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ガラスの世界  作者: 旧式突撃歌
序章~正義の味方の話~
8/36

連れ去られた後~過去の記憶と再会と違和感~

 涙を流す姿が見える。


 二人の女性は黒いレインコートを着た者に連れ去られ、俺はそれを見送る事しかできなかった。


 力が欲しかったーー


 相手は銃を持ち、こちらは素手。それでもーー俺はあいつらを叩き伏せる力が欲しかった。


 大事な者を傷つけることしか出来なくて、何が正義の味方なのか?


 隣で奮闘した男は、大量の群れに押し倒されながらも······体を持ち上げようと必死だったのに対し、俺は一言だけしか言い放てなかった。


 結果は意識を刈り取られる。無様な姿を、俺は覚えている。


 こんなことの為に、俺は強くなりたいと願ったのではない。強くなりたいと願った俺はーーあっけなく、その望みを叶える事が出来ないと知る。


 多分、この状況を見たら笑われそうだ。


 どうあっても成し遂げたい。そんな何かの為に無理を言ってーー俺を救う道へと誘った本人が見たら、腹を抱えて笑うだろう。


 ーーそんな人を思い浮かべる。


「相手を殺す意志は必要であって、それは手段でしかない。明確にどう殺すかを把握しておくと、それは加減という言葉につながるんだよ」


 タバコを吸いながら机に寄りかかり、軽口のように俺へと告げるその存在。


 よれよれのスーツを着て、ネクタイなんか首からだらしなく下げた状態で、淡々と言葉を繋ぐ。


「そもそも、君は自衛の手段という言葉に依存している。それは他人を殺す術を知りながら、他人を殺さずにーー何とかしようという甘過ぎる考えだ。殺しに来た奴は、何の理由があるにせよ······君を殺すだろう。そんな相手にすら、君は······殺さずに無力化する事を考える。それは傲慢だ」


 懐かしい香り。


 外国のタバコで、甘ったるい香りを放つそれを吸い込みながら、懐かしい記憶に浸る。


 ここは、小さなビルの一室。コンクリートで塗り固められた壁に、この人以外誰も住んでない三階建ての、小さなビル。


 白いペンキで塗ったくった後は、二人でやった証の一つ。床は真っ赤な絨毯を敷き詰め、これも全て手作業。ボロボロのソファーは、ゴミ捨て場から拾ってきて丹念に拭き2つ用意した。


 テーブルはガラス式のテーブルで、依頼主から貰った景品。懐かしい······いつしか見なくなった光景。


 俺は言葉を発する。


「殺し合いをしてどうなるんだ?そいつが死んだとしてーー次が来ないとは限らない。必要に迫られたら、俺は躊躇わないけどな」


 そんな俺が可笑しいのか?灰を灰皿に落としながら、存在は笑う。


 伸びきった髪が目元や耳を隠し、頭にはどこぞの探偵が被るような唾付きの帽子があり、それを深々と被り直しながら、存在はこう言い放つ。


「そうかそうか。ではーー聞くが。君のその理論で言えば、君が救いたいと願った者に、殺さなかった相手が直接向かった場合。君は、どうするんだい?」


「絶対に殺してやる。俺はーー二度とあんな目に合わせる気はない!」


 答えに満足したのか?そうじゃないのかは解らないが、長身の背丈が伸びる。


 身長は俺よりも大きく、しかし、身体はまるでマッチ棒のようなその存在は、机から体を起こすと俺の正面に立つ。タバコを加え、緩やかに煙が上へと立ち上ぼり。


「ならば。君は、例えば自分わたしが相手でも殺しにくる?という事だね?君に、自分が倒せるかな?」


 笑うーー口元のタバコが笑みで浮き上がり、存在はただ、優雅にスーツのポケットに手を入れ、笑う。


 息を吐き出す。自然と体の力を抜く。相手が何であれ、俺は叩き伏せなければならない。例えそれが······


 駆ける。床を蹴りつけ、接近。


 ただ突っ立っている相手に真正面から殴り込む。愚策の極み。しかし、相手が相手である以上、他にやりようがない。


「いい、拳だよね。君のそういう真っ直ぐで、ほんの少しーー」


 初撃、当然のように踏み込みからの正拳。顔を狙う一撃は緩やかに右へと避けられる。スキップのように足だけで移動。


 流れるように追い討ち。裏拳のようにリーチを伸ばし、上体を曲げ、踏み込む。肘うち。


「こういう変化球は、嫌いじゃないよ」


 後ろに下がる。いまだ足の移動のみ。ポケットに手を突っ込んだままの存在は、移動が直進的ーー


 故に、背面の壁に背中が当然のように当たる。


 更に踏み込む、左の拳を握り、壁に当たったのを確認した存在の顔目掛けアッパー。


「だからーー君は、真っ直ぐなその心を忘れたらダメだね」


 眉間に当たる硬い感触。


 黒光りする銃身。回転式拳銃リボルバーが、俺を押し止める。


 躊躇などしない。拳は届く位置、速度も十分。引き金と同時に一撃与えられる。それでいい!!


 微かに、存在は微笑む。


 根元付近のタバコを煙と共に吐き出し、顎に当たる寸前の拳を何のためらいすらなく当たり、銃口が反れる。


 即座に銃を持った腕を無力化すべく、動きーー腹が熱い。


 何が起きたか理解する間もなく、鮮血が絨毯やソファーを染める。動きを止めた俺は無造作に蹴りつけられ、床に背中からぶち当たる。


 呼吸が止まり、痛みで腹を押さえ、それでも動きを再開しようと起き上がる。銃声。


 手をついた腕が遅れて痛む。撃ち抜かれた腕を見る。出血の後はないが、痛みで感覚が麻痺。


「遅いよ。君」


 声と共に顔面に蹴り。真っ黒の革靴を顔に叩きつけ、そのまま床に踏み倒す。


 後頭部と正面からの痛みに意識が遠のきーー腕を床に叩きつける衝撃で覚醒。


 次いで腹に添えた手ごと踏みつけられ、痛みで悶絶。痛みを取り除こうとしたが······踏みつけられた腕は全く動かない。もがくように動くと、銃声。


 体が痛い。骨が砕けるような衝撃。


 それでも、立ち上がらなくてはいけない。圧倒的優位の存在は、笑いながら銃口を向け、引き金を引く。


 胸に直撃、呼吸と鼓動が遅れて発生。嗚咽。まだ生きてる。


 グリグリと踏みつけられる手と腹の痛みに上体が起き上がり、銃声。肩に走る衝撃で腕の力が抜ける。


 それでも、まだーー生きてる!!


「強情だね。そういうとこ、本当に好きだ」


 言った直後、顔面を蹴り潰される。意識が······落ちる。


 またかーーまた、俺は守れなかった?のか?


 ーーーーーー


 ーーーー


 ーー


 目を開く。懐かしい感覚を覚えている。瞬きをしながら、見たことのない光景が広がっていることに気付くと、瞬時に起き上がる。


 頭痛、痛みに頭を押さえ、そう言えば殴られた事を思い出す。頭を何度か振り周囲を見渡すと、真っ白の光景しか見えない。


 頭上を見れば遥か上から明かりが灯されていて、起き上がった場所を手で触ると、ベッド?のような幅が広い構造に寝ていたと解る。クッションのような弾力は手で触るとへこみ、それが元の形に戻るように動く。


 とりあえず、歩いてみることにした。真っ白の世界を歩く。


 異様に柔らかい感触に足元を慎重に動かしながらーーしばらく進んで後ろを振り返る。


 まるで病院の手術台を連想させるようなベッドを見やり、距離的におおよそ5メートル付近。更に進むと、今度は壁に当たるような感覚。


 壁といっても柔らかい布団のような感覚。体が包まれ、押し戻される。その感覚を辿るように、移動。


 気付くとベッドに戻ってきた。


 一週して解ったのは······これがおおよそ6メートルの長方形のような区画であること。出入口は無し。


 ベッドの方向も触ったが、反応が無かったからだ。この布団のような感覚で戻されてしまう。


 それから······今から試すが多分、こっちも無意味だと思うがーー


 ベッドから床目掛け飛び込む。当然のように柔らかい感触がして、沈んだ体が元に戻るように浮き上がる。


 これで大体把握出来たな。


 ここは隔離する為の部屋であることが解る。身体を傷つけないような配慮からして、多分だがーー外傷は与えないような構造なのだと思う。


 不意に、真っ白の光景が違う色を見せる。


 唐突に壁が開くと、黒いレインコートを着てガスマスクを付けた乱入者が、大勢で押し入ってくる。


 黒光りする銃口は形状を変えていて、ARアサルトライフルのそれと解る。ご丁寧に······銃剣と下に付いてるのは投影爆撃グレネードを射出するための物。


 武装を施した連中が合計で8人。床に突っ伏したままの俺は頭に手を起き、抵抗の意志が無いと見せる。


「立て、お前が一番最後だ。抵抗だけはするなよ?他の連中がどうなっても知らんぞ」


 今回は音声変換器ボイスチェンジャーではなく、地声で話ているようだ。低いその声に反応するように、起き上がる。銃口が一斉に俺を捉え、起き上がるのと同時に両手を上げる。


「······歩け。お仲間がお待ちだ」


 低い声はそう告げ、顎で合図する。言われた通り踏み出し、馴れない感触にゆっくりとした歩みを見せると、銃口を向けた奴等は静かに入り口から扇形に展開。入り口だけ綺麗に人がいなく、不審に思いながら進む。


 何だ?どうしてここだけ人がいない?


 そもそも、入り口付近にこの数なら最低でも見張り役の二人はいるはずだ。


 入り口の横を丹念に進みながら見るが、それらしき人影もない。入り口真横にこいつらは展開すらせず、ただ俺を囲うだけ。


 何かがおかしいーーそう思いながらゆっくりと入り口へとたどり着き、恐る恐る踏み出す。


「待ってたよ。秋月龍人君。久しぶりだね」


 その声に反応。直ぐに、いや、無理だ。ここの出入口まさかの一方通行ストレートコースだと!?


 そう、出た瞬間に解った。横を眺めようが無意味な理由。真っ直ぐに進む以外の方法が取れない事。そしてーー


「大丈夫。今回はいつもの挨拶は抜きだ。君の出迎えを依頼されたから、ここに来ただけさ」


 タバコを吹かしながら、歩いてくる姿に驚愕。


 上下真っ白のスーツに、相変わらず目元すら見えない伸びきった髪。白の唾つき帽子を深々と被り、真っ青なネクタイが首元で緩められ、だらしなく歩く度に揺れる。


 背丈は大きい。柳田かそれ以上、しかし体躯は細身。


 マッチ棒のようなそのヒョロヒョロした体を揺れるように見せながら、タバコを投げ捨て、片手を上げる。微笑んだ顔が異常に苛立つ。


「て······めえ!!どこ行ってやがったと思ったら!!こんなとこいんのか!?何故だ!!あんたはーーあんたは、自分がどういうとこにいるのか解ってるのか!?」


 腕を振りかざしながら俺は叫ぶ。信じていたものが、音を立てて崩れるような錯覚。


 そんな俺を見ながら軽く首を傾げ、スーツの男はなに食わぬ顔で、問いに答える。


「依頼主が特殊なのは認めるよ。報酬はいいし、そもそもーーほぼタダ飯食い放題。挙げ句に、自分わたしの好きなコレが吸い放題。文句は一つもないけどなあー」


 沸騰する。頭が怒りで沸騰する。何かがブチっと音を立てる。


 あの場所に俺が通いつめ、手入れをし、連絡すら寄越さないこいつが頭にくる!!


 死んでるか生きてるかも解らず。ただ教えられた事を反復するように、なるべく動きを違う物に変えたりしたんだ!!


 銃の知識は、こいつの解読不能に近いのを懸命に読めるようにして、それを少しでもーー帰ってきたら見せびらかしてやりたくて!!


「ふざけんな!!テメエ!!依頼は選ぶんじゃなかったのかよ!?人をこうやって拉致して、意味不明のまま扱って!!大事な者を守るための依頼は!!」


 壁を殴りつける。


 どうしてこうなったか、俺自身全く解らない。


 何だか······こいつが正義の味方に思えた時があって、重なったあの思い出を描く。


 俺が正義の味方という救いを······実際に行う為の法則を教えてくれて、飯も食わせてもらって、そうだーー遊びにも連れていってもらった。


「そんな!!俺のーー大事な!!」


 壁を殴り続ける。笑ったり、ボッコボコにされたり、説教も受けたし、酒の飲み方も教わった。


 タバコも教えてもらった。正義の味方には裏の顔が必要だと笑って言ってーー涙が出てきた。視界がぐちゃぐちゃになる。


「あんた、何やってんだ······よ!!こんなところいるんじゃねえよ!!生きてたら······連絡よこせよ!!ふざけんなよ!?」


 待ち望んだ再会。嬉しいはずの俺は、ガキのように泣き叫ぶ。


 スーツの男はいつの間にか俺の正面に来ていたようで、何も言わず。ただ静かに、俺を抱き締める。


 頭に感触。被っていた帽子をのせたようだ。昔の思い出。泣いてる俺を見せたくないと強がった時があってーー


 俺とこいつは、ぶっ壊れそうなシルバーのオンボロ車に乗っていた。依頼は単純明解な事で、ケンカの仲裁。


 だと言うのにーー家に向かって入った時には、全てが遅かった。


 逆上した男が、浮気相手と妻と子供を刺殺したのだ。泣き崩れ、許しを請う男を見る目が異常に冷たくて、こいつは俺へと向き直るとーー


「君、見ないでくれるかい?」


 静かに笑ったこいつの声が、今でも思い出す。


 玄関へと向かい外に出ると、渇いた銃声が三発。静かにタバコの煙を揺らしながらーー無言で車に乗り込む。


 追従するように乗り込むと、発進。オンボロのガラクタみたいに見える車が、俺達を乗せて走り出すと······その横を警察が走り抜ける。


 互いに無言。俺は何故か涙が溢れる。


「······ご飯どうしようか?依頼料前払いにしないとダメだね」


「どうしてだ。どうしてこうなった?ただのケンカでーー家族ってのは殺しあうほどの仲なのか!!」


 問いに答えないで、俺の思いを言ったのを思い出す。子供のままだった俺はーー


 そんな俺を横目で見ようとしたこいつに向かって、見るんじゃねえ!!と怒鳴ったっけな。


 そうして······一人で窓を眺めながら、涙を拭いていたんだ。不意に、静かに頭に何かが被せられる。


「見えないようにすればいい。君は、強いから。真っ直ぐで······曲がることを知らない」


 タバコに火をつけ、静かにハンドルを切る。向かう先は、いつもの通り道ではない。


「ご褒美だ。君は自分わたしに強さを教えてくれた。これはお礼だよ。良いところへ行くとしようか?きっと、君にとってーー大切な何かが見えると思うからね」


 そうだ。俺は、そこで見たんだ。


 大切な何か。それは、今や憩いの場になっている。あんたが今もあの端に座って、小さなパフェを子供みたいに食う様が見えそうでーー


「ただいま。君はーー大事な何かを、守れそうかい?」


 抱き締める強さ。正義の味方は、孤独ではない。生きる術の技術、それを教えてくれたのはあんただ。


「くそやろうが······今から、守りにいくんだよ」


 そうだ、目的はずっとこれなのだ。俺の生きる道の中にあるのは、彼女ーー


「それは何より。君にとって、どれほど大事だい?」


 帽子を深々と被る。泣いてる姿を見られたくないから、俺は強くなったのだと······知らしめてやる為に。


「俺の半身だ。俺の未来を共に歩む為の半身なんだ!!」


 答えに満足したかのように帽子を手に取りーーこいつは深々とかぶり直す。優しく微笑むと、顎で先に行こうと合図。


 その背中を追うことが、懐かしくて堪らない。子供のようにその背を追う俺はこいつ······


香月一太郎かげついちたろうを、父親だと思っている』


 つまり、そういうことなのだ。彼女の未来が閉ざされたあの日ーーあの時。


【俺はこいつに救われたのだから】


 違和感。


 世界がネジ曲がり、ぐらりと傾く。視界が右往左往と揺れる。


 何かが違うような、そうじゃないような?間違いだらけの世界のような?パズルのピースが、無理矢理くっついた錯覚。


 右往左往が止まらない。何でだ?と思いながら、こいつの背中についていくと······ようやく事態を把握した。


 出たのは、開けた空間。


 見上げれば星空と月が綺麗に映り、背後を向けばーー見たことも無いような巨大な船の形。


 そう、ここは海のど真ん中だった

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