本当にあった、世界の危機
「あわや、世界大戦か?」という瞬間があった。
そうなれば、世界中の核ミサイルが発射されるのだ。その数6000発 100万ギガトンもの破壊力は広島の100兆倍 地球文明を10回終わらせられる威力だ。
これから「世界の終り」の始まり、その最後の一時間を見てみよう。
第三次世界大戦 勃発まで 「残り一時間」
ホワイトハウスのバスルームで、第99代アメリカ大統領、「トラン・プゥ」はシャワーを浴びていた。
棒の先端に泡立ったソープをたっぷりと付け、背中に泡を塗り付けている。
トラン・プゥにとっては、それは自己流のマッサージだった。もちろん、マッサージなら人にいくらでも頼める身分だ。しかし本当のトラン・プゥは、人に体を触られるのが大嫌いだ。
だから、一人のこの時間こそが至福の時間。
「ヘイ、ヨー、お馬さんが行くよ~。 カウボーイ、 カウボーイ、 俺のヒップに馬蹄をくれよ、 ヘイ、ヘイ、ヘイ‼」
トラン・プゥは尻を手で叩きながら、一人で盛り上がっていった。
第三次世界大戦 勃発まで 「残り50分」
トラン・プゥはシャワーから出て、バスローブ一枚を羽織って長い廊下を歩いている。
トラン・プゥが歩いた後の絨毯はベッタベッタだったが、どうせ毎年変えてしまうので、気にも掛けない。せいぜい3万ドルといったところだ。
「俺はカウボーイ、俺はアメリカンヒーロー、 俺のケツに馬蹄をくれよ、ヘイヘイヘイ~」
トラン・プゥは気分が高まってきて、タオルを振り回し始めた。
振り回したタオルが廊下の脇の花瓶に当たる。 北宋の壺だ。
壺は、はじけ飛んでバラバラに飛び散った。
「フン、この廊下は狭いんだよ。 たく税金なんてもんは、しけた稼ぎにしかならねぇもんだな。」
トラン・プゥは一瞬だけ飛び散った壺に目を止め、それから何事もなく立ち去った。 8万ドルだった。
第三次世界大戦 勃発まで 「残り30分」
トラン・プゥはすっかりめかし込んでいた。
専門のメイクスタッフはハリウッド映画の特殊技術者だ。
すでに顔の型を特殊プラスチックで取ってあるため、4枚の型を顔に当てて上からブラシでひと拭き、それを4回繰り返すだけ。5分でメイクは完了する。
「もう、いいぞ、ご苦労、完璧だ。 チップはやらんがな。 男前はメイクも楽でよかったな。」そう言って、メイクスタッフを遠ざける。
「ワン、ワン、」
トラン・プゥの膝に子犬が飛び乗ってくる。
「お転婆め、あっちで遊んでろと言ったじゃないか。 そんなにパパがすきなのか、よしよし。」
トラン・プゥは子犬の口にキスをした。大抵の犬は嫌がって処分された。この子犬は生まれつき嗅覚が弱く、そのおかげで命拾いしている。
「よしよし、パパと一緒に出掛けようじゃないか。 なに、ちょっとしたパーティーだよ。 みんな小銭が大好きな卑しい連中さ。 久しぶりにキャビアが食えるもんで蟻みたいに集まってくるんだ。」
そう言って、子犬を抱えながら立ち上がった。
「15:00」前
ホワイトハウスの玄関の正面に、防弾のリムジンが横付けされている。トラン・プゥが現れると運転手がドアを開けて、頭を下げて待機する。
「おい、おまえ、頭薄くなったんじゃないか。 俺の髪の毛分けてやろうか? ハ、まあ、自毛じゃ無理な話だったな。 すまん、すまん、 どっかのカツラ野郎に頼んでくれよ。 へ、へ、へ、」
そう言って、犬を抱えたままリムジンに乗り込もうとした。犬はすんででトラン・プゥの手を逃れ、走って逃げていった。
「なんだ、一緒に来んのか? せっかくキャビアを食わせてやろうと思ったのに、 フン、 新しい犬を飼うかな。」
「10:00」前
リムジンはワシントンの繁華街を進んでいる。
トラン・プゥはひじ掛けのアイスボックスからアイスクリームを取り出し、ベリベリと包装紙を破く。
普通の店で買える、1ドル20セントの当たり付きアイスキャンデーだ。
「02:00」
リムジンは路肩に寄せて停車した。
「ん、何で止まるんだ? おい、お前誰だ。よく見たら初めて見る顔だな。なんだ、頭が薄くなったと思ったら別人だったわ。ハハハ」
「01:00」
トラン・プゥはその時、初めて気が付いた。隣に座るSPも新人だった。
もう一つ気が付いた。
おかしいな? おれは今日出かける予定だったかな? パーティーは明日じゃなかったっけ?
「00:20」
「おい、SP。 おまえ、新人だな。 ちょっと今日のスケジュール表、見せてみろ。 俺がチェックしてやるから。」
SPは懐に手を突っ込んだ。
「00:03」
渡されたのは、ピンの抜けた手榴弾だった。
トラン・プゥはSPの顔を見た。
SPは歯を見せて笑う。
前歯が三本あった。
すべて差し歯で、「K,G,B」と印字してあった。
「00:00」
路肩に停車していた黒塗りのリムジンが揺れた。
道行く人々は誰も注意を払わなかった。
世界の危機から 「-5分」
レッカー車がやってきて、リムジンの撤去を始めた。
防弾リムジンは爆風を内部に止め、ワシントンの清掃作業には1セントも掛からなかった。
世界の危機から 「-30分」
新しい「トラン・プゥ」の候補がホワイトハウスに集められた。
「70歳の年齢になるまで培養液の中で育てられたクローン人間」、
「NASAの秘密資料の提供によって作られた精巧なロボット」、
「上記の運搬途中、路上で拾って連れて来られたホームレスの女性」、
この中から、最もランニングコストの安いものが採用される。
今日も何事も起こらず、明日の新聞の一面を飾るのは、
「ヤンキース 優勝決定」。
世界の危機は無かったことにされた。