集められた存在~つまり、これは世界を守るお話~
巨大な船はゆっくりと着実に海を進む。
何でこんな場所にいるか全く解らないまま、あまりのスケールの大きさに、事態が飲み込めずぼさっと突っ立っていると、レインコートの男から叫ばれる。
「早く行け!いつまでも、お前たちに付き合ってる暇はないぞ!?」
急かされるように言われ、スーツの男ーー香月は、肩をすくめると、俺に手招きをするようにしながら、先に進む。
その後をぞろぞろと続く様は、まるでどこぞのゲームのようだ。大きな船の客室のような場所を歩きながら、そう思う。
中が恐ろしいほど豪勢だ。金のシャンデリア、銀の蝋燭立て、花瓶なんかの花は生きてるように見え······絵画が並ぶ廊下を抜ければ、壁一面の壁画のように描かれた、有名な画家の絵が見えてくる。
恐ろしく巨大な船の中は、圧巻の一言。一体何人がこの船に乗り込み、どれほどの乗務員が入ればこの船を運営出来るのかーー考えただけでも恐ろしい。
大きな扉を開け、中に入ると、晩餐会のように様々な料理、飲み物、果物が置かれた······長く細いテーブルが見え、それが列を作るように、並べられている。
広大な広間のような区画のそこには、上り降りする為の巨大な階段があり、光を反射するそれはーー透き通るように見え。
何だ?と思いながら注視すると、香月が俺へと耳打ちをする。
「ああ······これ全部。水晶だからね。大丈夫、強度は問題ないからさ」
そんな無茶苦茶なセリフを言いながら、降りていく。俺はその後を呆然としながら続くしかない。
一体、どれほどの金銭が掛かっていると言うのか?とんでもない場所だな······と思いながら、後に続き、レインコートの集団も後に続く。
船の揺れは、正直気にならない。ここの安定性のせいか、それともしばらく歩いたせいか。
淀みなく歩く背を追いながら、この晩餐会の会場の横の、大きな扉を香月は開け、そこにはーー
「たーくん!!」
「龍人ーー!無事か!?」
「秋月君!!」
三者の声が響き、押しのかれるように香月は弾き出されーー俺の胸に彼女は飛び込む。
「たーくん!たーくーん!!」
「解ったから、落ち着け未歩」
抱き止めながら、後ろに下がろうとして、レインコートの集団の一人に銃の柄で背中を小突かれる。
仕方なしにそのままの状態で······中へと移動。レインコートの集団は、手早く中に入ると、銃をそれぞれ構えながら、最後の一人が扉を閉じる。
中には様々な人が、それぞれ好きなように陣取りながら、過ごしている。そこそこ大きなフロアのようで、正面には小さな舞台のように、一段高く作られている所があり、スタンドマイクが置かれている。
俺の周囲に集まるように、柳田と愛衣さんが来て、香月は帽子を深々と被りながら、壁にもたれ掛かりーータバコを吸う。
「ようやく揃った?ねえー暇だから、早く初めてくんないかな?ボクねえー早く帰ってーードンパチしたいんだよねえー」
開口一番そう言うのは、大きな椅子にもたれ掛かり、綺麗な白い布で覆われたテーブルに、両足を乗せーー暇そうに、自分の髪を触る小さな体躯。
「そんなことより、早く帰してもらいたいのが本音だ。ワタシは······何故ここに連れて来られたか?未だに説明は受けてない。そもそも、これは誘拐だぞ」
冷静にそう言う声は、真っ赤な髪を後ろに束ねた少女。制服姿を見る限り、学生のようだ。
「そんなことよりだなぁー僕、僕達は何を目的にーーここに集められたんだなぁ?イヒヒ、美少女だらけだから、僕、僕は満足なんだなぁ」
変な笑いをあげるのは、頭に紺のバンダナを巻いた男性······と言うか、体重何キロだ?巨漢の男は、口を塞ぎながらーーそう言う。
「おおー神よおお!!これは天恵か!!この、究極にして······最強の超絶の!!この!!お·れ·さ·ま·に☆」
「うぜえんだよ!引っ込んでろオラァ!!いい加減に、俺を返しな!俺は用事があんだよ!用事がよぉ!!」
濃いキャラの筋肉マッチョの男は、ポーズを決めながら言っていたのに、後ろから蹴り飛ばされ。蹴り飛ばしたのは、流行りが終わって絶滅したと思っていたーーギャルのような格好の女。
「まったく······野蛮な人種ばっかりね。クリス、お茶はまだかしら?」
「お嬢様、申し訳ありませんがーー自由が効かない状況ですので、お出し出来ません」
「あら?そうなの?仕方ないわ。お茶も出さないとは、ここの流儀は上品の欠片もないわね······」
制服姿のーーとんでもない髪型の少女はそう言い、横に控えるのは、執事の格好の長身の男。
「······えい。ダメか」
小さな声を発しながら、眼鏡を掛けた少女は、ひたすら目の前の端末を弄っている。何故か目立つのは、猫耳。ピクピクと動くそれは、生きているようにさえ思える。
そして、窓際に静かに座るのはーーOLのようなスーツ姿の女性。目を閉じ、静かに座ったままだ。あの人は······一言も発しない。
「何なんだこれは?」
俺の問いに答えるかのように、祝福鐘が鳴り響く。一斉に全員が、音をしたほうを見やり、小さな拍手が聞こえる。
「「「司令官!!」」」」
レインコートの集団が銃を胸に掲げ、祝福の声でもあげるようにーー叫ぶ。
小さな拍手をしながら現れたのは、光を反射する銀色のドレスを見にまとい、金色の腰まである長い髪を踊らせる女性。
人形のような顔つきが笑みを浮かべ······真っ赤な唇が、静かに息を吸い込む。
死人のようなーー透き通る白い肌の腕を伸ばし、スタンドマイクを掴むと、真っ直ぐに会場の俺達を見やる。
『ようこそ、皆さん。遥々このような場所においでくださり······感謝を申し上げます』
鈴の音のような声が響く。開口一番ーー感謝を告げられ、全員が唖然とする。
この光景は······多分、一生見れないだろう。
『先ずは、私事ではありますが、今回の感謝祭についてーー賛辞をいただきたいと思います』
何を言っているんだ?感謝祭?意味が解らず、全員が沈黙する中。
壇上の人形のような女の後ろに、巨大な映写機が降りてくる。照明が、それに合わせ暗くなり、映像を見た瞬間ーー
「なにーーこれ?」
彼女の呟きと同時に、周囲がざわめく。当たり前だ。この映像は、なんだ?
映るのは、世界の名だたる国の国家。俺達は、何に巻き込まれたんだ?疑問符だらけのまま映像を見つめる。
その映像の中心に現れたのは、信じられない事にーー
「まさかーーWELのギュズル代表!?」
OL姿の女性が声を荒げる。信じられないと言う声に、周りも動揺を隠せない。
『あー、どうもみなさん。こんばんは。にほんごは、あまりとくいではなくてね。カタコトになってしまう』
代表は、身なりを綺麗に整えていて、軍服姿のまま困ったようにそう言い。それに答えるように、人形のような女性はこう言う。
『代表、音声の変換は出来ます。存分に······お言葉をお願いします』
その声に、代表は頷き。多分あちら側でも変換がなっているのだろうと理解し、代表は改めて口を開く。
『私は、WEL。【世界終末回避同盟】の首席代表ギュズル=S=トンヌラーだ。見知った顔もーーいるようだが。改めて、皆さんこんばんは。今日は集まってもらい、大変感謝しているよ』
そんな世辞を告げながら、代表は咳払いを一つし、言葉を続ける。
『この世界は今、終焉を迎えようとしているのだ。知っていると思うがーーVRの技術が革新的に広まった所、全世界の生産稼働率は······圧倒的低迷を起こしている。食糧難、人口減少、環境汚染。これが主な理由だが、何故そうなったかと言えばーーVRMMOに依存してしまう人が、恐ろしいほど増えてしまったからだ』
意味が解らない。何故それが原因になるのか?解らないまま、代表の説明は続く。
『働いて賃金を稼ぎ、生活水準を得て、国民は税を納める。至極真っ当な生活だが、これが今現状······成り立たない国が多すぎるのだ。働く意欲よりも、VRMMOという仮想の世界に浸かって抜け出せない人が、溢れてしまっている。簡単に言えば、その世界に我が身を転移させてしまって、そこがーー現実の自分自身の都合のよい世界へと、なっている。それが根底の······原因ではないかと思っているよ』
代表の言葉に、この場にいる各人は頷いたり、首を捻ったり、欠伸をしたり。様々な態度で話を聞きながら、代表は言葉を続ける。
『そこで、我々WELは、この問題を解決する為に······VRMMOに、規制を掛けようと思ったのだ。すなわち、VRMMOをーー廃止するための条約だ。国家案件のこれを、我々は2ヶ月後に······成立させる方針だ』
動揺。何人かが叫ぶ声が聞こえるが、代表は構わず、話を進める。
『ところがだ。そこにいる開発者、片桐零未はーー全く別の方針を打ち立てた。これが通らなければ、我々へのVR技術の全てを寄越さない。そういう·····条件付きでだ。我々からしてみたら、VR技術は全くもって解析不能。それがどれ程の惨事を生み出すか······状況が計り知れないのだよ。これの技術のおかげで、今では国家紛争はーー全てVRで行えるようになっており、人が死ぬという最悪の事態すら、回避しているのだからね』
紛争をゲームで?だと?驚きのあまり、体が前に出てしまう。どういうことだ?
問いかけてしまいそうになり、代表は怪訝そうな顔をしながらも、話を続ける。
『皆さんも知っての通りーー国家紛争は全てVRで行う。という規定が持たれている。これは、戦争での精神疾患等が無くなる為だ。そして、人口減少に歯止めを掛ける法案として、可決されている。死んでも肉体は滅びない上に、国家間での兵器は使う必要が無くなり、減少している資源等を確保出来るーー案件でもあったからだ。勝者の国には、条件付きではあるが······ある種の生産ラインを明け渡す事になっている。まあーー実際に明け渡すわけではなく、領地侵攻もしていない。とは言え、そこで生産したものを、自由に行き来出来る権利を日数限定だが······行使出来るわけだ』
陣取り?のようなシステムなのか。互いの生産量は決まっていて、それを明け渡すのだから、負けた方はたまったものではないな。
『でだ。ここでVR依存の話に戻らなくてはーーいけないのだが。······私も時間が押し迫っているようだ。零未博士がこちらに提示した条件に、話を戻そう。博士が提示した条件は【VRMMOの世界に全人類を移住させる】と言う······一見すると意味不明な条件なのだがーー噛み砕き過ぎたな。何処から話せばいいかな?博士』
そう問われた人形のような女性は、微笑みながらこう告げる。
『代表ーーそちらの説明は私がします。先ずは、大きく脱線していますので······この計画』
一度言葉を切って、人形のような女性はーー何故か俺を見る。意味が解らず、首を傾げ。人形のような女性は、微笑みながら、言葉を続ける。
『永続現実未来世界の、賛辞をお願いします』
代表はそれに頷き、拍手をしながら、俺達へと向けこう言う。それはーーまるで最初から決められていたようなセリフ。
『皆さんは、選ばれたのです!!おめでとう。我々の繁栄の為にーー皆さんに幸あれ!!』
映像が消える。唖然、意味不明。
どうしてこうなったか、まるで解らないまま、俺は呆然と壇上を見るしかなく。
照明が明るくなる頃には、全員が言葉を失っていた。
『皆さん、今のお話で理解してもらえたでしょうか?皆さんは、この人類の中で選ばれた存在なのです』
壇上の人形のような女性は、淡々とそう言い放つ。意味が解らない。頭が理解しようとしない。
『意味が解らない顔をしているわね。それはそうよ。何せーー国家案件だとは、誰も思っていなかったでしょう?』
笑う。癪に触る笑いに、自然と前に体が出る。俺は、この女を知っているような錯覚。
馬鹿げたこのイベントを······止めなくてはいけないような、そんな錯覚。
『あらーー何も説明を聞かずに、随分高圧的ね?死にたいの?貴方?』
銃口が向けられる音が響くが、あえて無視。選ばれたーーとコイツは言ったのだ、それを信じるからこその無茶な方法。
その方法の通りに、銃撃は来ない。真っ直ぐ、この女へと向かう。
「説明などいらん。こんな意味不明な事に、巻き込まれるような事は······俺達にはない。俺達を帰せ」
静かに、睨み付けるように俺はそう言い。壇上の女は、髪を手で流しながらーー高らかに笑う。
「何が可笑しい!?こんな誘拐みたいな事をやってのける国家案件なんかーーあるわけないだろう!!」
その声に、所々で賛同の声があがるが、壇上の女はどうでもいいと言うように、片手をあげーー
『秋月龍人。私が選んだ······最終候補。いいのかしら?何の説明もなく、この案件から身を引いても?』
「当たり前だ!!説明などいらん。俺達は、極平凡な一般市民だ。だから······帰ると言っている!!」
俺の声に、口の端を釣り上げ笑う壇上の女はーー凶悪な笑みを向けながら、俺へとこう告げる。
『そう、じゃあーー帰ればいいわ。貴方のご友人と、共にね。······そして貴方は後悔したらいいわ』
背を向ける。話などする必要性すらない。こんな馬鹿げた事に巻き込まれる等、もっての他だった。俺に続くように······彼女達も後を追いかける。
『正義の味方等······この世に存在しないことをね』
歩みが止まる。今、アイツは何て言ったのだ?正義の味方は存在しない?
『貴方が思い描く正義の味方等、存在しないわ。何せーー貴方は、この計画から身を退くのだから』
俺は即座にーー踵を返す。彼女が俺の腕を掴み、首をおもいっきり横に振る。行っちゃダメだと、帰ろうと言うように······もう片方の腕も掴まれる。愛衣さんが真剣な表情で、首を振る。
その光景に、俺はどうしていいか解らず。歩みを止めたままーー壇上の続く言葉を聞く。
『そして、貴方は思い知るのーー自分の知らない所で、そこにいる人達。貴方の大事な······人達の生き死にがーー決まる運命をね』
『選びなさい。秋月龍人······いえ、そこに集まり賛同するもの全員ね。他人に委ねる運命を、貰い受けるか。自分自身で切り開く運命を、選びとるか。はたまたーー』
コイツの言ってる事は、まるで終わらない呪詛。それは······簡単に言えば、薬物のそれに近い物。一度味わうと、もう一度味わいたくなるような、それに近い。
『望んだ運命をーー叶える為に。あなたたち、全員が······それを叶える、チャンスがあるわ。権力、富、名声、生死ーー何でもいいのよ。あなたたちにしか、これは出来ないのよ。あなたたちは、選ばれたのーーこの世界中の、全ての存在から······ね』
くだらない。実にくだらない演説。だが、俺はそれを聞いて退けなくなってしまった。当たり前だ。
今こうしてーー心配そうに見つめるこいつらを、俺は救いたいのだ。
『誰かがどうにかしてくれる世界で、こいつらが幸せだとは限らない』
そう、だからーーあのくだらない演説は、俺を戻すには十分なのだ。
誰かが泣いて言い訳じゃない。
誰かが苦しんで言い訳じゃない。
俺の傍にいてくれる人達の顔を······一人一人眺める。
全員が困った表情のまま、俺を見やり。俺はため息を吐き出しながら、ただ一言だけ告げる。
「戻るぞ······俺達の世界を、壊されるわけにいくかよ」
その声にーーこの大馬鹿連中は、揃って踵を返す。誰も迷わない。それは、共通の願いなのだろう。
俺達の世界を守る為の冒険が、もうじき始まろうとしていた