世界のありかたと覚悟~言えない言葉~
お互いにどう話をしたらいいかわからず、とりあえず買ってきてくれた飲み物や食べ物を机に広げながら、無言のままテーブルを三人で囲む。
コタツ兼用のテーブルなので広さもそれなり、床には一応カーペットを完備。
座布団とフワフワした綿毛みたいなものがくっついてあるクッションを出し、手渡しでそれを配り、三人はそれぞれ好きな場所に落ちつく。
「ほら、これ新作何だってよ。きな粉味の焼きそば!こう、興味をそそられないか?なあ、龍人ー?」
乱入者はにこやかに、俺へと笑みを浮かべる。きな粉味の焼きそばとか、誰が食べるんだ?と心の中で思いながら、頷いておく。
「あーほら、これは何時もの物品だよ!みーちゃん、これ好きじゃん?龍人に渡しておけば、二人で食べれるよなあって思ってさ。ライオン型のさっくりチョコをなんと、デカ袋で!!」
そういって、煎餅が大量に入っている袋みたいな大きさのそれを、掲げるように彼女へと向けると、彼女はため息を吐きながらも、その袋を両手で受け取りパッケージを眺めると口を開く。
「ありがとう。んー、ハートのライオン君を探してね?あれ、これ可愛い!流石やっくん!これ、いいよー」
「だろ?だろ?ご自慢の一品だからね。龍人も早く!きな粉味の焼きそば食べようぜ!!」
全く、こいつがいると場が和む。世界が大きく移り変わるような······笑う二人を見ながら、俺はこれでいいんだと思う。
俺ではこの場を変える事は出来ない。世界ってやつを、変化させることは出来ないのだからーー
「そうそう、今日の目玉はさ。これ!!ワイルドターツンっていう、バーボンだ!みーちゃんは、こっちの飲みやすい······ほろんと君!いやあ、口直しで三本用意してて良かったわ」
まるで飲み会だなと思いながら、席を立つ。
グラスと氷と何か他に、食べれる物があるか見てこようと思ったからだ。彼女が俺を見ながら、一緒に席を立つ。
「コップとか食べ物用意手伝ってくるねー」
「おー了解ー悪いねえ。じゃあ、オレはバーボンの蓋でも開けておくよ」
彼女は俺と共に、台所へと向かう。とはいっても、居間を出てさっき倒れた区画が台所になる。
壁にある、電気をタッチして付けると、風呂場へと向かう扉とトイレへの扉があり、二階へ上がる為の階段が伝いの真ん中にある。
冷蔵庫へと向かう。この横には、電気式のキッチンがあり、あまり使ってないせいか少々埃が被ってあるが、少し拭けば直ぐに使える代物だ。
彼女は、俺とは少し離れた場所にある食器棚を開け、グラスと氷を入れる為の容器や、皿等を用意している。
冷蔵庫を開けながら、中身を物色。目につくのは調味料、半分くらい飲んだお茶のペットボトル。
チルド室を開けると、ローストビーフが入っている。何でこんな物があるんだろうか?買った記憶がない。
「あー!やっぱり食べてない。それこの前買ってきたのだよ?本当に何か食べてるのか、怪しい······たっくん?」
彼女が背後から話掛けてきたのに気付くと、俺は咄嗟に彼女から距離をとるべく横に移動し、足がもつれて尻から床に落ちる。
「え······大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ。何も問題はない」
予想外、正直どうして距離を取ろうとしたのか全く意味不明。手にしたままのローストビーフのパックを彼女へと差し出し、彼女は俺の腕を握る。
「ほら、起きて。いくよー」
感触、温もり、声が聞こえる。
引っ張りあげられ、俺は立ち上がり、彼女を正面から見てしまう。笑って、唇が動く。
「どうしたの?何か変だよ?」
変?いや待て、さっきのあれは一体なんだ?お前は何をしようとしたんだ?あの時、お前は何を望んだ?疑問が胸の内を駆け巡る。何か言葉にしようとするが、聞いていいか解らない。
彼女は、何も感じていないという事か?俺のこの感情はなんだ?意味不明過ぎる。
俺は軽く頭を振りながら、こう言うしかなかった。
「いや、久々に肉をみた気がするから、あまりのボリュームに焦っただけだ」
「は?なにそれ?肉恐怖症みたいな感じなの?あんたは、本当にどうしようもないよね」
何故か罵倒される。どうしてこうなるのか、俺には理解出来ないがこいつが普段通りだというのが解る。普段通りだというのなら、俺はそれに従うまでだ。
何も変化などないーーそういうことだ。
「何とでも言え。俺に必要なのは、今はタバコだ。さっさと戻るぞ」
冷蔵庫から音がなる。開けっ放しにした時間が長いせいか、怒られてしまったようだ。
チルド室を閉め、冷蔵庫の怒りをなだめると、氷を次は準備するための作業にかかろうとして、腕を引かれる。
「なんーー」
振り向きざま、言葉が消える。気付けば、何故か柔らかい感触とトクンと鼓動の音がして、俺は絶句。
「怖くない。あたしは、あんたを怖くない」
頭に優しい感触がする。鼓動が高鳴り、息をするたびにいい香りがし、頭を軽く動かすと柔らかな感触が左右にある。
薄い黄色の布地が膨らんでいて、どうしたらいいのか解らないままの俺の頭に、優しい感触はゆっくりと動く。
それが、彼女の顔だと今さら気付く。俺は彼女の胸に顔を埋め、抱きしめられているのだ。
その事実に、手にしたパックを持つ力が緩み、床に落ちると、それが合図のように彼女はゆっくりと離れていきーー
「私ね。秋月龍人の事が、怖くないです。知っていて、あんたが泣いたら、あたしはーーあんたの世界を必ず笑顔にしてあげる」
「伝えたい事、さっきできなかったから、今はこれで······ごめんね?」
何故謝る。意味がわからない。俺は、俺は?どうすればいいんだ?
「おーい、蓋開けたぞー準備万端だぜー」
「はーい。今いくよー!······たーくん。行こう」
「あ、ああ。行くか」
世界が移り変わる。
彼女は小さなテーブルに置いた皿に手早く物をのせ、俺は容器に氷を入れると、テーブルへと置き、キッチンの上の戸棚を開け、中身を確認しながら何か無いかと見渡しながら、彼女について考える。
彼女ーー桜木未歩は、変な女だ。何故か俺につきまとう、いつから一緒だったろうか?よく覚えていない。何故か、一緒なのだ。
一心同体なんて呼ばれた記憶がある。どれほど、色々な事を乗り越えてきたんだろう?俺がーーこうなってもコイツは俺の傍を離れない。
世界は優しい。
とても優しくて、俺には眩いほどの光。
温もりがあって、希望があって、未来がある。そんな光を俺はただ、見ながら歩くだけしか出来ない。
『世界に介入する事は出来ない』
そう、俺はーー俺が歩む世界は、光の外側。正義の味方は、光を歩く事はない。
それを守らないといけないからだ。その希望や未来を繋ぐ為の存在。
彼女は、光の只中を真っ直ぐに突き進む。俺はその背を、歩みを止めずに見守る。彼女の、未来を描く為に。
そういうことだ。世界はだから······
『優しくて残酷である』
「たーくん?ちょっと、本当に大丈夫?」
声が聞こえる。ふっと、思考が引き戻される。振り向き、大丈夫だと意味を込めて頷くと、彼女は肩をすくめながら皿やグラスを持って、居間へと向かう。
その背を眺めながら、俺は思うんだ。
これを失いたくないと、この光景を絶えずみたいとーーそんな妄想を平然と願うだけ。
頭を軽く振りながら思考を切って、上の戸棚をもう一つ開けると中にジャーキーの詰め合わせがあった。乱入者が以前買ってきて食べなかったから、ここに入れていたのだろう。
それを取りだし戸棚を閉めると、氷を入れた容器と共に居間へと戻る。
「おせーよ!龍人ー早く始めようぜー」
「わかったから、そう急かすな。どうせ飲みたいだけだろう?氷とこいつがあったから持ってきたぞ」
手にしたジャーキーの詰め合わせパックを見るや、乱入者はそれを奪い取ると、さっさと開け始める。
しょうもないやつだ。そう思いながら、悪い気はしない。
「えーではでは、乾杯ー!!」
「え?まって!まだ開けてない!!あーずるいー!」
「おい、俺は氷すら入れてないぞ?というかお前しか準備出来てないだろう!!」
ワイワイと文句を言いながら、いつものように宴が始まる。
バーボンを注いでもらうと、俺は正面のTV台の下の小さな引き戸を開けると中から愛用のタバコを取りだし、口にくわえるとさっさと火をつける。
「おー相変わらずそれは忘れないよな」
「やっくんー聞いてよー辞めてって何回も言ったのに聞かないのよ!このバカはねー」
タバコを吸いながら、定位置に移動を開始。二人を眺めながら、ほんの何口か飲んだだけで、彼女が酔っているのがわかる。そもそも、そんなに強くないのだ。
顔が真っ赤に染まり、口元がヘラヘラと笑っているのを見ながら、灰皿を掴む。
「あはは、龍人にはこいつがねえとダメだからなあー」
「おい、俺をダメ人間みたいに言うのはやめろ」
タバコの灰を灰皿に落とし、バーボンを煽る。ロックだからか、喉が焼ける感覚が妙に心地いい。
「うー、そうだけどさぁーこいつねえ。あたしとの約束無視したんだよ?今日も」
「ああーそれで、みーちゃん龍人の家に来てたのか。納得したわ」
「どういう納得の仕方なんだ?それで納得されていたら、俺の家に毎日こいつがいることになるぞ」
「はぁ?そんなにかよ······はぁーノロケだねえこりゃあ。ご馳走さん」
笑いながら両手を合わせるのを見つつ、ジャーキーを食べる。この感触が妙に好きで、ガリガリ食べてしまう。
バーボンを注ぎ、タバコに火をつけると、彼女が急に持っていた缶をテーブルに叩きつける。
テーブルが振動し、俺と乱入者は何事かと思い顔を見合せ、彼女の様子を窺うと、顔が下を向いていて表情が見えないまま彼女は肩を震わせるとーー
「くぅぅ······あったまきたあ!!トイレ!!」
顔をあげながら怒鳴るような声でそう言い立ち上がると、ドスドスと音を立てながらトイレへと歩き出す。
そんな彼女の様子に、苦笑いしか浮かべられず。俺と残ったこいつは互いに頬をかく。
「便座がない!!なにここ!!あーもう、ここでしろってお告げ!?もういい、脱いでしちゃうんだから!!」
頭を抱えそうになりながら立ち上がり、介助へと向かうことにする。飲むと毎回これだ······本人に悪気は一切ないから、手に終えない。
「おい、逆だ。逆。いい加減に覚えろ」
「ぎゃくぅ~~?なにいってんのよーあたしはまちがってないからね!便座が移動したんじゃないの!?」
「そんな恐ろしい事はない。便座が足生えて移動を開始したら、俺が一番困るからな」
やれやれと、彼女の脇に腕を入れ肩を支える格好をとると、左右の逆に位置する扉へと向かい歩き出す。
「ちょっとぉーたつとく~ん?あたしの胸さわってるんですけどぉー?」
「そんなことはしていない!ほら、さっさと歩け」
「えーそうかなー?でも、たーくんの介助だもんねえーえへへ」
感情の起伏おかしいだろ······全く手に終えない。扉を開け、電気をつける。そのまま中へと彼女を入れ、俺はようやく解放の道へたどり着く。
静かに扉を閉める中、小さくボソッと彼女は呟く。
「たーくんのいくじなし」
泣いているように聞こえる声。扉が重い。閉める事を拒んでいるような重さ。それでもーーそれでも俺は、扉を閉める。
「おーお帰りーご苦労様だな」
「疲れたわ。さっさと飲んで、新しく美味いの飲まないとな」
グラスの中身を一気に飲み干し、氷を継ぎ足しながら、バーボンを新たに注ぐ。
「なあ、龍人。お前さ、みーちゃんのこと、どうする気だ?」
バーボンを注ぐ力が強まる。一気に出てしまった為、慌ててボトルを引き上げテーブルへと戻す。
グラス一杯に入ったバーボンを持ち、飲めるだけ飲むと、グラスの中身を半分ほど飲んだようだ。それで、俺は落ち着きを取り戻す。質問をしてきたそいつを見るために顔を向ける。
「どう?······とは、どういう意味だ?」
「いつまで、こうしてる気なんだって意味だよ」
真剣。いつものチャラけた顔はそこに無い。
俺を見据えるのは、真剣な表情の鋭い目付きの茶色の瞳。肌の色は健康的に焼けており、体躯も俺なんかより、圧倒的に大きい。
彼女よりも背が高く、ショートの真っ黒の髪を上に上げていて、ハリネズミの刺のような感じ。
顔全体のバランス等を見ても、こいつはイケメン。彼女と並んで歩くと凄く絵になる。俺には勿体ないような友人にして、親友でもある。
「いつまで······それは、俺が彼女を見てあげれるまでだ」
「違う。そういう意味じゃなくてなーーそれから、いつまで彼女って呼ぶんだよ?みーちゃん、ちゃんと名前あるだろ?」
やけに食いついてくるな。いつもなら、適当に流せるはずの会話はそういう雰囲気にはならない。
仕方ないと思い、タバコに火をつけると、質問者も同時に火をつける。
「俺は、そのなんだ。彼女には幸せになってほしいんだ」
「いやだからな、それは解る。でも、みーちゃんが望むのはそうじゃないだろ?そんな幸せ、微塵も思ってないの、解るんじゃないか?」
灰を落としながら、バーボンを煽る。こいつが言ってる意味を考えながら、俺は、タバコを吸う。
「なあ、龍人。お前さ、いつまで一人で立ち向かう気をしているんだ?」
「······柳田楼牙、その話は二度としない約束だぞ?忘れたのか?」
タバコを潰す。静かに、俺は質問者へと鋭い目を向ける。
「······強情が。お前とあの子見ちまったら、見てらんねえんだよ」
鋭い目付きが交差する。互いの意地がぶつかり、どちらも譲れない物があるようで、互いの意地は収まらない。
「世界は変わらないんだ。俺は、彼女をーー何があっても幸せにする。俺が存在しない世界でも、彼女の世界を壊すのは許さない」
「許さないのなら、みーちゃん。いや、未歩さんを龍人が幸せにするべきだ。オレならそう願う。あの子、踏み出したじゃないか。お前にさ······ようやくだぜ?何年越しに動いたと思ってんだ?幸せにしたいなら、動いた未歩さんを受け入れたらいいだろう?違うのかよ」
受け入れる?何を言っているんだろうか?俺は彼女を拒否したことなど一度もない。
世界が例えば、彼女を拒絶したとしたら、俺はその世界でも彼女を受け入れるだろう。そんな事は、事実あり得ない。
「俺は受け入れている。彼女が望む先も全てだ」
テーブルが揺れる。俺は、少しだけ宙に上体を浮かせられ、上から見下ろす質問者は、歯を鳴らす。
服の襟を捕まれ今にも食いちぎられそうな感覚。殺気ーーみたいな物だろう。
それでも俺の鋭い視線は揺るがない。
「望む事を受け入れてるなら、何とかしろよ。お前にしか出来ないんだぞ?いつまでーー腐ってる気なんだ?」
「その手を離せよ。柳田······お前とやり合う気はない。彼女には、お前も必要だ。俺も同じだ。だから、離せ」
カチャっと音が響く。ドアが開く音に俺を掴んでいた手を緩め、大きく深呼吸をした後に襟を離す。
「うぅ······頭があ、われそう」
死人のような声と足取りで彼女は帰ってくる。俺と柳田は、互いに無言のまま、グラスを傾けーー
「死人みたいな声出してないで、座ってみーちゃん。きついなら横になるかい?」
「へいきー、まだ、だいじょぶーだーよぉー?」
アウトだろ。あからさまに······そんな事を思いながら、髪を軽くかくとバーボンがグラスに注がれる。
「龍人、飲めよ。夜はこれからみたいだぜ」
グラスの中の氷が溶けて音を立てる。柳田は、俺の親友は、笑いながらグラスを傾ける。グラスを少し眺めながら、俺は手にとりーーそれを飲み干す。
喉が痛い。こいつの想いに応えるなら、他に方法が思いつかなかった。
「いい飲みっぷりだ。流石、オレの相棒だな」
「······柳田。お前も一気な。拒否は許さんぞ。相棒」
ボトルを掴み、グラスに注ぐ。柳田は困ったような笑みを浮かべ、それを飲み干す。
「なんかあったの?」
彼女のそんな声に、俺達は二人で苦笑いを浮かべながら、注ぎ合う。
そんな俺達を見ながら、彼女は不思議そうに首を傾げ、きな粉味の焼きそばを三人分きちんと皿にわけて、箸を配り終えると、缶を傾ける。
きな粉味の焼きそばは、三人で食べた結果。封印物品になったのは言うまでもない。
こうして、夜は更けていく。
深夜をまわったころには、彼女は寝息を立て、カーペットに横になっており、柳田と俺は飲み干す寸前のボトルを見ながら、互いにタバコを吸う。
「龍人、お前そういや。あれ、結局すんのか?VRMMO。前に少し言ってたろ?興味があるってよ」
残り少ない中身のグラスを持ちながら、俺はそういえばーーと思い出す。以前に、一度やってみたいと思ったと話をしたことがあった。
「【bonds fragment】の事か?ああ、ちょっと興味があってな。やってみたいと思ってる。それで今日買い出しの予定だったんだが······」
「ボンズフラグメントのアニメ見てたら忘れてたわけか?」
嘘を言ってもしょうがないから、黙って頷く。空になったグラスに氷を入れ、ボトルを傾ける。
俺の頷きに笑いを堪えられなかったのか、柳田が失笑する。
「みーちゃん、そりゃ怒るわけだ。まあ、いまだに未体験の奴も相当珍しいだろうな。世界シェアがどれくらいか知ってるよな?」
「知らん。ただ、興味が湧いただけだ。やって損はないと思ってな」
「龍人らしいと言うか、なんと言うか。あのゲームは、世界シェア一位だ。単純に言えば、この世界の人類の96%はこれをやっているみたいなもんだ」
そんな知識もこいつはあるのか、流石イケメン。そんな事を思いながら、タバコに火をつける。
「まあ、オレのこの奢りの品も、このゲームがあるからだな。良い稼ぎ口なんだぜ」
「ゲームで稼ぐとか、一体どういう仕事をしているんだ?俺達、もうすぐ二十歳終わるぞ?」
「んー?健全な仕事だぞ?お前知らんのか?闘技大会だぞ?」
なんだそれは?初めて聞く単語に首を傾げ。柳田は、ウソだろ······と頭を抱えながら、口を開く。
「テレビですら中継されてるぞ?そもそも、全共通映像配信の筆頭番組だろうがーーお前本当にこの世に、興味ないのな」
「ないな。そもそも、ゲームの中身を全世界に向けて配信してどうなるんだ?そんな物を見て、一体なんになると言うんだ?」
グラスを傾けながら柳田に問いかけ、柳田はそんな俺にしょうがない。という風に肩をすくめながら、説明をし始める。
「ちっと長いが、ちゃんと聞けよ龍人。これ、真面目に一般常識で面接とかでも聞かれるレベル。そもそも、知らないのが本気でヤバイからな」
「ほう、じゃあ聞かせてもらうぞ。柳田、頼む」
その声に柳田は頷き、グラスにバーボンを注ぐと俺へと向き直り、口を開く。
「【bonds fragment】、呼び名は、ボンズフラグメント。意味は絆の欠片、または、束縛する断片と言うんだわ。んで、こいつが一番最初に出てきたのは、今から14年前。VR技術がほぼ、普及してない状態が開始直後な」
頷き、タバコを吸う。灰皿が満杯なので、その辺のビニール袋の中に適当に中身を開け、灰皿を確保。
「VRが普及したのは、今から、10年前。このVRが普及する原因は、ボンズフラグメントのせいだな。これの開発者、片桐零未は、ボンズフラグメントの生みの親でもあるからだ」
「この人が、VRという新たな世界の生みの親で、この人のお陰で、今やVRはーー戦争、政治、経済、情報ーー俺達が生きていく上での、重要な物を担う為のスンゲー重要な要素なわけだ。VRが、たった4年で作り上がり、運営している方法は、いまだに謎のまま。開発者本人しか知らないらしいぜ」
「そんで、このVR。当然だけど、問題もある。それが······て、おい?龍人?おい、どうした?」
片桐零未、カタギリレミ。名前を聞いた瞬間、何かが引っ掛かる。違和感?違うーーこれは、恐怖?
肩が震える。どうしていいか解らず、震える指でタバコを消す。カタカタと鳴り響く灰皿の音。
カタギリレミ······なんだこの聞いてはいけない単語。これは、なんだ?
唐突に肩を揺さぶられ、俺は驚きのあまりその手を掴む。反射的に、相手の腕を引きーー
「おい、龍人!!オレだ、オレ!!」
その声に反応し、右手に持った灰皿を静かに降ろす。あまりの恐怖、俺が、俺で無くなるような喪失感。
なんだ?これは、なんだ?
「飲み過ぎか?と言うか、灰皿禁止。オレ真面目に痛いぞ食らったら」
「······すまん。なんか、歯止めが効かなくて。すまん」
「いやいいよ。大丈夫だ。たまーにあるもんな、お前さ。行き過ぎちまうこと」
柳田のそんな声に、俺は落ち着きを取り戻す。柳田を解放しながら考える。
飲み過ぎ?そうか、飲み過ぎか?それでこの様とは、情けないな。
「説明は、また今度だな。もう2時なるしなー」
時計を見ながら柳田はそう言い、俺は頭をかきながら、タバコに手を伸ばすと、テーブルが揺れる。
「へへーん、たーくん。うへへへー」
夢のなかで何をやっているんだろうか?寝返りをうつ彼女をみやり、柳田と俺は笑う。
「そろそろ帰るわ。長いしちまったな」
柳田はそう言うと立ち上がり、俺も一緒に立ち上がる。見送ってから、彼女をベッドに移動させる為だ。
「ああ、そうだ。明日ーて言うか、今日か。買い出し行くのか?」
柳田のその言葉に、ほんの少し間が空く。カタギリレミーー呪詛のように反復するソレを、軽く頭を振りながら思考の外に追い出す。
「ああ、いくよ。例の場所にも顔を出さないといけないからな」
「おー、じゃあオレもいくわ。例の所に集合でいいか?と言うか、そこに目的があるから、そこまでしか行かないけどな」
ああ、そういうことか。理由を把握し、俺は頷く。
「時間は何時だかわからんが、先に行って待っててくれ。今日分の礼をしたいからな」
「おお、了解。そんじゃ、待っておくわーじゃなー」
手を上げながら柳田は玄関へ向かい、ドアが閉まる音が響く。そういえば、今さらだが、ここの戸を閉めていないことに気付く。
引き戸の為によく閉め忘れるのだ。居間と玄関を塞ぐ戸を閉め、彼女へと向き直る。
幸せそうに寝息をたてる彼女を見ながら、ゆっくりと近づき。身体を持ち上げる。起こさないように、静かに。
お姫様抱っこの状態で、階段をゆっくりと上っていく。背丈のわりに、そんなに重くないのが彼女のいいとこでもある。
階段を上っていく際に、所々で彼女が動き、俺の胸に顔を埋めたり、腕のなかで微笑んだりするので、起きているのか?などと思いながら、ベッドがある部屋に到着。
壁にある電気タッチを押し込み、中へと入る。二階は一室しかない。お客様の寝る部屋となっている。
まあ、実際は物置みたいに使っていたのを、彼女と柳田が勝手に掃除をし、ベッドを置いたのでそうなっただけ。
ベッドサイドには、簡単な貼り紙が貼ってある。彼女を降ろし、ちゃんと掛け布団をしながら、その紙をみやる。
『桜木未歩限定!!絶対だぞ!!』
この紙を見る度に、俺は微笑む。言われなくてもーーそうすると思うぞ。心の中でそう言い、彼女を軽く見た後、部屋を出ようと歩き出す。
「いかないで」
寝言?何だと思い振り返る。彼女はちゃんと眠ったままだ。天井を見上げながら、ちゃんと寝ている。
「お願い、龍人······置いていかない······で」
寝ている彼女の目から涙がこぼれる。
見てはいけないものを見てしまった気分に、俺は、聞こえるか解らないが言うしかなかった。
「大丈夫だ。俺はーー桜木未歩を、置いては行かない。お前の世界を必ず、守ってみせる」
その声が届いたか解らないが、彼女は俺へと寝返りをうつ。彼女の腕がそのせいで俺へと向く。
しかし、彼女の手が俺へと伸ばされているように見えて、ベッドからはみ出したその腕に、反射的に手を伸ばしてしまう。
掴んだその手は、冷たくなっていて、温めるように離さないように握る。彼女は、モゾモゾとベッドの中で動きながら、手を引く。
「······」
引かれた反射で、力を入れてなかった俺は、そのまま彼女のベッドへと引き込まれーー目の前に彼女の寝顔がある。
俺の手は、両手で抱き抱えられ、身動きができない状態になっている。困った。
何とか脱出しようとしながらも、安心したように眠る彼女の顔を眺めていると、起こす可能性があるのは良くないと思う。
彼女が寝息を立てると、心地よいリズムを奏でている錯覚に陥る。
まるで子守唄のようなリズム。穏やかな、安心する音色。
鼓動の音、温もり、幸せそうな顔。色々あったせいか、俺の顔がベッドに落ちる。
ダメだと思いながらも、目が閉じる。命令を聞かない体は、疲労感で一杯のようでーー意識が落ちていく。
この温もりが、離れたくないと、願われ。俺は、俺自身はーー
『離したくない』
言えない言葉を胸に、俺の意識は完全に落ちていった




