらと、傍らに直立不動で控える自分の副官へ目配せをする。まだ二十代後半の年若い彼は、肩を竦めてからの首肯で応じた。どうやら、嘘は言っていないらしい。


 この副官は他者の内心を読み取る技術に長けており、その観察眼の前ではラムス自身でさえ多大な集中力を用いねば心を隠し通すのが難しい程である。今回も信頼して良いだろう。

 尤も、現状では虚偽を盛り込める程、会話が進展していないとする方が正確なのだろうが。


「と、ともかくですな、それよりもまず実務的な話を致しましょう。本日、そちらからお持ち頂いた物資類の確認と、今後の取引の打ち合わせをさせて頂きたいのです」


 ラムスの無言を一先ずの納得と受け取ったのか、初老の男は急に早口で捲し立てた。明らかにはぐらかそうとしている。目つきを鋭くするラムスに、初老の男は「おお、そうだ!」と急に手を打つと破顔。


「そう言えば、先日珍しい物が手に入ったのですよ。なんでも、()()()()()の方で飲まれているという飲料でしてな。外見は黒々とし、更に炭酸が入っているので泡立っていて不気味ですが、独特の香りと刺激が心地好く……。なにより、脳天が突き抜ける程甘いのです。天然の砂糖が使われていましてな。甘い物が嫌いでなければ、是非……」


 結構だ、とラムスが制する寸前、初老の男は侍従を呼び付けて「珍しい飲料」とやらを注文してしまった。急ぎ足で駆けていくフリル姿の少女を見送り、初老の男はなんともわざとらしい笑顔を見せつけて来た。


「宜しければ、何かツマミも用意しましょう。上等のチーズがありますよ、『アックア公国』から取り寄せた物です。あとは、そうですな、ハムの良いのが……」


 あれこれと高級品の名前を並べ立てる初老の男から視線を逸らし、ラムスは眉を寄せ、溜息を吐いた。見れば視界の端、副官が苦笑している。咎めるつもりで睨み付けると、一層彼の笑みは濃くなった。彼もいい加減に辟易しているのだろう。


「……やれやれ」


 思わず独り言ちる。よもやこんな事で時間を取らされる事になるとは……。



 -§-



 現在、ラムスが居るのは『マドレッター港街』の「中央区」に建つ港務局、その応接室である。

 『マドレッター港街』からの上陸許可が下りた後、ラムスは到着の挨拶と輸送物資の受け渡しに関わる連絡、そして彼自身が帯びた「”書架の塔”の調査」という任務内容についての許可と打ち合わせを行う為、副官を供としてここへやってきたのだ。


 ついでに、手の空いていた兵には休息の許可を出してある。今頃は酒場へ繰り出し、軍務の鬱憤を思うがままに晴らしている事だろう。一応は「羽目を外し過ぎるな」と釘を刺しておいたが、なんらかのトラブルが起きた時の事を考えると俄かに頭痛がしてくる。


 一方で”陸上船(ランドシップ)”の警備に関しては、バッハと彼の部下達が守りに就いている。彼らには事実上街での休息が与えられない事になるが、バッハ曰く「私達は先にお楽しみを頂いているからな、こうせねば不公平だろう」との言。

 実際、現在の警備任務に割り当てられているのは、格納庫での酒盛りを行っていた面々である。これを見越しての采配であるならば、確かに兵の不満を抑えるのには合理的だ。


 酒に酔った兵がそのまま適当な仕事をすれば問題だが、『ゲルプ帝国』には《神経覚醒》の”帝式魔技(スタンダード)”が存在する。多少の酔いや眠気はこれ一つで解消出来る為、兵のコンディションは心配ない。


 また、任務となればバッハは手を抜かぬ性質である事をラムスは知っている。常日頃から「嘘は苦手」と豪語する彼は事実、一度口に出した事は徹頭徹尾守り抜く。そんな彼が「任せろ」と言った以上、長年の付き合いを持つラムスはそれを信じるまでだ。


 それに緊急時には《遠隔会話》での状況共有が出来るのだし、なによりかつての戦乱でその名を轟かせた”六帝剣”の一人、バッハ・アーベライン将軍が守る船を攻める様な輩が出れば……逆にそちらが地獄を見る羽目になるのは分かり切っていた。


 故に、ラムスに後顧の憂いは今の所存在しない。だが、よもや、面倒が出張ってきた自分に降りかかってくるとは思ってもみなかった。


 ラムスは再度、正面に腰かける初老の男を見やる。彼こそがこの『マドレッター港街』の港長であり、ラムス自身も、今までに任務の際、何度か顔を合わせた事のある相手であった。


 ……思い返してみれば、この港長の腰が低いのは何時もの事である。しかしそこは曲がりなりにも長年に渡り『ゲルプ帝国』の経済と貿易の一端を担ってきた『マドレッター港街』を統括する立場の人間。普段ならば――社交辞令と歓迎品の趣向がやたらと過剰なのは毎回そうだが――無意味な事に時間を費やしたりはしない。


 それが、ここに来て「会議」とやらで物資の積み下ろしを滞らせ、その原因に付いても語ろうとしない。下手をすれば信用問題となりかねず、それは今後の『ゲルプ帝国』との付き合いにも影を落とすだろう事は、港長自身も理解している筈なのだ。


 どうしたものか。丁度、侍従によって運び込まれて来た飲料やツマミの数々がテーブルに並べられたのを見つつ、ラムスは思考する。今ここで無理矢理港長を問い詰め、口を割らせる事は簡単である。しかし、それにリスクがない訳でもないのだ。


 『ゲルプ帝国』と『マドレッター港街』は、単純な庇護・被庇護の関係ではない。むしろ、戦乱の傷跡が完全には癒えず、各地には戦後の不安から生じた混乱が未だに残る『ゲルプ帝国』にとって、『マドレッター港街』とは絶対に手放す事の出来ない商業地域だ。


 『ゲルプ帝国』には他にも『プリュートナ城塞港』と『グリュバフ港街』の二大港が存在している。しかし前者は『クラースヌィ連邦』との戦いに於いては前線基地として酷使され、貿易港としての機能は現在大幅に低下した状態であり、後者はむしろ”帝都”へ向けての物資補給口としての性格が強い。


 『マドレッター港街』との関係が悪化するとは即ち、今後の『ゲルプ帝国』の外洋貿易に大きな停滞が生じる事を意味しているのだ。

 当然、後ろ盾を失う『マドレッター港街』側も無傷ではいられないだろうが、近年この港街は独自の経済体制を整えつつある。そもそも、大戦時に殆ど無傷の状態を貫き通し、各国との貿易を盛んに行って来たこの港街は、安定性・将来性という指標に限れば『ゲルプ帝国』以上とすら言える。


 この港街との関係を強固に保ちたい外国勢力も数多存在する。近年、着実に国力を引き上げつつある『イグルスタ合州国』などはその最たる例だ。彼らの資本が本格的に持ち込まれれば、『ゲルプ帝国』の優位性はがくりと落ち込むだろう。


 最悪、港街が独立を表明し、一つの経済国家として存在する様になれば『ゲルプ帝国』は大幅な負担を抱える事になる。かと言って武力をチラつかせての統治は、長年続く信頼関係を決定的に決裂させる悪手以外の何物でもないし、実際にこの街を焼き払う可能性に至っては……自殺と同意義だ。


 杞憂にも程がある、大袈裟だ。そう楽観視出来る程、ラムスは刹那主義者ではなかった。なにより、自分は騎士であると同時に、今この場に於いては”褐色皇帝”の代理人でもあるのだ。その顔に泥を塗る様な事、そして『ゲルプ帝国』の積み上げた成果を自らが崩す事……到底許容できるものではない。


「ささ、どうぞどうぞ。これが先程話した”コーク”というものです。氷をたっぷりと入れて飲むと、夏の暑い日などには極楽に居る様な気持ちになれますぞ」


 ラムスの苦悩には終ぞ気が付かない様子――それが意図的な物かは分からない――の港長は、なんとも嬉しそうな表情で、例の”コーク”の瓶へと手を伸ばした。彼はそのまま、手ずから”コーク”をグラスに注いで見せる。


 ラムスが視線を向けてみれば、成程、葡萄酒を煮詰めてもこうはならないだろうという程の黒々とした液体がそこにあった。趣は黒ビールに似ているか。角の取られた氷がたっぷりと入れられたグラスに注ぎ込まれた”コーク”は一気に泡立ち、グラスの縁まで褐色の泡を膨らませる。


「褐色……」


「そうです、この黒は褐色が凝縮した物なのです。『ゲルプ帝国』という国にはぴったりでは?」


 そんな事を嘯く港長に、ラムスは思わず罵声を上げそうになった。外国の、それもよりにもよって将来の商売敵になり得る相手の商品を、帝国に当て嵌めて捉えるなど言語道断だ。

 無論、港長が悪意や皮肉を以て発言した訳でないのは理解できている。外国との取引を多く経験している彼が、珍しい輸入品の類をこよなく愛している事も。


 しかし、それとこれと感情は別である。ラムスはむかっ腹を堪え、差し出された”コーク”のグラスを渋々手に取り、一口含んで――その強烈な甘さと炭酸の刺激に胃を痙攣させかけ――なんとか飲み下した。わざわざ提供された物を無視する訳にも行かないからだ。


「……結構なお味で」


 ようやくそう言ってから、残りは副官へと差し出した。受け取った副官は喉が渇いていたのか、躊躇わずに飲み下す。どうやら彼の口には合ったらしい。港長はニコニコとしている。こちらの怒りが収まったとでも思っているのだろうか。


 ラムスは”コーク”の刺激も相まって、胃の辺りに鈍い痛みを覚えた。やはり、この男を問い詰めて口を割らせてしまおうか? 聞いてみれば大した事ではないのかもしれない。


 しかし、万が一にも『マドレッター港街』の重大な問題が潜んでいたら事だ。特に『ゲルプ帝国』以外の他国が絡んでいる場合、情報を聞き出す事自体が外交問題を誘発する可能性がある。もし何らかの貿易取引を極秘裏に相談しているのだとすれば、『ゲルプ帝国』の介入は強い遺恨と不信を買いかねず、度が過ぎれば内政干渉だ。


 それとも例えば、密輸や関税の中抜き等の、汚職絡みだとすれば……。


「……無理に切り開いて、噴き出た膿が彼方此方に飛び火しては、ただでは済まんな」


「海? ええ、この街の一番の自慢ですよ、海は。雄大な帝西海へ沈む夕日はまさに絶景というべきです」


 ラムスが小声で放った独り言を聞き間違えた港長は、すっかり上機嫌となってそんな事を語り始めた。完全に最初の問い掛けを逸らす事が出来たのだと、安心しきった表情である。ラムスは何度目かの嘆息。


「こういう事は、実際、バッハの奴の方が得意なのだがな……」


 誰にも聞こえないよう、口の中だけでその言葉を転がし、思う。


 あの豪放磊落な将軍は、案外この手の駆け引きに強い。持ち前の愛嬌と強引さで、相手の興を吊り上げつつ肝心な情報をいつの間にか聞き出していたりするのだ。こればかりは年の功だろう。


 ……いや、それだけではない。


 或いは、女性としての幸福も約束されていた筈の平穏な生活も投げ捨て、”帝都”の守護に全身全霊を掛けて取り組んでいる”帝都騎士団長”マリア・ヴェヒター将軍の様な、正々堂々とした態度と誠実で率直な人柄、そこから生まれる敬意に満ちた統率力が。


 或いは、前大戦に於いて『ゲルプ帝国』が最大の被害を被った過酷な撤退戦の中、仲間達の為に自ら望んで殿を務め上げ散ったベルツ・フライハイト将軍の様な、死をも恐れぬ勇気と愚直なまでの友情、常に皆を支え続けた朗らかさが。


 或いは、その身に帯びた密命の為に名も顔も偽り、今も大陸の何処かをたった一人孤独に渡り歩いているだろうヨハン・ツィーレン将軍の様な、鋼にも勝る精神力と忠義心、そしてそれらを最大限に発揮出来るだけの周到さと巧みな技が。


 ……そして、或いは、もう一人。己の同期にして、常に技を競い合った好敵手にして、結局本当の意味で勝利する事が叶わないままに姿を消してしまった()()()の様な、目指す物の為にどこまでも真っ直ぐ歩み続ける意思が。


 そんな、”六帝剣”の他の皆が持っていた様な長所が、少しでも自分にも備わっていたのならば、もう少し色々な事が上手く行くのだろうか。


「……フン、この歳になってまで、ないものねだりか。……情けないな」


 あまりに益体もない事を半ば本気で考え、ラムスはそこはかとない劣等感に苛まれる。旧友から向けられた「お前は真面目過ぎる」という言葉が今更ながらに身に染みた。

 流石にあそこまで放蕩に身を浸すつもりはないが、彼の様な泰然とした態度は齢五十を重ねても、終ぞ身には付かなかった。言われずとも部下に嫌われている自覚はあり、その原因が自分の態度にある事くらいは分かっているのだ……。


 想いを振り払う様に頭を振り、そこでふと顔を上げてみれば、港長がチーズやハムを肴に”コーク”を呷りご満悦であった。彼はこちらの視線に気が付くと、少しばかりバツの悪そうな顔を浮かべて、口を開いた。


「では、そろそろ真面目に、我々の仕事を始めましょうか――」



 -§-



 ……結局、そこから数十分程かけて実務的な話し合いが行われる事となった。内訳としては今までに何度も繰り返した事の再確認と、次回の物資輸送に関しての簡単な取り決め程度の事である。


 ラムスは一旦気持ちを切り替え、それらのやり取りに集中して臨んだ。港長もこの時ばかりは熟練の商人としての顔を覗かせ、滞りなく必要な話し合いを済ませていく。無駄もミスも介在しない、正確に算盤を弾くだけの時間が流れていく。


「――では、次回はその様に」


 やがて全てのやり取りを終えてから、港長は大きく頷いた。書面での契約も含め、不審な点や大きな数値の誤りなども見受けられない。これにてまず、ラムスが仰せつかった公的な任務の一つは、無事に完了した。


 肩の荷が多少は軽くなったラムスは、長時間の話し合いで強張った肩と首を回しつつ立ち上がる。その対面側で港長も立ち上がると、仕事を終えた充実感と安堵に満ちた笑みをラムスへ向け、言う。


「さて、これ以上の話し合いは蛇足というものでしょう。日もすっかり沈んでしまいましたし、お帰りがこれ以上遅くなってしまってはいけません。……おい、ラムス・シュレーダー将軍を丁重に見送って差し上げろ」


 どうやら港長はここで完全に話を打ち切るつもりらしい。彼は控えていた侍従を呼び付け、書類を纏めながら帰り支度を始める。ラムスは焦りを覚えた。肝心の”書架の塔”の現状について、今の所一切触れる事が出来ていないのだ。


 話し合いの最中、何度かそれとなく”書架の塔”についての話題を振ってみはした。しかし、港長はその度周到に話題を逸らし、畳み掛ける様に実務の話を盛り込んできたので、ラムスはその対応に終始させられる事になってしまった。


「いや、本日は実に有意義な話し合いが出来て何よりです。ああ、もしよろしければ、是非お土産でも……」


 にこやかに語り掛ける港長に形ばかりの謝辞と握手を交わしつつ、ラムスは場が収束しつつある現状に激しい焦燥感を募らせていく。


 どうする、今からでも食い下がるか? いや、今更そうした所で、先程と同じ様にはぐらかされるのがオチだろう。第一、現時点ではあくまで”書架の塔”に関わる嫌疑とは、街中で小耳に挟んだ「噂話」を元にする物でしかない。


 港長が何かを隠しているのは事実だろうが、もしも中途半端な追及の反撃に「内政干渉だ」と居直られれば、それ以上を聞き出す事は殆ど不可能となる。現時点で強硬な態度に出るには、あまりに証拠が不足しているのだ。


 現状、場の主導権は完全に港長の側にある。機を掴み損ねたとラムスは歯噛みしつつ、どうにか追及の糸口がないかと思考を高速で回転させる。


 物資輸送任務など、そもそも”六帝剣”たる将軍がわざわざ出向くまでもない。これではただの使い走りだ。一体、何の為にわざわざここまで来たのか……? 決まっている、忠義の為だ。今までの人生で受けた大恩に報いる為だろう。


「……ああ、それ以外に、何がある」


 ここに来てラムスは、秘かに覚悟を決めつつあった。即ち、自分の首を掛けて”書架の塔”へ秘かに潜入するという考えである。そちらが何も話したくないのならば構わない、こちらで直接確かめるという、あまりに強引が過ぎる行動だ。


 そんな行為が露見すれば、港長は当然『ゲルプ帝国』に猛抗議を行うだろう。”褐色皇帝”の名誉は大きく傷つけられ、”六帝剣”の名には「コソ泥」という拭いようもない汚泥が被される。ラムス自身もただでは済まない。騎士位の剥奪程度で済めば御の字、将軍という地位にある者だからこそ、処罰には慈悲がないだろう。


 だが、私は、皇帝の命を受けてやって来たのだ。それをみすみす、状況も碌に掴めないまま、商人風情にはぐらかされて終わりなど……絶対に認められない。彼の面前で「期待を裏切り、忠義を偽りとし、使命を果たす事無く帰参しました」などと、口が裂けても言えはしない。


 ラムスの不穏な気配を察したのか、副官が表情を強張らせた。それにラムスは努めて平坦な無表情を返したが、恐らく年若い彼は上司の胸中を察したのだろう。小声で「どうか冷静に」と告げるが、ラムスは既に激発寸前であった。


 何も知らぬ港長が寄越した侍従が近付いてくる。ラムスは頭の中で、今後の予定をシミュレート開始。


 仕掛けるならば今夜の内だ。途中で侍従の送迎を振り切り、副官を言い含めるか黙らせ、”書架の塔”に単身潜入して、事実を確かめ、何事もなかったかのように帰還する。”陸上船(ランドシップ)”が停泊しているのは、東門の傍。つまり”書架の塔”のすぐ近くだ。距離的には近い。怪しまれる様な下手は踏まない。


 ……可能だ。


 ラムスはそう判断した。驕りでも虚勢でもなく、自身の能力を鑑みた上で”六帝剣”ラムス・シュレーダー将軍は決断した。してしまった。彼はこの後、己の使命を果たすべく全力を用いるだろう。その行動が取り返しの付かない過ちを生む可能性があったとしても、だ。


「さあ、では、この者が途中までの御送りを――」


 そして、にこやかな表情の港長がそう言った直後であった。



 -§-



「――手前、舐めてんのかッ!? ああッ!?」



 -§-



 突然、応接室の扉の向こうから凄まじい怒号が響いて来た。咄嗟に身構えるラムスと副官に対し、港長は急激に顔を蒼褪めさせる。その様子を、ラムスは見逃さなかった。


「今のは?」


「は、あ、いや……その……」


 しどろもどろになる港長が言うには、帝国軍と同じタイミングである”墓穴掘り(ディッガー)”の一党が『マドレッター港街』にやって来ていたらしい。その統領が現在上陸の挨拶に来ており、港長の部下が対応していたとの事だ。


 ラムスは直感的に、それが数時間前に目にした”爪土竜(ツメモグラ)団”であると理解したが口には出さず、代わりに更なる問いを投げかける。


「随分と荒れた様子ですが、何か問題があったのでしょうか?」


「い、いえ……どうしたのでしょうねぇ? 何分、チンピラの考える事など、私にはとてもとても……。ささ、あんな手合いに関わってはいけません。今の内に、どうぞ、お帰り下さい……」


 言いながら、港長はしきりにラムスを退席させようと勧める。彼の行動に焦りの色を見て取ったラムスは、ふと、唐突な閃きを得た。彼は怒声の聞こえてくる方へじっと視線を向けると、敢えて苦々し気な顔つきを浮かべ、口を開く。


「……いや、曲がりなりにも騎士たる私が、無辜の民が傷付けられんとしているのを黙って見過ごす訳には行きませんな。どれ、ここはひとつ、私が礼儀を弁えぬ無頼漢を懲らしめてやるとしましょう」


 そう言いながら早足で扉へと駆け寄る。慌てたのは港長だ。彼はぎょっと目を見開き、ラムスに後ろから掴みかかる様な勢いでその腕を掴んだ。


「如何なさいましたか、港長殿? なに、心配せずともあの様な者には遅れは取りませぬ。この建物に傷一つ付けることなく、追い出して御覧に入れます」


「い、いや……そんな事をしてもらわずとも、お気持ちだけで十分です……! さ、さあ! あの者は私共で何とかします、どうぞお引き取りを……!」


 最早必死の態度で港長はラムスを押し止めようとする。それはつまり、あの”墓穴掘り(ディッガー)”と自分が関わっては不味いという事に他ならない。ラムスは港長を振り払うとそのまま歩を進め、扉を押し開き、その決定的な言葉を耳にした。


「――だからよ、港長の息子に会わせろってんだよッ!! 知ってんだろ、俺とあいつが親友だってのはッ!! それがなんだ、あの”書架の塔”だかで妙な事やってるらしいから、確かめに行かせろってのがそんなに難しい事かよッ!? ああッ!?」


 叫んでいた禿頭の偉丈夫が”爪土竜(ツメモグラ)団”の頭目である事を、ラムスは知らない。しかし、彼が発した言葉の内容については、十分過ぎる程に理解出来ていた。


 ラムスはゆっくりと、背後へ向き直った。そこには全身を硬直させ、顔面蒼白となった港長が居る。


 ラムスは死刑囚の首に斧を振り下ろす執行人の様な面持ちで、静かに言葉を発した。


「……どういう事なのか、お聞かせ願えますかな? 今度こそ、全てを」



 -§-



20180903:誤字修正。

20180904:ルビの抜けと、一部文章を修正。”六帝剣”のメンバーについての情報を加筆、修正。マリアの家名を変更。

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