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ガラスの世界  作者: 旧式突撃歌
1章 おとぎ話はこうやって始まる
30/36

終演への一歩~望んだ事と望んだ事~

「御主人様!!ーー様!!ーー見て!!」


 嘘だ。嘘だ。こんなの嘘だ。こんなの望んでない!!ウソだ!!ウソだウソだ!!絶対嘘だ!!!!


 ふざけるな。ふざけるな。俺は望んでなんかない!!違うーー違う違う!!!!タベタリシテナイ!!!!


「御主人様!!!!」


 体をおもいっきり揺さぶられ、ようやく俺は目の前にいる存在に気が付く。気が付いて、虚ろな焦点を合わせる。


「大丈夫です!!今ならまだーーまだもう一度!!お望み下さい!!御主人様の願いを!!」


 願い?ナニガ?俺の願いなんかもう、何もナイ。きっとーー俺が望んだ世界なんか、実現するわけがない。


「楽しい夢は終わったかしら?残念だけど······起きたことを変えることは、出来ないわ」


「ーー主が望む限り。私は、何度でも叶えて差し上げます!!」


「······無駄よ。手の内がわかった以上ーー貴女が敵う通りは無いわ」


 片桐の声に合わせるように、俺の胸の中にいたシルヴァが後方に吹き飛ぶ。俺はそれを眺めながら、何をするわけでもなく······ただ呆然と二人のやり取りを見るしかない。


「秋月。さっさと立ちなさい。秋月は、やることがあるのだから······」


「御主人様からーー離れて!!」


 そう言いながらシルヴァは、腕を横へ振り抜き前進。片桐は無造作に金色の髪を払う。互いの間に、青色の膜が張られ、それがぶつかり合い破裂。


「ーーこの世界で、私に敵う通りは······あり得ません!!」


 シルヴァは片桐の前に走り込むと、腕を突きだす。片桐はシルヴァを見ながら、つまらなそうに首を振り、青色の膜が攻めぎ合う。


「バカの一つ覚えね?手の内がわかったとーー言ったはずよ?」


 攻めぎ合う青色の膜が変色し始める。片桐の身を包む膜が真っ黒に染まり、シルヴァが展開する青色の膜が、色を失っていく。


「これは······」


 シルヴァの声に合わせるかのように、片桐が無造作にシルヴァへと蹴りこむ。腹部を蹴られ、シルヴァが苦悶の表情を見せながら、背後にある瓦礫へと吹き飛び、衝撃からか体が埋没していく。


「御主人様がーーそんなに大事かしら?敵に手の内を明かすような真似は、しないほうが懸命だったわね。惜しい事をしたわ。残念だけどーー」


 片桐が楽しそうに笑う。腕をゆっくりと上げ、目の前に持ってくるとーー拳を握るように手を動かす。瓦礫が、それに従うように横から砕け、圧縮される缶のように徐々に狭まる。


「終わりよ」


「やめろぉおおお!!」


 どうして動いたのか?自分でも解らない。俺は声を上げながら、片桐へと体当たりをしていた。それで瓦礫の圧縮が防げたようで、片桐が驚きの表情を見せながら床に尻餅をつくーー同時にシルヴァは、瓦礫を吹き飛ばしながら俺の前に走り込む。


「······箱庭の世界が、そんなにいいのかしら?」


 片桐は、立ち上がりながら俺へと問う。シルヴァは俺を守るように腕を広げ、片桐を睨む。


「はこ、にわ?」


「そうよ。ここは箱庭。秋月が望む事を叶える為の箱庭なのよ」


 片桐はそう言うと、シルヴァを一瞥。静かに目を閉じ、俺達から距離を取るように後ろに跳躍。目を開く。


「精神世界構築形成術式。またの名をーーワールドメーカー。これが、秋月を守護する者の能力よ。秋月が望む世界を作成し、その世界の中で過ごさせる能力なの。箱庭の作り手。そう、一部には呼ばれているわ」


「······何故、そこまでご存知なのですか?貴女はーー何者ですか?」


「何者でもいいわ。手の内は明かさないほうが、都合上いいのよ。違うかしら?ワールドメーカー?」


 互いに向かい合う二人は、互いに一歩踏み込む。シルヴァは姿勢を低くし、片桐は腕を軽く振るう。


「そうですね。それは懸命な判断です。ですがーー」


 今度は赤い膜が、シルヴァを守護するように展開される。片桐が放った何かを、それは防ぐ。


「御主人様が後ろにいる限り······私に敗走の文字はございません。それは断固ーー確実にございません」


 シルヴァの体から、血のような真っ赤なオーラが立ち上る。片桐はそれを見ながら、口元に指を添えるとーー


「貴女······死ぬわよ?精神世界構築形成術式ワールドメーカーを使いながら、自分の精神を犠牲にするなんてーー忠犬にも程があるわね」


「何とでも仰有り下さい。私にはーー御主人様の望み以外。必要ありませんので······幾らでも、私の命など捧げましょう」


「シルヴァ、やめろ!!これ以上ーー」


 片桐が微笑みながら腕を突きだし、シルヴァは赤い膜を展開。何度もーー何度も。


「貴女の精神。そろそろ限界を······超えてるんじゃないかしら?これだけの精巧な箱庭を作成し、それでもなお、防壁まで展開させる。非常に楽しいわ。貴女」


「お褒めに預かりーーッ!!」


 攻撃を受け続けるシルヴァの体が、一瞬ふらつく。それでもなお、片桐を真っ向から見返しーー


「至極、光栄です!!」


 その声に合わせるようにシルヴァが、床から天井まで包み込む程の赤い膜を展開する。


 片桐を睨み付けるシルヴァが歯を剥き出しにすると、赤い膜が呼応するかのように震え、シルヴァは咆哮を上げる。


 声にならない雄叫びが響くと、空気が波打つのを視認でき、そこに赤い膜が重なり、波打つ空気が真っ赤に染まるとーー床を抉りながら片桐へと直進。


 片桐を押し潰すかのように真っ直ぐ向かう中。片桐はそれを見ながら、金色の髪を払う。他に何をするわけでもなく、目の前に迫る赤い膜へと顔を向け······呆れたようにため息を吐く。直後ーー巨大な赤い膜は、片桐へ触れる事もなく消失した。


「一つーーいいことを教えてあげるわ」


 そんな声を聞きながら、シルヴァは膝から床に崩れ落ちる。立ち上る赤いオーラが儚く消え。それでもーーまだ立ち上がると言うように、床に手をつけ、震える体を起こそうとしている。


「自分の精神を削って魔術を行使する。この行いは賞賛に値するわ。自身の精神は、生命の根幹だもの。それを無理やり······自分の信じる者のために犠牲にする。その意思の強さはーー間違いなく誇っていいわ」


 片桐はゆっくりとシルヴァへ近づく。シルヴァは、顔を片桐へと向けながら、尚も立ち上がろうともがく。


「ただ······時と場合によるわね。普段の箱庭の中での貴女はーー間違いなく、勝者になれるわ。箱庭を作成した者が望むように、様々なことが可能な世界を作り出すのだから、それは当然なのよ」


 そこまでいって、片桐は歩みを止めると······俺を見ながら微笑む。


「但しーー箱庭を望む者が、箱庭を否定しないことが条件なのよ。箱庭は作成するに辺り······箱庭を望む対象者の世界を、構築の土台にしなくてはいけないのよ。精神世界構築形成術式ワールドメーカーは、あくまでも作成する能力しかないわ」


「箱庭を作成する土台は、対象者の望む世界の在り方そのもの。対象者がーーもしも箱庭を否定すれば?または、箱庭の内部で異変に気付き······箱庭を望めない精神状態だとしたら?当然ーー作成した能力者の力は、弱まるわ」


 立ち上がる事に必死なシルヴァを見ながら、片桐は楽しそうに、自らの頬を指でなぞる。


「箱庭の中の貴女が、全ての能力においてーー最高ランクの力を得たとしても。私の基礎能力は、貴女と同じように最高ランクを······何の制限も無く叩き出せるわ」


「らん······く?」


 俺の呟きに、片桐は呆れたようにため息をつく。仕方ないと言うように、金色の髪を払いながら俺へと向き直る。


「分かりやすくするために、私達の個人の能力をーーランクで表しているのよ。最低がE。最高がS。Sランクが一番上で、そこから最低のEまではアルファベット順よ。これらのランクの振り分けには、ある種の条件を満たさなくてはいけないわ」


「例えばそうね······秋月を例に挙げましょうか。秋月は、全ての能力がCランクよ。Dランクが、一般的な身体的能力とするわ。それの一段階上の状態。例えば、50メートル走のタイムがDランクだと8秒かかったとするわ。Cランクだと、6秒。Bランクだと、4秒。と言うように、それぞれの差異を表す一種の記号のようなものね」


「能力?どういうものがあるんだ?」


 俺の問いに、片桐は瞬きを数回する。珍しい光景を見たような気分だ。額に手を当てながら、片桐は困った表情で俺へと返答する。


「重症ね······能力についてだけれど、基礎能力と言うようにしているわ。これは、三種類にわけられるわ。一つ目、殲滅力。これは、個人が敵対する者を倒す為の力ーーだと思ってもらうといいわ。これが高ければ高いほど、敵を倒しやすいのよ」


「2つ目、耐性。これはそのままの意味ね。どれくらい打たれ強いかーーを意味しているわ。これが高ければ高いほど、並みの攻撃では通じない。そう思ってもらうといいわ」


「3つ目、持久力。これも言葉通りよ。どれくらい長く稼働出来るか。魔術士の場合だと、粘り強さの意味も含まれるわね。術式を連続で、粘り強く発動出来るか。という風に、解釈してもらったらいいわ」


「なるほどな。よく解った。シルヴァーー」


 その声に応えるように、休息を終えたシルヴァは立ち上がる。体の震えは収まり、ふらつきもないようだ。


「大丈夫······そうだな」


 俺の声に反応を返すように、シルヴァは片桐の前に再度立ち塞がる。そんなシルヴァを見ながら、片桐は首を軽く振りーー何もしないというように、その場に座り込んだ。


「ーーなんの真似ですか?」


 シルヴァは怪訝な顔付きになり、片桐はそんなシルヴァを見上げながら、髪を弄りつつーー


「さっき言ったわよ?命を犠牲にしていると。遅かれ早かれ、貴女はこの術式をこなしている限り死ぬわ。私が直接手を下さなくても死ぬような相手に、いちいち構っている必要はないわ」


「······御言葉ですが。馬鹿になさっておられますか?」


 そんなシルヴァの問いに片桐は失笑。シルヴァは眉を釣り上げ、片桐を睨む。


「そんな事はないわ。私の目的は、秋月龍人をこちら側に連れ戻すだけだもの。貴女を殺す事は、目的に入っていないわ。必要であればーーそうするだけよ」


「ーーでは、それは出来かねます。御主人様をお救いし、御主人様をお助けするのが、メイドとしての務めです。残念ですが······相容れないお考えのようですね」


「あら?立ってる事すらやっとの貴女が、全能力Sランクの私をーー打倒するというのかしら?不可能よ。やめておきなさい」


「······それが何か問題でしょうか?私の背にはーー御守りしなくてはいけない方が居られます。何度でも、この命尽きるまでーー私が御守りしたい方を守り通すだけでございます」


 シルヴァはそう言うと、再度構えを取る。圧倒的不利な状態でも、シルヴァは俺の正面から動く気も、退く気も無いようだ。片桐はそんなシルヴァを一瞥しながら、俺へとーー


「秋月。どういう経緯があるか知らないけれど、この子死ぬわよ?いいのかしら?」


 そんな馬鹿げた宣告をするのだ。だから、俺の返答は非常に簡単なものだ。


「そんなこと許すと思うのか?」


 片桐は俺の返事に満足したように笑う。それを見ながらシルヴァは、構えた状態から少しふらつき、慌てて俺はシルヴァの肩を掴む。


「秋月の周囲は無茶をするか、死にたがりしかいないわ。こういう性分なのかしら?」


「そんなものは知らん。ただーーどうして俺は、未歩を失ったんだ?これは······本当に起こった事なのか?」


 俺の問いに、片桐はゆっくりと立ち上がる。ふらつくシルヴァは、片桐を見ながら首を小さく横に振り、聞いてはいけません。そう俺へと呟くが、俺はどうしても答えが知りたかった。だからこその核心への問いだ。


「ーー秋月が桜木未歩のおかげで、生きている事は事実よ。何故か?非常に簡単な事よ」


「秋月龍人は、桜木未歩の精神を代価にーー自身の生命をもう一度もらい受けたのよ。桜木未歩という生命を、自身に転換させただけよ」


「······精神を転換?どういう事だ?」


 震える肩を悟らせないように、シルヴァの肩を少しだけ強く掴む。シルヴァは俺を一瞬見ると、直ぐに体から力を抜く。


「精神は、生命の根幹なのよ。精神を消耗し続ければ、自分の命を無くすわ。生命の根幹を消耗するのだから当然のことね」


「自身の受けた傷もそうだけれど、それなら修復出来なくもないわ。そういう風に出来る魔術がーーあるからよ。ただ、あの時の秋月には······それだけでは修復出来ない問題があったのよ」


「どういう事だ?」


 シルヴァは目を閉じる。俺はその様子を一瞬確認し、片桐へと視線を向ける。


「絆欠片収束機能。ボンズフラグメントシステムと名付けた、秋月にしか使えない能力を作動させていたのよ。絆欠片収束機能ボンズフラグメントシステムは、秋月龍人に与えた必殺の能力よ」


「これは、秋月単体では絶対に使用出来ない能力なの。秋月がこれを使用するには、特定の条件が必要なのよ」


「条件?ーーそう言えば、最初こっちに来るときに言ってたな。どういう条件なんだ?」


 シルヴァの体が仄かに熱を帯びる。俺はそれを肌で感じながら、静かに返事を待つ。


「そうね······本来なら、教えてはいけないのだけれど。状況が状況だから、特例で教えてあげるわ。この能力はーー秋月の精神に同調した精神を掛け合わせないと、使用出来ないようにしてあるのよ」


「······どういう事だ?もっと、簡単に教えてもらえないか?」


「秋月······本当にしょうがない男ね。精神の説明は覚えているわね?確固たる意思を持った、自身の精神があるわね?精神循環スピリットの説明をよく思い出して欲しいわ」


 呆れたように髪を払い、片桐は俺を見つめる。思い出せと言われた以上、俺は答えを導き出す必要があるようだ。


精神循環スピリットは、確かーー精神の損失を補う方法。精神は、その人固有の物だな。精神が固有の物で、精神は外部からの直接の供給は不可能。だから、わざわざ変換······して、循環させーーる」


「よく覚えているじゃない。感心するわーーその通りよ秋月。これを踏まえた上で、秋月の能力。絆欠片収束機能ボンズフラグメントシステムが、如何に歪な能力か説明するわ」


「単純に言えば、有り得ない事をやってのける能力ね。精神は他人と共有することは不可能。という前提を······真っ向から叩き壊す超理論だもの。法則性を吹っ飛ばした、論外の方法を秋月は取っているのよ」


「他人の精神を自分と共有。または、精神を同調させる。もっと言ってしまえば、精神を互いに接続した。と言えばいいのかもしれないわ。他人の精神を自分に接続させ、他人を自分の中に招き入れる」


「そして、他人との意志の統一を行い。自身も他人も、同一の存在として能力を発動出来るわ。互いに意識があり、互いに行動を行い。互いの命を預け合う。余程の信頼関係が無ければ、発動不可能な能力」


 そこまで言って、片桐は唇を指でなぞりあげ······微笑むと、俺へとこう言うのだ。


「故にーー絆欠片収束機能ボンズフラグメントシステム。そう名付けたのよ。これが、秋月龍人が行える最強の能力の発動条件よ。そしてーー」


「秋月がどうして······精神を変換し、蘇生しなければいけなかったのか?これはさっき言ったように、互いの精神を接続してある状態だったからよ。互いの精神を接続してある状態で受けた致命傷は、互いに普通は受けるはずよね?」


「その通りだ。それなら、意味が解らないんだが······」


「普通はそのはずなのよ。ところが、秋月龍人はーーこの能力の通常の作用を、自ら変革したのよ。自分でも気付かないでしょう?私が組み込んだ機能を、秋月は改竄したようね」


 そんなバカな。開発者の機能を俺が改竄?どうやって?それを聞こうとしたのだが、片桐の方が先に口を開く。


「どうやって改竄したか?それは、今は置いておきましょうか。改竄した結果はーー秋月のあの姿よ。倒れ伏す秋月の片腕が、大きな刃だったわ。その刃の腕に、桜木未歩の精神をそのまま接続させたのよ。だから······秋月が受けた致命傷は、秋月本人にしか影響がなかったのよ」


「そして、あの状態は精神を前面に押し出す行為なのよ。要するにーー精神を鎧や武器にしてある状態だわ。自らの精神を身に纏っている状態で、致命傷を受けたのだから······それは自身の命を直接ーー刈り取られた事になるわ」


「命の根幹が損失してしまえば、その損失を埋めなくてはーーいけないわね?ところが、精神自体の損失をそんな簡単に埋める事は、不可能なのよ。そこで、桜木未歩は······ある手段を取ることにしたようね」


 シルヴァが、うっすらと目を開ける。呼吸もだいぶ穏やかになっているようだ。話の続きを聞くために、片桐へと意識を集中させる。


「魔術士としての知識があった彼女は、自分の精神をーー秋月龍人に溶け込ませる。という手段を取ったのよ。精神の損失が一刻を争う段階であった以上······彼女は、秋月龍人の精神の一部になったわけね」


「つまり、未歩は······俺を救う為に自分を犠牲にした?」


「そう言う事よ。秋月龍人をーー本当に、愛していたのね」


 片桐の目が、細くなっていく。


 憂い?


 そんな印象を受ける片桐の表情が、直ぐに普段の仏頂面へと戻り、髪を払うとーー


「さっきの説明を聞けば納得するでしょうけど、秋月個人では、決定的な戦力にはならないわ。だからこそ、秋月は孤独ではいけないわ。秋月が、出来うる限りの最善を尽くす気であれば······様々な人との繋がり。これを確保しなくてはいけないからよ」


 俺を真っ直ぐ見つめ、片桐はそう言う。俺に与えられた能力を使う気であれば、他人を受け入れろ。そうーー言ってるような眼差しだ。


理想顕現形成イマジネーションフォームなら、俺はもう使えるはずだ。未歩が······俺の中に、居てくれるからだけどな」


「イマジネーションフォーム······あのお姫様も、使っていたわね。理想を叶える能力」


 俺は片桐の言葉に頷き、片桐は顎に指を添えて目を閉じる。何か考え事をするような仕草に、俺は首を捻ると片桐はこう切り出す。


「まあいいわ。秋月。彼女を失った事も受け入れたのだから、そろそろ帰りましょうか」


 そう言って片桐が目を開くと、俺はシルヴァを床に寝かせ、静かに立ち上がっていた。怪訝な表情の片桐が俺を真っ直ぐ見つめる中、自分の胸に手を押し当てる。


「片桐。未歩が俺の中にいることをーー俺は認めるよ」


「ああ、認める。認めた上で、俺は······俺はもう逃げないと未歩に誓ったんだ」


 思い出したんだ。あの時、あの瞬間。未歩が泣いていた事。


 笑った顔、怒った顔、泣いた顔。二人で眺めた光景。違う見方、違う光景。


 望んだ事、そうじゃない事。互いに喧嘩してーー互いに許しあえたこと。


 永久とわに続けばいいのに。この時間が、この一瞬が······だから俺は忘れないように写真を撮り続ける。その風景をーー光景を。俺には、そうしたかった理由があるからだ。


「もう失うのはうんざりだーー俺は断固拒否しよう。失ったまま、喪失したままの俺自身」


 解ってる。俺が描いたのは、ただの夢物語だ。永久に続くはずがない事を解った上で、そうしたいと願うだけの自分。何度も何度も、繰り返し繰り返し······


 切り取った光景を思い描くんだ。


 その光景が描かれたのは、古びた分厚い本。彼女との思い出を撮り続けた写真記録アルバムではなく、赤茶色の古びた分厚い本なんだ。


「そんな俺をーー」


 ページを捲る。


 セピア調の一枚の光景が、必ずそこには描かれているんだ。ボロボロに色褪せて、所々染みになったり、滲んでたり。描かれた光景は······俺と未歩がいてーー


「何度やっても敵わない世界そのものをーー」


 ああ、そうか。思い出した。俺は、忘れないようにしたかったんだ。


「俺は断固拒否しよう!!」


 互いに手を繋ぎながら、笑いあう未来なんだ。彼女の笑顔を俺はーーずっと見ていたい。そして······


「敵わない世界なら、敵うまで世界を相手に戦うだけなんだよ。俺は、桜木未歩が笑って過ごせる世界をーー作り上げて見せる!!」


 今の現実の世界を叩き壊すだけだ!!俺は、全てを変革させてみせる!!


「始まるわ。終わりのない現実がーー望みなさい。秋月龍人。運命すら覆す力を、見せなさい」


 押し当てた手から光が溢れる。それは、蒼と黒が混ざりあい螺旋を描き、俺の周囲を埋め尽くす。


「ぶっ壊してやるよ。俺が望む世界が、実現するまでなぁああ!!」


 螺旋を描いた光は、徐々に全てを巻き込んでいく。シルヴァも、片桐も、俺の周囲にある景色も光景もーー


永続現実未来世界エンドレスリアルループ。次はーーどんな世界かしら?次は成功するのかしら?秋月龍人。最高の道化よ。貴方」


 片桐の声が響く中、全てが蒼と黒の螺旋の光に埋め尽くされ、俺は腕を正面に伸ばす。目の前にある世界を握り潰すように、手を動かし。


「ーーバカなんだから」


 聞き覚えがある声が······聞き覚え?忘れちゃいけない声じゃないのか?その声は、お前の生きる希望だろう?


「こんなバカをずっとほったらかしにしておくほど、あたしは薄情じゃないからさ」


 蒼と黒に染まった光景の一部が、その声と共に吹き飛ぶ。壁を砕くような音を立て、真っ暗な世界を覗かせる風穴から、蒼と黒の湯気が立ち上る中ーーゆっくりと声の主が進み出る。


「だからーーあたしはーー」


 見馴れた姿が歩いてくる。言葉が出ない俺は、歩いてくる存在を見つめるしかない。


 暗茶色ダークブラウンの髪が揺れ、昔の学園の制服に身を包み、両腕には無骨な凶器を装着。真っ赤な瞳が俺を見据え。


「秋月龍人をーー殺す」


 あまりの衝撃にーー光が消え失せた

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