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騎士とメイドと砂の上:3



 -§-



 明るい灰色に塗り込められた壁面を、天井からの穏やかな照明が照らす。そして延々、鈍く響き続ける濁った駆動音と、靴の底を通して伝わる細かい振動。それが”砂中潜航艇(サンドダイバー)”もとい”爪土竜(ツメモグラ)号”内部の平常であり、そこを住処とする者達の日常であった。


 全長80メートル弱の艦内。内部の構造はやや手狭ではあるが、配線や機械類は緊急的な必要性の高い物や、露出していなければならない計器類を除き、大半がのっぺりとした壁の内側に収納されているのでむしろ整然とした印象を受けるだろう。整備や点検をするには、壁の各所が必要に応じて開く仕組みだ。艦内の人員移動を妨げない為の工夫である。


 そんな風景の中、普段ならば”爪土竜(ツメモグラ)団”の構成員達が各々の仕事を求めて慌ただしく行き交っている通路を抜けた先に、やや広まった空間がある。”爪土竜(ツメモグラ)団”が会議や休息、或いは簡易の食堂代わりに利用する多目的な区画だ。


 安住の地を持たず大陸を彷徨う彼らにとって、この”爪土竜(ツメモグラ)号”こそが帰るべき家である。故に数少ない憩いの場であるべきその空間は、しかし現在ひりつく様な緊張感に満たされていた。


 雰囲気の主な発生源は、腕を組んで仁王立ちする”爪土竜(ツメモグラ)団”の頭目である。


 既に壮年の域に差し掛かった年齢ながら、筋骨隆々、堂々とした体躯を誇る偉丈夫だ。浅黒い肌と、禿げ上がった頭部に、剃られた眉。潜り抜けてきた修羅場の数を象徴するかの如くに眉間へ深く刻み込まれた皺と、右頬に大きく走った引き攣れた傷跡がやけに目立つ。それらの要素が相乗し合って形成された厳めしい風貌には、例えば平和な農村出身の若い娘辺りなら、対峙するだけで腰を抜かしかねない程の迫力がある。


 外見だけではなく、実際に彼は十や二十で利かない修羅場を生き延びてきた歴戦の古強者だ。かの大戦後の混乱期には『クラースヌィ連邦』の残党狩りにも参加し、また食い詰めて野盗と化した『ゲルプ帝国』側の脱走兵集団を相手取った経験もある。


 遺構内に侵入者排除の目的で仕掛けられたトラップの数々を踏破し、時には人が立ち入るには危険すぎる環境と化した地にも恐れず踏み込み、鉢合わせた同業者との獲物の奪い合いを制し、あらゆる障害を跳ね除け戦利品を我が物として来た、正真正銘の荒くれ者だ。


 彼と長年寝食を共にして来た部下達は、そんな恐るべき、そして同時に尊敬すべき頭目へと絶対の信頼を寄せている。長きに渡る放浪生活の中で頭目は常に部下達の事を第一に考え、常に先頭に立って戦ってきたのだ。命懸けの鉄火場に於いても、頭目は”爪土竜(ツメモグラ)団”の構成員達を一度たりとも見捨てた事はなく、故に彼らは強固な絆で結ばれている。


 だからこそ……現在、全身に打ち身と擦過傷を作り、その上から医療用の布符(パッチ)と包帯を巻いてミイラ男めいた惨状を晒している頭目に対しても侮蔑の視線を向ける事などなく、彼の背後に――全員が頭目と似た様な姿になりながらも――文句ひとつ漏らさず、黙って控えているのだ。


 そうして、彼らの視線が向かう先。”爪土竜(ツメモグラ)号”内部に緊張感を充満させているそもそもの原因、二名の招かれざる客が居る。


「もぐもぐがりがり」


 緊張と僅かな恐れを含んだ数十個の眼球が見つめる中、艦内の床へ胡坐を掻いて座り込み、彼らが提供した食料と水を一心不乱に貪っているのは、一人の女性だ。彼女は糖蜜で穀物と干した果実を固めたキャンディ・バーを齧り、所々凹んだブリキ製のコップに並々と注がれた水で一息に飲み干して、げふ、と呼気を漏らすと、


「あ、すみません。お水もう一杯貰っても良いですかね?」


「……おい、汲んで来い」


 にっこりと告げられた遠慮の欠片もない要求に対し、頭目は表情を変えずに首肯。指示を受け、頭にバンダナを巻いた若い構成員が慌てて走り出していく。その様子を見送り、頭目は再び忌むべき()()()へと向き直る。


 それは”爪土竜(ツメモグラ)団”の獲物となる筈だった、あの銀髪のメイドであった。


 既に防塵外套(サンドコート)は脱ぎ捨ててそこらに放り出し、メイド服に包まれた均整の取れた肢体を露わにしている。尤も彼女の振る舞いは、出で立ちから想像出来る様な瀟洒さとは懸け離れたふてぶてしさに満ち溢れている。


「ごりごりんぐんぐ……ふぅ」


 と、そこで彼女は手にしていたキャンディ・バーを食べ終えた。かと思えば次の瞬間、次の包みに手を伸ばす。実はこれで五本目だ。一本あれば成人男性の腹を満たすのに十分な熱量を提供するそれを、既に四本平らげておきながら、彼女は一向に食事を止める気配がないのだ。”爪土竜(ツメモグラ)団”の一人が胸やけした様に胃の辺りを抑えて顔を顰めた。


 数分も経たず、バンダナの構成員が水差しを抱え、息せき切って駆け戻って来た。彼女はちらり、と目だけを巡らせて彼を認めると、横柄にもブリキのコップを突き出した。


「なっ……」


 戸惑うバンダナの構成員達に対し、銀髪のメイドは「ん」とコップを揺らして見せる。あまりに横柄な催促の要求。流石にバンダナの構成員が顔を赤くして声を上げかけるが、


「止さねぇか」


 静かだが威圧感のある声に遮られた。バンダナの構成員が顔を向ければ、頭目がむっつりとした表情のまま頷いて見せる。バンダナの構成員は悔し気に顔を歪ませると、口を引き結んで仏頂面を作り、コップへ水を注いだ。銀髪のメイドはようやく満たされた澄んだ液体を飲みつつ、キャンディ・バーの咀嚼を再開。


 ……こんな状況が、数十分ほど前からずっと続いていた。


 ”爪土竜(ツメモグラ)団”は銀髪のメイドが何か言う度、その要求を一々叶えてやっているのだ。腹が減ったと言えば備蓄食料を提供し、暑いといえば冷房の温度を下げてやり。内心の不満と屈辱をひた隠しにし、怒りに震える拳を押し止めつつ、なんとかやっていた。


 しかし、いい加減に限界という物はある。それは彼らの忍耐が途切れたというよりも即物的な問題、即ち食料の消費という現実の脅威に対しての危機感故である。頭目は数秒ほど――彼にしては珍しく――躊躇う様に黙考し、やがて意を決して口を開いた。


「……そろそろ、腹は一杯になっただろう、嬢ちゃんよ」


 ぴくり、と銀髪のメイドが動きを止める。構わず、頭目は言葉を続ける。


「その辺で止しておいた方が良いんじゃねぇのか、幾ら何でも食い過ぎだ」


 鋭い目つきと共に告げられた言葉に、銀髪のメイドはあからさまに不快気に顔を顰めた。彼女の目に冷たい光が宿り、それに頭目はまるで刺し貫かれた様な錯覚を得て、思わず生唾を呑み込んだ。


「……フン? 成程、成程。主様の命に加えて、私の貞操まで狙っていながら、その贖罪に差し出したのがこの程度の物で……それで満足しろと?」


 一言、というより一文字ずつを噛み砕く様な、威圧する口調であった。恐ろし気な雰囲気が彼女から放たれ、頭目は知らず知らずのうちに一歩退いていた自分に気が付き愕然とする。この俺が、こんな華奢な女一人に恐れを為した?


 馬鹿な。そう思いつつ、背筋に滴る冷や汗と、口元の震えは確かな物だった。塞がりかけていた唇の切り傷が開き、血が滲んだのを舌先に感じた鉄の味で知り、頭目は心を奮い立たせる。背後に控える部下達の存在を感じつつ。


「食糧も、水も、思うままに与えてやった。こちらからは手を出さない確約もした、何が不満だってんだ」


「全てが」


 メイドは平然と、そう言い放った。愕然とする頭目を前に、彼女は甚振る様な笑みに目を細め、歌う様な口調で、


「私と主様の旅路に割り込んだ事も、不快な感情と無粋な殺意を向けて来た事も、この粗末な食料の味も、錆の匂いが付いた水も、なによりあなた方の顔つきと態度が気に入りませんねぇ」


「な、な……」


 全否定。あまりにも理不尽な裁定である。”爪土竜(ツメモグラ)団”から多くを巻き上げておきながら、この銀髪のメイドはそれでも飽き足らず……それどころか彼らの行動そのものまで嘲笑ったのだ。


「まぁ、それらを私の寛大な心で赦して差し上げるのも、やぶさかではありません。しかし、その為にあなた方は何を代償として差し出して頂けるのです? まさか、あなた方は、自分達が、私の心証を好きに出来るとでも思っていたのですか? だとするならば、この上なく酷い侮辱です」


「テメェッ!! 言わせておきゃあ――」


 激発しかけた部下の一人に、頭目は咄嗟に視線一つを投げかけて黙らせる。そうして向き直った銀髪のメイドは、より一層気分を害した――裏腹に愉快で堪らないとばかりに口元を歪ませた――様子で続ける。


「……身の程知らずというのか、それともまた痛い目を見なければ分からないんですかねぇ? あまりに矮小なあなた方如きが、ただひれ伏すだけで身の安寧を享受出来るのならば、むしろ喜ぶべきだと思うのですがねぇ」


「ぬ、ぐ……」


 侮蔑的な言葉。完全にこちらを下に……それどころか、歯牙にもかけない小物として見ているのだ。頭目は奥歯が割れる寸前まで顎に力を籠め、なんとか激怒を堪えた。先程彼女へ感じた恐れは既に消し飛んでいる。そう、この女自体は問題ではないのだ。問題は、その背後に控える――


「ふむ、そう言えば、猿でも三度の仕置きを経れば罪と罰の概念を覚えるらしいですねぇ」


 銀髪のメイドが発した言葉に、頭目は総毛立った。


 そう、”爪土竜(ツメモグラ)団”が恐れているのは、()()()()()()()()()()()()。彼女の傍、沈黙を保ちながらこちらを見据え続ける一人の男。古びた戦闘用装甲(コンバットアーマー)に身を包んだ白銀の騎士である。あの()が再び、それも艦内で振るわれる事があれば、タダでは済まない。


「……人間なら、二度目で済むでしょう。ええ、またゴミ屑の様に吹き飛ばされれば」


 その言葉はこちらに向けられた銃口、否、砲口の引き金だ。だだっ広い砂漠の上なら、吹き飛ばされた所で砂がクッションになる。しかし、この鉄の高度に囲まれた空間でもう一度あの右腕が振るわれれば、タダでは済まない。絶対的な致命を齎す暴虐の風が”爪土竜(ツメモグラ)団”を切り刻み、粉微塵にしてしまうだろう。


「多少は従順になるでしょうかねぇ? さあ主様、この愚昧な連中に――」


「や、め――」


 頭目は恥も外聞も捨て、身を床へ投げ出しかけた。土下座一つ、或いは自分の身一つで部下が守れるならそれに越したことはない。全ての覚悟を一瞬にして決めた彼が、膝を突きかけた瞬間。


「そこまでにしておけ、ド阿呆が」


「――げべっ!?」 


 ……周囲一帯を震わせる様な、鈍い激音が響いた。銀髪のメイドの脳天に、白銀の騎士が放った鋭い拳骨の一撃が振り下ろされたのだ。それも、恐らくは容赦のない、全力で。


 唖然とする頭目以下”爪土竜(ツメモグラ)団”の構成員の眼前、メイドは思い切り顔面を床に叩きつけられ、ヒキガエルが潰れるのに似た呻きを発した。そのまま数度痙攣した後、動かなくなる。


 呆然とした雰囲気に包まれる一堂へ、傍若無人な食欲魔人を黙らせた白銀の騎士が嘆息交じりに言う。


「……済まない、少し調子に乗らせ過ぎた」


 彼は眉間を抑え、苦々し気に首を振った。


 頭目は疲れ果てた顔つきになると、床に伸びた銀髪のメイドと白銀の騎士を交互に見つめ、小さく「いや」とだけ言うのが精一杯であった。



 -§-



 ……”爪土竜(ツメモグラ)団”と二人連れの旅人の邂逅は、後者の完全な勝利という形で決着していた。


 白銀の騎士の放った暴風はあっけなく”爪土竜(ツメモグラ)団”を容易く蹴散らした。それでも抵抗の意思を示した者は、立ち上がる傍から徒手空拳によって意識を刈り取られていったのだ。


 白銀の騎士の動きは恐ろしく正確で素早いものであった。不安定な砂の上でありながら、戦闘用装甲(コンバットアーマー)の重量を感じさせない足運びで、数十人は居た自分の部下達が何も出来ずに倒されていくのを頭目は見せつけられたのである。


 一方的な蹂躙の後、白銀の騎士と銀髪のメイドは彼らを移動手段として利用する為、強引に”砂中潜航艇(サンドダイバー)”へ乗り込んだ。そうして、腹を空かせていたメイドは船内を占拠するなり、白銀の騎士の威を借りて”爪土竜(ツメモグラ)団”を脅迫。手当たり次第に食糧と水を持ってこさせる等、傍若無人な振る舞いを今まで続けていたのだ。


 ともあれ、そんな暴虐も白銀の騎士の手で止められる事に相成った。悪は滅びたのである、少なくともこの場に於ける独裁者が消えたという意味では。


「……もう少し、早く止めるべきだったかもしれん。そこは謝罪する」


 白銀の騎士は醒めた目で倒れ込んだまま沈黙するメイドを見やると、その横腹を爪先で小突く。


「ぐぇっ」


「こいつはどうも、自分が優位に立ったと判断した瞬間に、遠慮という言葉を綺麗に忘れる性質でな。昔の癖なんだが、何度言っても直そうとしない……」


 彼が更にぐりぐりと足に力を籠めると、踏み躙られるメイドは奇妙な喘ぎ声を漏らし始めた。そこで一発、振りかぶる勢いを付けた蹴りが叩き込まれると、メイドは「ごげっ」と一声呻いて今度こそ反応を返さなくなる。


「……おまけに、途中からのめり込みすぎて、俺の存在すら忘れかけていたようだしな。迷惑を掛けた分は後でシメておくので、この場は取り敢えずこれで収めてくれると有難い」


「……そいつぁ、お気遣いどうも」


 ようやく自失から立ち直った頭目は、憮然とした表情で返した。


 ”砂中潜航艇(サンドダイバー)”の内部は広く、構成員の全員が十分に生活出来る程のスペースがある。そこへ今更二人程度を新たに乗員として加えた所で大した影響はないのだが、蓄えていた食料と水の消費に関しては到底看過できない問題である。


 特に水は積載量の限界ギリギリまで積み込んでも、日常生活の中では凄まじい勢いで消費されていく。男所帯の大雑把さを加味しても、衛生的な観念から定期的に衣類の洗濯や艦内清掃が必要で、なにより体を洗わなければならない。怪我人が出れば最優先で真水はそちらへ消費されるのだし、そもそも構成員全員が一日に飲む量だけでも馬鹿にならない。


 ある程度は循環濾過装置で再利用が利くとは言え、それにも限界はある。比較的保存も効き、量を積み込んでも一日の消費量が大体決まっている食糧と比べて、水とは正しく「貴重品」であるのだ。


 故に、白銀の騎士が止めてくれていなければ、どうなっていた事か。安堵と感謝の念が湧き上がるが、しかしそもそも白銀の騎士はメイドの連れである。到底「お陰で助かりました」などとは、口が裂けても言う気にはなれず、一方で彼らにちょっかいを掛けたのは自分達でもあるという状況を鑑み、


「……このままだと、食糧庫が空になるところだったぜ」


 と、頭目は白銀の騎士へ皮肉をぶつけるだけに留めておいた。だが、白銀の騎士はといえば、神妙な顔つきで大真面目に頷くのだ。


「やりかねん」


「…………」


「こいつは、水を自分の持ち分飲み干すと、俺の分まで遠慮なしに奪い取った前科がある」


 止めなければ、際限なく食うし、飲むんだ。そう言った白銀の騎士の表情は、どこか悄然としていた。


「……そりゃあ、……なんとも」


 言葉がない。


 頭目は心の底からげんなりとし、同時に白銀の騎士に対してつい「同情」めいた感情を覚えてしまった。砂の上で対峙した時に得た上辺だけの共感より、よっぽど真に迫ったものである。


 流石に握手こそ求めなかったが、頭目の心中にはここに来て、白銀の騎士に対する奇妙な連帯感が生まれていた。同じ苦労を味わった者へ向ける仲間意識である。元より”墓穴掘り(ディッガー)”にはその手の気質を持つ者が――無論、敵対するならそんなモノは度外視だが――多い。世間より一線を引かれた、アウトローとしての立場がそうさせるのだろうか。


 そんな頭目の視線に自身へ向けられた感情を悟ったのか、白銀の騎士は益々苦み走った顔つきになる。やはりこの男、大分苦労しているらしい。主に、銀髪の食欲魔人の為に。


 両者の間に弛緩した空気が流れる。


 メイドの所業を途中までは静止しなかった辺り、彼にも襲撃者である”爪土竜(ツメモグラ)団”に対して含む物がない訳ではないのだろうが、砂漠の上で対峙していた時に比べれば遥かに友好的な雰囲気である。あくまで、比較として、だが。


「なぁ、とりあえずよ……この辺で一旦、水に流さねぇか、お互い」


 なので、一先ずの休戦協定を申し出てみる。白銀の騎士からぶつけられた侮蔑的な言葉、また自分と部下達に与えられた傷への恨みがないと言えば嘘になるが、これ以上敵対関係を維持するのはデメリットしかなく、なにより精神的な消耗の原因を生み続けるのは、あまりにも馬鹿らしい。


「こっちは怪我して飯と水と平穏を脅かされた。そっちは命を狙われた。それで一先ず、お相子といこうや」


 目算としては少なくとも、白銀の騎士は――銀髪のメイドよりは遥かに――理性的に話が通じる性質だと”爪土竜(ツメモグラ)団”の頭目は考えていた。それに今、もう一度彼に暴れられれば”砂中潜航艇(サンドダイバー)”が破壊される可能性があり、そうなれば今度こそ自分達一党は壊滅だ。頭目として部下を無闇に犠牲にする訳にも行かない。


 それにどちらかと言えば……自分達から戦闘を仕掛けておいて、逆襲がこの程度で済んだのならば御の字だろう。敗者の立場でいまだに命があるのは勿怪の幸いと言う外ない。


「勿論、そっちが良ければだけどよ」


 故に、頭目は白銀の騎士へそう申し出たのだ。


「異存はない」


 果たして、彼の返答は頭目の望みを叶えるモノであった。


「こちらは降りかかった火の粉を払っただけだ。身の危険がなくなった以上、そちらと敵対するつもりはない……食料も提供してもらったしな」


「それじゃあ、そういう事で……お前らも、良いな?」


 頭目が一応部下に振り返り問うてみれば、不承不承という空気が主立ってはいたものの、反論はなかった。彼らとて頭目の判断を理解してはいるし、なにより恨みよりも疲労の方が勝っていたのだ……。


「……と、いう訳だ。歓迎は出来んが、乗り合いまでは許すからよ。まぁ、適当に寛いでくれや。流石に好き勝手うろついて貰っちゃあ困るがな」


 白銀の騎士は頷いた。これ以上のトラブルを起こすつもりはないらしい。


 一応の和解が成立したのを見届け、”爪土竜(ツメモグラ)団”の構成員達は三々五々に散っていく。頭目は彼らに食事を取るように指示し、自分の分は運んでくる様に付け加えた。


「……それにしても、何故、あんな所をうろついていたんだ?」


 そうして、ずっと気になっていた疑問を白銀の騎士へと問うてみた。


 現在”爪土竜(ツメモグラ)号”が疾走するこの『アラハァス砂漠』は、大陸の北西部『サーブル自治領』と『ゲルプ帝国』の間に横たわる広大な不毛の地である。そこに生身、しかも徒歩で踏み入るというのは自殺志願にも等しい行為だ。


 滅多に人は寄り付かず、通るとしても商隊(キャラバン)や、軍事行動を目的とした帝国軍の部隊くらいのもの。かつての大戦の遺恨色濃い『サーブル自治領』や、ましてや今は亡き『クラースヌィ連邦』方面へ旅行するような酔狂な奴も居ないだろう。


 いや、この連中はその()()()()か? 頭目はそう考え、口の端に微かな笑みを浮かべた。どちらかと言えば、皮肉を込めて。


 疑問を口にする際、頭目は「彼が答えない可能性」も念頭に置いていた。もしかすれば個人的な事情があるのかもしれない。今更不興を買うでもないだろうが、答えが返って来ること自体、頭目はそこまで期待していなかった。


 しかし、白銀の騎士はあっさりと口を開き、自らの目的を語る。


「……俺達の目的地は、この砂漠の先にあるんだ」



 -§-



キャラクターの台詞・スタンスを一部、以前投稿した物より変更しています。


20180809:誤字修正、文章修正、固有名詞へのルビ振りを行いました。

20181013:文章修正。

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