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月夜と軍靴と港街:3



 -§-



 ……大陸西端部、帝西海に面し、内陸から注ぐ川の終端地に小さな漁村が誕生したのは、実に今から三百年ほど前の事である。伝承に因れば、数匹の犬を連れ小さな船に乗ってやって来た二人の猟師が基礎を築き上げたとされているが、正確な事実関係は判然としていない。


 ともかく、海側へ蟹の鋏状に突き出した陸地と、それに守られて形成された平穏な湾という地形は、住民達がそこで漁を生業として生活していくにはお誂え向きであった。

 年月と共に、漁村は緩やかに、しかし堅実に発展していく事となる。そうして大陸各地から、また外海からも人や物資が集まるに従い、村は町となり、益々栄えていったのだ。


 『ゲルプ帝国』の領土拡大に伴って幾度か巻き起こった戦乱の中に於いても、この一帯が直接的な戦火に巻き込まれる事はなかった。当時の帝国は東征を優先としており、立地的に戦乱の主戦場とは正反対の方向にあった為だ。なにより、帝国にとっても外海からの重要な輸出入拠点でもあるこの地へ、むざむざ侵攻し焼き払う理由がなかったのである。


 やがて時は流れ、三代目の”褐色皇帝”が領土を今度は西へ広げていく中で、この元漁村――既に村という括りを軽く逸脱する程に発展していたが――に目を付けた。

 彼は、先代、先々代の強硬路線からは一点、国内統治に於いては融和路線を主として掲げていた。しかし、その一方で、胸中には後々の外洋進出という野望を秘めていたのだ。


 故に、まずは度重なる戦乱によって荒れた領土内の復興・再統治と、国力自体の回復を目指したのである。その為には拠点となる大規模な貿易港の獲得は必須であり、三代目”褐色皇帝”は恒久的な支援・庇護を条件に、このマドレッター川と帝西海の狭間に位置する港街へと、熱烈なラブコールを送りつけたのだ。


 結果、両者の間に契約は滞りなく結ばれる事となる。かつて小さな漁村であったそこは『マドレッター港街』と名を変え、今も尚、目覚ましい発展を続けているのである……。



 -§-



 白銀の騎士とその従者が共に『マドレッター港街』へ足を踏み入れた時、既に太陽は水平線の果てにその身を殆ど没していた。


 見上げれば、陽光を押し出す様にして夜が天を染め上げつつある。濃紺から薄緑色にかけてのグラデーションが広がる西空には、星の瞬きがぽつぽつと生まれ始め、その幾つかはパーツの欠けた星座を作り上げていた。星々に混じり、一際大きな銀の円形がほのかな光を放ち、天の支配者として君臨を開始する。


 港街へ差す夕陽の色は更に赤味を強め、同時に陰りは一層濃く一帯を覆い尽くしていく。本格的な夜の時間が、これからやってくるのだ。


 そんな中にあっても、この街の盛況はなんら衰えない。いや、むしろここからが本番だとばかりの活気が、『マドレッター港街』外縁部に形作られた新市街には広がっている。


 その中でもメインストリートとして利用される太い通りには、道の両脇にずらりと屋台の群れが長蛇の列を作り上げていた。等間隔で並べられた街灯が煌々と輝き、街を覆いつつある夕闇から市場を守り、照らしだしている。取り扱われているのは主に、仕事帰りの住民や、外部からやって来た旅人向けの食品類だ。


 この街で商売を生業とする者達にとっては、夕と夜の狭間に存在するこの薄暗がりの時間こそが書き入れ時なのだ。それを証明する様に、通りの彼方此方から、売り子たちの威勢の良い商売文句が飛び交っている……。


「――さぁ、見てくれ! 見てくれ! 安くて美味いよ! 遥々『トゥルーン・フジャーン』からやって来た珍しい果物だよ! この丸い実の中には甘くてジューシーな果肉がたっぷり! 今なら一籠に詰め放題で260ゴルトだ! 早いもん勝ちだよ!」


「――そこの旅人さん、夕飯はもう済んだかい? なに、腹が減っている? そうかい、それならウチに寄って来なよ! 帝西海で捕れたての鱈が、アツアツのフライで食べられるぞ! どうだいこの香ばしい香り、そこにウチ特製のソースをかければ絶品だ!」


「――おおっと、お勤めご苦労様です湾岸警備隊の皆さん! どうです、家に帰る前に仕事の疲れとストレス、ウチで解消していきませんか!? 冷えた麦酒に、焼き立ての腸詰(ソーセージ)! ザウアークラウトは食べ放題だよ!」


 その他、多種多様な呼びかけが一斉に発せられ、混じり合う事で一種の合唱にも似た不思議な音響が一体に生まれている。更に、その合間に犇めく人、人、人……。この市場へ集った群衆が生み出す喧噪が重なり合えば、正しく渾沌の二文字であった。


 当然、肩をぶつけ合ったり、足を踏み合う事でそこかしこで諍いの声が上がったりもする。しかし、それらは人の流れが強すぎる為に却って大半が大事には発展しない。と言うよりも、一々お互いを相手にしている様な余裕がないのだ。


 それでも、偶に我慢の限界を迎えた者同士で本格的な殴り合いでも起きようものなら、即座に極めて屈強な市場の警備員が飛んでくる。そうして、酔いと熱気に任せて狼藉を働いた者は速やかに引き離され、それぞれ何処かへと連行されていくのだ。


 一時途切れた人の流れは、数秒もせずにまた結合し、空白地帯は人だかりによって支配される。騒ぎが収まれば、また売り子たちは盛大に声を上げ始め、彼らの売り出す商品に心を惹かれた人々がそれを買い求めていく……。


 その繰り返しが、この場の全てであった。正しく、人の営みを一点に凝縮した現場であると言えよう。


「わぁ……」


 そんな、目の前に広がる光景に、ギンカは思わず感嘆と呆れが半々で籠った声を上げた。彼女は屋台から立ち上る匂いに形の良い鼻をひくつかせ、ぱっちりと開いた蒼玉色の瞳でぐるりと一帯を見回していく。


「すごい人混みですねぇ……お祭りでもやっているのでしょうか、主様?」


 興味深げな視線は、そのまま傍らに立つ白銀の騎士へと向いた。ギンカは、主の相変わらずの仏頂面を見上げると、首を傾げながら更に言う。


「主様と一緒にそれなりに彼方此方巡ってきたつもりでしたけど、ここまで人が大勢蠢いてるのを見るのは初めてです。なんだかこう、纏めて吹き飛ばしたくなりますねぇ……」


 目を眇め、懲りずに物騒な言葉を放つギンカを、白銀の騎士は白けた目で見降ろした。


「……諸共に屋台が吹き飛べば、晩飯にはあり付けなくなるぞ」


「嫌ですよぅ主様、私がそんな酷い事をする訳ないじゃないですか、あはははは。賑やかで良いですねえ、なんだか私も楽しくなって来ちゃいますよ、えへへへへ」


 先程の言い様から打って変わって露骨に好意的な態度を示すギンカ。あまりにもわざとらしい彼女の笑顔から眼を逸らし、白銀の騎士は東の空を見上げた。そこには、彼らが目指す”書架の塔”がある。


 街全体が暗がりに包まれていく中、他の建造物から飛び抜けて高く存在する”書架の塔”だけが、まるで夜闇に染まる事を拒絶しているかの如く、未だに全身を夕陽の朱色に染め上げている。


 白銀の騎士は無言で”書架の塔”を見つめた。その視線はむしろ「睨む」と表す方が正しい程に強い。ややあって彼は”書架の塔”から視線を外し、ごった返す人混みに向き合って……少し考える。


「……ここを通るのは、手間だな」


「良いじゃないですか、ゆっくり行きましょうよ主様ぁ。ほらほら、美味しそうな物が沢山ありますよぅ」


 既に食べ歩きの算段を立てているらしいギンカには答えず、白銀の騎士は頭の中に『マドレッター港街』の全貌を思い浮かべた。彼は事前にこの街の地図を暗記しておいたのである。


 『マドレッター港街』を上空から見下ろすと、全体の形としては海を口としたつぼ型の楕円が近い。帝西海へと注ぐマドレッター川と、そこから枝分かれした運河が街の中に放射状に広がっており、市街の至る所が橋で繋がれる構造となっている。


 その中で、街は機能によって三つの区域に分類される。


 一つは、本来の成り立ちである漁村、その名残として海側に形成された「中央区」。港務局や、湾岸警備隊の詰所など、この街を運営する為に必要な機能と人員が詰め込まれた区画だ。港が設置されているのもここであり、『マドレッター港街』の頭脳にして心臓部と言って良い。


 その外側を取り巻くのが、主に古くからの住民が住処を構える「旧市街区」。古い造りの家屋が所狭しと立ち並び、比較的落ち着いた雰囲気が漂っている。港で働く関係者の家族や、或いは早い時期に入植し完全に根を下ろした者達の生活圏だ。


 最後に、最も外周に位置する「新市街区」。ここは外国からの移民が住む他、外部へ向けた商業地帯としての性格が強い。飯屋や多種多様な売店、旅人用の宿泊施設に、街外れには少しばかり如何わしい色町等もある。昼夜を問わずこの一帯は騒がしく、猥雑であり、活気に溢れているのが常だ。


 現在、白銀の騎士が立っているのは「新市街区」の南端の辺りである。”砂中潜航艇(サンドダイバー)”から降り立ち、南門を抜けて数十分程歩いた地点の市場入口だ。


 そこまでを再確認した白銀の騎士は眼前の混雑を見やり、嘆息。『マドレッター港街』の混雑ぶりについては把握していたつもりだったが、主となる通路を通り抜けるのにも難儀する有様だとは思っていなかったのだ。


 どこかに抜け道は無いか、と視線を巡らせるも、やはり目に入るのは人の群れ。細い裏路地を通って行けばそれらを避ける事は出来るだろうが、再開発の繰り返しによって曲がりくねった迷路と化したそこを迷わずに通り抜けるのは、余所者には大分厳しいように感じられた。


 ただでさえ運河が街中に張り巡らされているのである。目的地へ向かうには橋を何度も渡らねばならないだろうし、途中に袋小路も多いだろう、下手をすれば日が暮れても”書架の塔”に辿り着けない可能性すらある……。


「……どうしたものだろうな」


 白銀の騎士は彼には珍しく、途方に暮れた様な表情で立ち尽くした。探せば水先案内人の類は居るだろうが、一々そこらに立っている誰それに話し掛けていてはキリがない。

 悪意をもって旅人を嵌めようとする連中の存在も無視はできない。仮に荒事になったとて、白銀の騎士にはそれを易々と跳ね除けるだけの実力があるが、やはり無駄な時間を浪費するだろう。


 そんな間にも、ギンカは白銀の騎士の手を取って「さあご飯食べましょうご飯」等と繰り返し続けている。いい加減にじれったくなった白銀の騎士は、一先ず屋台の並ぶ通りから離れようとし……。


「……いや、或いはそれも悪くはない、か」


 そう呟くと、ギンカと手を繋いだまま何処かへと歩き出した。


「わ、ちょ、あ、主様ぁ……! そんな、無体な……!」


 往生際も悪く踏ん張るギンカは、しかし体格と膂力の差には抗えようもなく引き摺られていく。彼女は暫く抵抗していたが、やがてふと、主の向かう方向に一件の屋台がある事を認めると破顔する。


「え、嘘!? もしかして主様、あれ、買ってくれるんですか!?」


 自分で言っておきながら信じられないという口調ではあったが、それに対して白銀の騎士は「そのつもりだ」と短く返答した。そうなればギンカに逆らう理由はない。先程とは正反対に、彼女が白銀の騎士を引き摺る様にして歩き始める。すっかり浮足立ったスキップだ。


 歩き出してから数秒も立たず、二人は目指す屋台の前に立つ。油染みと煤汚れが目立つ古びた黄色の垂れ幕に、なにやら茶色い液体が塗り付けられた球状の物体がペイントされている。恐らくは取り扱っている商品のイラストだろう。その脇には、肥大した丸い頭部に鉢巻を付け、トランペットの様な口を備え、八本の足をくねらせた奇妙な生物のデフォルメ図が描かれている……。


「蛸ですかね」


「蛸だな……食えたのか、あれは」


 首を傾げるギンカに応答しつつ、白銀の騎士が屋台の中を覗き込むと、そこでは店主らしき男が裸電球の頼りない灯りの下で帝国が発行する新聞を読み耽っていた。随分と記事の内容に集中しているのか、まだ二人に気付いた様子はない。


「あのー、すいませーん!」


 主に先立ち、メイドの方が声を上げた。良く通る澄んだ声に突然鼓膜を揺さぶられ驚いたのか、店主はびくりと肩を震わせると、胡乱気な視線を二人の旅人へと向けた。照らし出されたその顔は、還暦を既に迎えたと思しき東洋人のそれであった。


「……あんだぁ? あんたら? (あん)の用だい?」


 彼の口から発せられたのは訛りの酷い帝国語である。酒焼けしたがらがら声も相まって非常に聞き取り辛いが、少なくともこちらを認識したのは確かだと、白銀の騎士は要件を伝える。


「客だ。品物を売って欲しい」


「客ゥ?」


 すると店主は目を白黒させつつ、戸惑ったような声を上げた。彼が腰かけていた錆の浮いたパイプ椅子が、持ち主の動揺を反映して軋んだ音を立てる。店主は首だけを白銀の騎士へ向けたまま、すっかり薄くなった灰色の頭髪を撫でると、益々訝し気な表情を作る。


 白銀の騎士はそこで、ちらりと屋台の内部を覗き見た。乱雑に積み重ねられた木箱や調理器具が散乱し、調理に使うと思しき鉄板――等間隔で半円形の窪みが大量に設けられている――は冷え切っている。どうやら、お世辞にも流行っているとは言えないらしい。が、それが却って都合が良いのだ。


「食い物を売っているんだろう。それが欲しい、幾らだ」


 怯む事なくそう告げた白銀の騎士を、漸く客と認めたのだろう。店主は大儀そうに立ち上がると、それでも疑念の籠った表情のまま、調理器具を用意し始めた。途中、彼が小さな立て札を無言で指差したので白銀の騎士がそれを見れば、商品の値段が記されていた。とりあえず法外な金額ではなさそうだった。


「物好きな野郎だな……ちょっと待ってな」


 店主の愛想の欠片もない言い様には、しかし隠し切れない喜びが滲んでいる。彼は白銀の騎士の騎士に背を向けると、屋台の奥から材料を運んできた。小麦粉と思しき白い粉に、鶏卵、刻んだ葱、紅く色付いた何かの野菜を刻んだらしき物、何やら揚げ物の滓めいた物、そしてブツ切りにされた蛸の足。


「……食べ物ですよね?」


 流石の食欲魔人も、やや引き攣った笑みを浮かべた。小麦粉や鶏卵、葱はともかく、他は『ゲルプ帝国』の食卓では滅多にお目にかからない代物だ。それでも興味と空腹の方が勝ったのか、ギンカは俎板の上に並べられた食材をしげしげと眺めている。


 不躾なメイドの視線には構う事なく、店主は鉄板の前に立つとなにかごそごそと操作し始める。すると数秒後、炎が激しく燃え上がる様な音が立ち、次いで鉄板から湯気が立ち上り始めた。


 それを確認した店主は、意外にも洗練された手つきで調理を開始する。水と鶏卵をよく混ぜてから、白い粉へと注ぎ、また掻き混ぜる。そこに足元から取り出した瓶の中身――琥珀色の液体と、赤褐色の液体の二種である――を加えると更に掻き混ぜ、出来上がった物を漏斗の様な形をした器具へ入れた。これが生地になるようだ。


「手慣れているな」


「へっ、こちとら、これで食ってるからよ。何十年もやってんだ、そりゃあ慣れるさ」


 白銀の騎士の感想に、店主は視線は手元に固定したままで応えた。その表情が奇妙に歪んだのは、どうやらはにかんだらしい。そうしながら、彼は奇妙な形の刷毛を油に浸し、やはり奇妙な形の鉄板へ塗り付けていく。


 じゅう、と油が跳ねる激しい音が鳴る。店主は漏斗の様な形の器具を手に取ると、鉄板の窪みへと中の生地を均等に注いでいく。そこへ数々の具材を投入すると、上から被せる様に再度生地を注いだ。鉄板の上に色とりどりの具材が浮かぶ乳白色の海が生まれる。


「あ、良い匂いが……」


 生地の焼ける香ばしい匂いが立ち上り、ギンカが顔を綻ばせた。対照的に店主の方は、真剣な顔で乳白色の海をじっと睨んでいたが、あるタイミングで「良し」と頷くと、それぞれ両手にピックの様な短い針を握った。


 そこからが早業であった。店主は素早く、巧みに二本のピックを操ると、鉄板の上で焼けていく生地を高速で突き回し始める。金属同士が擦れ合う激しい音。何事か、と白銀の騎士が見守る中、生地は徐々に球状に整えられていく。そうして数分も経たない内に、こんがりと狐色になったボールが数ダース程姿を現した。


 思わず「ほぉ」と声を漏らした白銀の騎士に、店主はそこでようやく顔を上げると、


「どれくらい食うんだよ?」


 これにはギンカの方が応えた。


「出来た分、全部で!」


 すると店主はやや面食らったようで、ぎょっと目を見開くが、直ぐに気を取り直して出来上がった商品を次々に竹の皮を編んで作った容器へと入れていった。綺麗に八個整列した狐色のボールが湯気を立てている……。


「完成ですか!」


 待ちきれなくなったギンカが手を出そうとするのを店主は制し、黒々とした液体をボールの上から刷毛で塗って行った。その上から琥珀色をした薄っぺらいシート状の何かを散らし、青緑色の粉末を振りかけた上で、ここでやっと提供する。


「へい、お待ち! 熱いからよ、気を付けて食いな」


「わぁい! いっただきまーす!」


 ギンカは店主の手からそれらを受け取るが早いか、添えてあった小さな木の楊枝で突き刺すと、躊躇わず口の中に放り込もうとして……中に入っている”具材”を思い出したのか一瞬逡巡する。

 しかし結局食欲には抗えなかったのか、恐る恐ると端を齧って味を確かめ……直後に表情を輝かせると今度は迷わず口に放り込んだ。


「――(あふ)ッ! 熱いです(あふいでふ)ッ! でも(へほ)これ美味しいですよ(ほれほいひぃへふよ)!」


 どうやらお気に召したのか、ギンカは凄まじい勢いでそれらを食べ始めた。料金の支払いを済ませた白銀の騎士も、試しに一つ摘まんでみる。口に入れると、確かに焼ける様に熱い。油断すれば舌を手酷く火傷するだろう。しかし……、


「……成程、美味いな」


 まず最初に感じるのは、濃厚にして香ばしい、独特の甘辛さを持ったソースの味だ。それを纏った生地自体にも薄らと魚介の出汁で味が付いており、噛めば噛むほど旨味が滲み出る。

 もっちりとした触感も心地好く、具材である葱や――実際に口にして気が付いたが――塩辛く味付けされた生姜も、良いアクセントになっていた。

 だがなにより、大ぶりの蛸足の切り身が絶妙だった。歯切れの良い身は内部に鮮烈な風味を閉じ込めていて、噛んだ瞬間口の中に甘味にも似た濃密な味が広がっていくのだ。


「”タコ焼き”、ってんだよ。俺の故郷の喰いもんさ。どうだい、初めて食ったろう? こんな美味いもんはよ」


 二人の旅人の様子を見た店主は、自信満々と言った風に胸を張った。新聞を読んでいた時のしかめっ面とは正反対の、活き活きとした表情である。


「ええ、むぐ、こんなの、もぐ、初めてですよ、んぐ」


「おいおい、良く食う嬢ちゃんだな。落ち着いて食いなよ、喉につかえるぞ」


 ギンカの心配をする辺りも人が好いのだろう。白銀の騎士は仏頂面のまま、しかし”タコ焼き”の二つ目を口にすると、店主へ問うた。


「……この街には、長いのか?」


「あん? ああ、まあ、それなりにはな」


「なら、聞きたい事がある。あの”書架の塔”へは、どう向かえば良い?」


 それこそが本題であった。白銀の騎士は目的地へのルートを、この街の住人から聞き出そうと考えたのである。それも、対象を商売に携わる者に定めて、だ。


 見知らぬ人間、それも外部からの旅人ともなれば警戒心を抱く者は多いだろう。しかし、金銭のやり取りを通し、食事という行為で繋がった同士ならばそれは比較的緩まりやすい。加えて、あまり流行っていない店ならば尚更、久しぶりの客相手には「恩」めいた感情も芽生えるという物だろう。嘘を吐かれる可能性もぐっと下がる。


 それが、この店を選んだ白銀の騎士の狙いであった。”タコ焼き”の味が期待以上であったのは嬉しい誤算であるが、あくまでも彼にとっての第一目標は”書架の塔”への到達であった。その為に必要な出費ならば、躊躇う理由はない。


 ……しかし白銀の騎士の期待に反し、”タコ焼き”屋の店主は途端に顔を顰めると口を噤んだ。その目には「不審」の二文字が宿り、白銀の騎士は内心に戸惑いを得る。


「……何か、不味い事でも聞いたのか」


 率直に問い返すと、店主は暫く沈黙を保っていたが、やがて息を吐くと頭を振った。そうして、口を開く。


「……いや、まあ、良いか。久しぶりの客だしな、むしろ警告してやるのが仁義ってモンだろう」


「……警告?」


 突然の穏やかではない単語に、白銀の騎士は眉根を寄せた。”タコ焼き”屋の店主は「そうさ」と一つ頷きを送ると、どこか投げやりな口調で語り始めた。


「少し前からよ、妙な連中が居座り始めたのさ……。あの”書架の塔”とやらにな」



 -§-



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